38話
それからまた時間が経ち、数週間。だが、成果は思うように出ていなかった。やはり魔術理論の理解は人並み外れた才能があるのだが、彼女は感覚を掴むというのが相当苦手な部類なようだった。
【星】の魔術は彼女の中では会話という感覚が強いのだが、それを聞いたアルベールは全く共感を出来ていなかったことから、彼女の魔術行使の感覚は常人とは大きく掛け離れているようだ。
そんな風に珍しくアウラが苦戦しているという話を聞いて、今日の授業には助っ人が来ていた。
「そうだなぁ………アルベールさんがアウラを水に浮かしてみるとかはどうかな?」
「ふむ………やってみる価値はある、か」
アルベールにそう意見したのは、今年13歳となったヘレンである。彼もまた水には適性のない魔力………寧ろ真逆の火の適性らしく、それでも水の魔術は人並み以上に習得しているという。
真逆の適性魔術を習得した彼だからこそ、何かヒントが得られるかもしれないとアウラが彼に相談をした結果であった。
「アウラ、周囲の水に立てるようにした。そこに立って、感覚を覚えてみなさい」
「はい………」
「アウラ様、ファイトです」
この特訓で何度も靴をずぶ濡れにして気持ち悪い思いをしているため、若干弱気になっているアウラ。それでも次に進むため………と湖に足を踏み出しそこに立つ。
初めて湖の上に立ったアウラ。だが彼女は自身の足元をジッと見つつ、どこか納得していなさそうな表情をしていた。
「どう?何か掴めた?」
「う~ん………分かるような………分からないような?」
「んー………なるほどね」
ヘレンは顎に手を添えて思案する。自身も水の魔術を会得する際にはかなり苦戦したというのを覚えているからだ。アウラも何とか水の魔術に関しては基礎魔術なら使えるようになったらしいが、そこから更に空間の認識を意識して、自分と言う要素も自身に組み込む………となれば上手くいかないのは当然なのかもしれない。ならば、自分が他に試したことと言えば………
「靴を脱いでみたら?」
「へ?」
「冷たいとは思うけど、感覚派の人なら直に触れることで掴めることもある、って家庭教師に言われたんだ。僕はそのタイプじゃなかったみたいだけど、アウラならどうかと思って」
「ふむ………この子は理論派だと思っていたが、【星】の魔術以外ならばそうとは限らんか。アウラ、試してみなさい」
「………わ、分かりました」
ヘレンのアドバイスを受けたアウラは湖から出て、近くの倒木に腰掛け靴と靴下を脱いでいく。そしてそれらをしっかりと整えて並べた後で、再び湖の方へと向かった。
「えっと………まだ立てるんですよね?」
「あぁ、問題ない。やってみなさい」
(冷たい………よね………)
アウラは恐る恐る湖に足を延ばす。そして水面に足先が触れた瞬間――――
「っめ………!?」
想像以上の冷たさに驚き、謎の鳴き声と共にビクッと足を引き戻してしまう。そんな生まれたての小動物のようなアウラの姿に、ヘレンが思わず吹き出してしまい、アウラが顔を赤くして彼を睨む。
「笑わないでもらっていい………!?」
「ごめんごめんって」
相変わらず怖くないなぁと内心で思いつつ、真面目にやっているアウラの邪魔にならないように咳払いをして切り替える。実際はかなりニヤニヤを堪えていたが、アウラは小さくため息をついてもう一度湖に足を踏み出した。
「つ、冷たい………」
「であろうな。しかし、もう時間がない。恐らくは今日が最後のチャンスとなるだろう。これで出来なければ、後はお前が一人で頑張るしかないのだ」
「………はい」
アウラは水面に立って目を閉じる。そのまま周囲を静寂が包んで暫く経った時、再び目を開いた。
「多分………少し分かったかもしれません」
「そうか。では自ら試してみなさい」
「はい」
アウラが湖から上がると、アルベールが魔術を解除する。そして、アウラは一度大きく深呼吸して………
「いきます」
「あぁ」
「アウラ、頑張って」
「アウラ様、頑張ってください………!」
二人の声援を受け、アウラは再び湖に右足を延ばした。そして足先がゆっくりと水面に触れ、その右足が水面に浮かぶ。それを確認したアウラは目を閉じて、またゆっくりと左足を水面に置いたのだ。
しかし、次の瞬間に起こった出来事に全員が目を見開く。彼女の左足が水面に触れた瞬間に起こった波紋の広がりと共に、水面に夜空が映し出されていったのだ。もうすぐ日が傾き始める頃とは言え、まだ空は青いままだ。となれば、そこに映し出されたそれは………
「これが………」
ケインがそっと呟く。しかし、アルベールは目を見開いたままその水面に広がる夜空を見ていた。何かあったのだろうかと二人が彼に声を掛けようとした瞬間だった。
「あっ、わ、わっ………!?」
「アウラ!」
「アウラ様!」
片方の足で魔術が切れてしまい、それによって姿勢を崩したアウラが盛大に湖に落ちる。幸い浅瀬であったため沈んでしまうようなことはなかったが、上がった水飛沫と共に水面の夜空も消えて、彼女も全身がずぶ濡れとなってしまった。
「いったた………」
「アウラ、大丈夫かい!?」
「だ、大丈夫………はぁ。いけたと思ったのに………」
「あそこまで出来れば大きな進歩さ。それよりほら、手を。風邪を引いちゃうよ」
ヘレンが手を差し伸べ、アウラもその手を取って湖から上がる。しかし一歩遅かったのか、アウラは「くしゅんっ!」と鳴く。
それを見たヘレンとケインが慌てて上着やマントをアウラに被せる中、アルベールは1人思案する。
(あの夜空の中に感じた、結界が無くとも感じるほどの魔力………あれは明らかにアウラの物ではない。あの中にいったい何がある…………?)




