32話
パーティーの日から数日。あの翌日は疲れやら気恥ずかしさやらで一日屋敷に籠りっきりだったりもしたが、ようやくアルベールが帰ってきたと聞いたアウラは朝早く散歩に出てから彼の下へ来ていた。
「先生、おはようございます。それと、お帰りなさい」
「あぁ、おはよう」
短い挨拶を交わした後は、以前までの授業のおさらいを軽くしてから実践に入る。そんないつもの流れを思い出しながら伸びをしたとき、アルベールが口を開いた。
「アウラ。授業に移る前に幾つか聞きたいこと、伝えなければいけないことがある」
「………聞きたいことと伝えたいこと、ですか?」
「あぁ。まず、お前が我がもとへ来たのは一流の魔術師となり、夢を叶えるためだと聞いている。お前を見ていてそれがどのようなことであるかは、我も少しは理解しているつもりだ」
「………はい」
アウラは真面目な表情となって彼の顔を見る。やはり仏頂面で何を考えているのかは分からないが、それでも今だけは一言一句を聞き逃してはならないと思ったのだ。
「お前の成長を見てきた師として断言する。お前は必ずその夢に辿り着くだろう。だが、そのあとはどうするつもりかを聞いてはおらん」
「………後の事」
「そうだ。お前の夢は、遠く遥かな未来の話というわけではないだろう。その成りたいものも、その道筋も既にお前には見えているのだ。しかし、その先の未来の話はどうだ。夢を果たしても、お前の人生は続く。そこでお前は何を成す」
「それは………ゆっくり考えようかなって」
稀代の天才児であり、既に様々な異名が付くほどに魔術師として頭角を現しているアウラ。それでも彼女は未だ6歳であり、じきに7歳を迎えることを加味しても幼いと言えるのだ。この年齢で将来の夢を持つ者もいれば、貴族ならば生まれた頃より将来が定められている者もいるだろうが、彼女は違う。
時間は多くあり、答えを焦る必要はないのだ。少なくとも、彼女はそう思っていた。しかし、彼にとってはそうではないのだ。
「ゆっくり、とは具体的にいつだ?今お前が我が下でこのように学ぶのも、諸々の都合を考え長くとも4年だろう。その期間でお前に教えられることには限界がある。お前が何になりたいかで、どのように教えるかも異なってくる」
「そう、かもしれないですけど」
「………説教のようになってしまったな。すまない。だが、弟子であるお前には知っていて欲しいのだ。我ら魔術師とは本来なんであるかを」
「………分かりました」
アウラが頷いたのを見て、アルベールは一呼吸おいてゆっくりと話し始める。このことを伝えるかは、彼自身も悩んでいた。しかし、集会で彼女に寄せる期待を打ち明けたときに指摘されたのだ。
一方的な期待など、ただの傲慢にすぎないことを。師と弟子としては彼女に向き合っていたが、それだけの事で自分の抱える大きな使命を背負わせようなど、不誠実であると。故に、自ら伝えると決めたのだ。
「魔術師とは未来を目指すものであり、新たな可能性を世界に齎すことが魔術の本懐だ。だが、現在の魔術は壁にぶつかっている。停滞、安定、既知………普遍的で、限界という名の壁に」
「停滞………兄さんから似たような話は聞きました」
「あぁ、だが停滞は少しずつ腐敗を招く。そうなれば、魔術はただの争いの道具になり果ててしまうのだ。我も賢者として、この停滞を進めるための道を探してきた。だが、この歳になっても叶わず、残された時間も長くはない。故にアウラ………お前に、我の意志を託したいと考えている」
「………先生の、意志を」
アウラはその言葉に俯き、アルベールは彼女の返事を待つ。ここまで語ったのだから、彼女の話にも耳を傾ける義務があるからだ。そうして暫くの沈黙が走った時、ゆっくりとアウラが話し始めた。
「………ボクには、まだ分からないです。先生の背負う使命の重さも、その壁を超える険しさも」
「………そうではあろうな」
「でも」
アウラは言葉を続けて顔を上げる。既に彼女は多くの願いと意志を背負っている。星に近付きたかった『少女』の願い。娘に幸せになってほしいという『両親』の願い。光を繋ごうとする『星々』の願い………あまりにも多くの期待を託されてしまっている。しかし、彼女の輝く金の瞳で見たものが何であったのかは、彼女以外には分からない。
「でも、ボクは魔術の素晴らしさも、可能性も………奇跡も知りました。決して誰かを傷付けるための力じゃないと思うから、この力でもっと多くの人に希望を与えたい。そのために何をするべきかは分からなかったけど………先生の言う未来は、きっと明るいはずだから」
「………良いのだな?」
「はい。ボクが先生の意志を継ぎます。まだこんな未熟者には務まらないだろうけど………卒業までに相応しい魔術師になれるように、もっと沢山のことを学びたいです。教えてくれますよね、先生」
アウラはそう言って小さく笑う。アルベールはそんな小さな少女を見て暫く無言のままだったが、やがてゆっくりと頷いた。
「感謝する、アウラ・アルファーネ。無論、我の後を継ぐというのであれば、相応に我も向き合わねばなるまい。我もお前を理解できるよう、全力を尽くす。付いてきてくれるな、アウラ」
「勿論です、先生」
そして少女は、また一つの『願い』を背負ったのだ。




