30話
翌日、アウラはいつかの日と同じ白いドレスを着て領主の屋敷に来ていた。以前はこの格好に少し気恥ずかしさがあったのだが、あれから淑女としてリリアの教育も経たアウラは特にそのような様子もなく堂々としている。
「人がいっぱいだね」
「そうですね。ヘレン殿はあれでもアーレス家を継ぐに相応しい知性と品格を備えていると良く耳にしましたから、きっと慕われているのでしょう」
「うん………ふふ。あれでもって言葉は一応聞かなかったことにするね」
「すみません。失言でした」
昨日の意趣返しのように意地の悪い笑みを浮かべるアウラ。ポロっと出てきてしまったのは、やはり街中を全力疾走する公爵令息という想像が彼の中ではやや衝撃的であったからだろう。とは言え、そんな人物の誕生日パーティーも、祝いに来る人物は多くおり………
(………実際には、ヘレン殿とお近づきになりたいがため、と言うのが大半なのでしょうが)
ケインも精鋭隊の騎士として、多少の政治的な知識や思考は理解出来る。アウラも何かしら裏があると言うのは考えるのだが、政治的な話にはあまり明るくはない。故に、彼がアウラの傍に付けられたのだ。
「アウラ、もう来てくれてたんだね」
「あ、ヘレン。お誕生日おめでとう」
「はは、ありがとう。君に祝ってもらえて嬉しいよ」
ヘレンはそう言って笑みを浮かべ、アウラも笑み返しながら頷く。
「今日はセリアも別の用事が入っているみたいでね。友達がいない誕生日パーティーにならなくて良かったよ」
「………ここにいる人たちは?」
「ここにいるのは………あー。何て言うのかな………うん。義理ってやつだよ」
「そうなんだ」
アウラは納得したように呟くが、ケインは「やっぱりか」と周囲を見て思う。とはいえ、本来ならアウラもそういった政略結婚やら何やらと面倒くさいことに巻き込まれるのだが、生憎と彼女は普通ではないのだ。
「………ケイン、あれ取って。ボクじゃ届かない」
「えっ?あぁ……ふっ、承知しました」
「………っふふ」
大きなテーブルの真ん中辺りにある料理に手が届かず、ケインに助けを求めるアウラ。その様子が妙に年相応のそれに見えて思わず笑みが零れるケインとヘレンだったが、馬鹿にされたと思ったのかアウラはややムッとした表情を浮かべる。
「今、馬鹿にしたでしょ」
「いやいやまさか。可愛いらしいと思っただけだよ」
「えぇ、そうですね」
「………嬉しくない」
そう言って拗ねたように視線を逸らすが、その仕草が更に子供っぽいと思う二人。とは言え、またここで顔に出すと機嫌を損ねそうだったため、態度には出さないようにする。
アウラはケインからお目当ての料理を受け取り、無言で食べ始める。なお、口が小さいため小動物にしか見えない。
「それじゃあ、僕はまだちょっと用事があるからここで。また後で会いに来るよ」
「………ふーん」
「あはは、完全に拗ねちゃったみたいだ。じゃあまた後でね」
ヘレンはそう言って去っていき、そんな彼に頭を下げて見送ったケイン。
(………しかし、アウラ様にこんな一面があったとは意外だな)
ここに来て数ヵ月になるが、アウラの事はアルベールから真面目に授業を受ける姿しか知らなかったため、案外子供っぽいところがちゃんとあった事に彼はどこか安心していた。だが逆に、アウラは別の事を考えていたのだった。
(ボクってこんなに………ううん。今のボクがこうなら、それでいいんだよね)
1から始まりの人生。昔のことを忘れたというわけではないが、新しい人生でそれに見合った教育と扱いを受け、今の体にも慣れてしまったのだ。それに、統合された『彼女』の記憶や潜在意識のこともある。内部的にも外部的にも、様々な要因で元の自分とは変わり始めている部分も少なからずあるのは当然なのだろう。
そんなことを考えながら料理を少しずつ食べていく。そんなとき、次に二人に声を掛けてきたのはアーレス家当主、クレインだった。
「ようこそ、アウラ嬢。我が息子の誕生日パーティーに参加してくれたこと、心から感謝するよ」
「こんばんは、アーレス公爵。私も素敵なパーティーに参加できて光栄です」
(………さっきまでのアウラ様が嘘のようだ)
突然のスイッチの変わり方に戸惑うケイン。先程までのアウラが年相応の少女であるならば、今の彼女は立派な公爵令嬢だ。そして、先ほどからアウラに声を掛けるタイミングを伺っていたクレインもそんな彼女の変わりように内心では様々なことを考えていた。
「あぁ。今宵のパーティーは一段と力を入れたのでね。ぜひ楽しんでもらえると幸いだ」
「えぇ、是非とも」
(ふむ………無垢な少女と稀代の天才児。その二面性を持つ、か。あのアルベールも彼女のことは強く気にかけているようだ。知れば知るほど興味深い娘だな………やはり惜しい、が)
アルファーネ家との交流を深め、より強い繋がりを作るべきだろうかと思案するクレイン。あの両親の過保護っぷりを知っているため、正道ではないやり方で彼女をアーレス家に引き込むというのは彼の中にはなかった。下手をすれば、かの伝説の騎士を差し向けられてしまう………いや、必ずそうなるだろう。イヴニール家とも睨み合いが続いている中で敵を増やすのは得策ではないのだ。
(彼女がアルベールに関心を向けられるほどの娘ならば、イヴニール家に………いや、この国での地位は揺ぎ無いものとなるはずだ。このように幼い子を、我らの政略に巻き込むのは気が引けるが)
「ケイン。あれも届かない」
「はい、承知しました」
「………もし次にあなたが参加するときは、背の高い椅子を用意しよう」
「そ、その時には私だって大きくなってますっ………!」




