28話
アウラがアルベールに弟子入りをして数ヶ月。彼女は少しずつ体力をつけ、欠けていた魔術理論の基礎も一通り教わることが出来ていた。基礎の基礎と言える内容ですら、アウラはその知識が欠けていたという事もあり、それを考えればやはりアルベールに師事出来たのは彼女にとって幸運だったのだろう。
「アウラ様、今日の日程はどうされましょう」
「ん~………いつも通り、散歩はするけど………」
しかし、彼はこの街でも重要な役割を持つ人物であり、同時に"賢者"の一人である。毎日彼女の面倒を見れるというわけではなく、ここ数日は【賢者の円卓】の定期集会に顔を出すために街から離れていたのだ。あと数日で戻ってくるとは聞いていたが、それでも彼がいない間は彼女は手持ち無沙汰になってしまうのは変わらない。どうしようか悩んでいると、一人の執事が彼女の下へ一つの封筒をもってやってくる。
「アウラお嬢様、御父上様からお手紙です」
「ん、ありがとう」
アウラは手紙を受け取って読み始める。アルクもアーレス家の事は信用しているが、クレインは強かで策略家であることは理解している。アウラをアストライアに招いた理由も察しはついていたからこそ、こうして定期的に手紙を出してアウラの様子を………と、周囲には語っているが、単純にアウラの事が気になってじっとしていられないだけなのが本音である。
「………また心配のお言葉ですか?」
「ううん。頑張れって書いてくれてる。前の手紙に、『毎日が勉強の連続で楽しい』って返したからだと思う。あと、こっちの生活に慣れた頃なら、そっちの風習や文化にはちゃんと敬意を持って生活するようにって」
「なるほど。とは言えここは魔術研究が盛んな街なので、アウラ様は既にその文化に馴染んでいると言っても良いでしょう」
「そうかもね」
手紙を仕舞ってから、アウラは街へ出た。数ヵ月も毎日散歩をしていれば当然街にも馴染みが出来て、今では気安く挨拶をしてくれる人も増えていた。実際は平民と貴族の娘がそのように近い距離にいるのはあまり褒められたことではないのだが、アウラには今まで普通に挨拶を交わす相手も殆どいなかったことを知っているため、ケインも特に苦言を呈したりすることはなかった。
「先生、どうしてるかな………」
「各国の大魔術師の集会ですからね。私には想像もつきません」
「色んな国から集まるって大丈夫なの?同じ賢者でも、所属してる国家が敵対してることはあるよね」
「不戦の誓いがあると聞きますから、そこで争いが起こるという事はないでしょうが………しかし、敵対国の賢者が同席となれば、やはり空気は重くなったりするものなのでしょうか」
「でも、先生は纏う雰囲気がいつも重いよ?」
「おや、ではその言葉をアルベール殿が戻ってきたら伝えておきましょう」
「やめて………」
この程度の生意気を聞かれたくらいで怒るような人物ではないのはアウラも分かっているが、実践が普段より厳しくさせられそうだと考えたため、ケインに懇願する。それを見てケインは小さく笑みを溢す。
「ははは。いくらアウラ様と言えど、師匠には頭が上がりませんか」
「あの人には………凄く感謝してるから。たった数ヵ月だけど、ボクは成長を感じてる。だから、出来るだけ先生の前ではいい子でいたい」
「そうでしたか………ふふ。では、先ほどの発言は秘密にしておきましょう」
「うん、そうして」
そんな取り留めのない会話を続けながらいつもの散歩コースに沿って暫く街を歩いていると、二人はとある人物に出会った。
「やぁ、おはよう。アウラ」
「………おはよう、ヘレン」
「おはようございます、ヘレン殿」
まるで待っていたかのように………いや、間違いなく待っていたのだろう。でなければ、いつもの散歩コースのど真ん中に立っているはずがないのだから。公爵令息が道の真ん中に立っているなど目立たないわけもなく、そんな彼にアウラはやや呆れたような声を溢したのだった。
「ボクに何か用?」
「そうだね。さっき君の屋敷を訪ねたんだけど、もう散歩に出てるって聞いてさ。先回りしたんだ」
「走って?」
「それはもう全力でね」
ヘレンは涼しげに答えるが、街中を全力疾走する公爵令息を見たら周囲の人々はどう思うのだろうか。年齢の割には落ち着いた人だと彼女は思っていたのだが、案外そうでもなかったらしい。とは言え、そこまでして自分に用があると言われれば、内容の方が気になってくるのだが。
「そうなんだ………その用って、なに?」
「うん、実は明日は僕の誕生日でね。パーティーを開く予定だから、君も来ないかと思って」
「誕生日パーティー………」
ヘレンの誘いに、アウラはその言葉を反復する。まさか自分が直接誘われるとは全く思っていなかったためだ。
「うん、どう?」
「お父さん達は………ボクに手紙が来たってことは来ないよね」
「あっちはあっちで忙しいみたいだね。だから君だけの参加にはなってしまうけど………」
アウラはその言葉を聞いて少し悩む。当然だが、あの奇跡の夜以来彼女がパーティーに出席したことはない。今回は誕生日パーティーという事もあって以前よりは気楽なものだろうが、一人でというのは流石に不安だが………
「………分かった、行く。でも、一人じゃ不安だからケインも連れて来ていい?」
「えっ。あぁ、うん。それはいいけど………正直、断られるかなって思ったよ」
「断ったほうが良かったならそうするけど………」
「いやいや、そんなことあるわけないじゃないか!来てくれたら嬉しいよ!ただ、君は魔術以外への関心が薄そうだったからさ」
「………そんなことないけど」
人並みに友人が欲しいとは思っていたし、その友人から折角ここまでして誘ってもらえたなら行きたいと思うのが彼女の中では普通だった。しかし元々口数も多くはなく、儚げで落ち着いた雰囲気を持つ彼女なら誤解を生んでしまうのも仕方ないのだろう。
「とにかく、行くつもり。明日のどれくらいに行けばいい?」
「じゃあ、日が暮れ始めたくらいからうちの屋敷に来てくれるかな?」
「うん、分かった」




