27話
「おはようございます、先生」
「あぁ、おはよう」
あの日から、アウラは毎日を基礎の訓練に費やした。最初は少し散歩が長くなるとバテていた貧弱な体力も、今は少しずつ改善されて散歩程度では音を上げることは無くなっていく。
そんなアストライアでの生活にも慣れた頃、いつものように実践に移る前にアルベールが話し始める。
「実践に移る前に、少しテストをする」
「テスト?」
「あぁ。お前の独学で学んだ知識を試すためのな。今から我が出す問題に答えてみろ」
彼が突拍子が無いことは、この期間である程度慣れていた。そのため素直に頷くと、アルベールは一つ目の問いを出す。
「短縮詠唱とはどのような利点、欠点があるかを答えよ」
「………利点は簡略的な詠唱で素早く魔術を行使できる事、欠点は同じ魔力消費でも魔術の効果が大きく劣化することです」
アウラは少し怪訝そうな顔をする。彼との実践の中で、短縮詠唱を使ったのは一度や二度ではない。
その利点、欠点を理解していないと思われているのかと思ったが、アルベールは頷く。
「正解だ。では次に、詠唱を完全に省略するための手段を答えよ」
「物理術式の形成です」
「では、その物理術式とはどのように作る?」
「先生のように、魔導書に完成した物理術式を登録するのが一般的だと思います」
一般的。そう答えるが、物理術式の登録とは口で言うほど簡単ではない。寧ろ、その道を極めた者が研究の末に辿り着ける"完全された構成"なのだ。
アルベールのように一つの魔導書に幾つもの物理術式を登録するなど、一般的な魔術師では到底不可能な事であった。
「正解だ。他にも詠唱術式を内部で物理術式に変換し登録出来る魔石もあるが、これは例外に当たる。ではアウラ。お前はどうやって魔術を行使している?」
「ボク、ですか?詠唱ですけど………」
「いいや、隠しても無駄だ。お前が度々見せる夜の裂け目の複製………あれは詠唱術式ではなく、物理術式による術式の重ね掛けだろう」
「………どうしてですか?」
アウラの問いに対して、アルベールは表情を変えないまま淡々と答え始めた。
「この家の周囲には結界を張ってある。魔力探知用のな。そしてお前の魔力の流れを見るに、その出力は内部的な物だ。つまり、お前は自身の中に物理術式を形成している事となる」
「…………」
「そして、ここからは我の推測だ。そのような事例は聞いたことがないのでな。しかし、状況やお前の特性を考えるに………お前は、その精神に内部的な世界を内包している。妄想などではなく、確立された世界をな」
アルベールの答えに目を見開く。その反応こそが何よりの答え合わせになってしまうのだが、アルベールはそれに満足したように言葉を続ける。
「お前はいつか………いや、まだ気が早いか。しかし、その特性はお前を魔術師として高みへ導く事は間違いない。物理術式は、あの魔術以外にあるのか?」
アウラはそう問われ、少し悩む。しかし、目の前で彼女に向き合う【賢者】は、確かに彼女を偉大な魔術師へとなれるよう、彼女をよく観察し、考え、そして答えと課題を与えている。
なら自分も彼を信じて答えるべきだと考え、彼女は答えた。
「………星詠み、です」
「………稀に見せる予知的な直感はそれか」
「はい………」
「どれ程の未来が見える」
「正確に詠めるのは三分………それ以上は、輪郭が不明瞭になっていきます」
「三分、か。運命を変えるには十分な時間であるな」
アルベールは顎に手を添えて少し悩んだような表情を見せた後、アウラに向き直る。
「物理術式の研究も今後の課題とする。今はまだ土台を固める時だ」
「分かりました」
「それと、先ほどまでの問題は上級試験の応用問題を含む。お前の年齢では、基本的には答えられんはずだったがな」
「え、えへへ…………」
「………ではついでだ。初級試験基礎問題。魔力の指向性とは何かを答えよ」
一つ前の言葉で上級試験の問いを答えたと言った少女に対する問題ではないように思える初級問題。しかし、アウラは答えなかった。
「指向、性………?」
「はぁ…………」
答えられなかった、というのが正しいが。全く知らない概念の話をされてフリーズするアウラを見て、アルベールは溜め息をついた。
「魔力は個人に宿る身体機能の一部である。故に、その力の放出には指向性があり、自身の魔力で行使した魔術は自らに干渉することはない。これを魔力の指向性と言う」
「………なるほど」
「そういうものとして流す事も出来るが、これを理論として知っているか否かでは大きく異なる。回復魔術や強化魔術はそのままでは自らに作用しないため、この指向性を変換する術を学ぶようにな」
アウラは自分の抜けていた基礎を指摘され、恥ずかしそうに頬を掻く。そして、彼は言葉を続けた。
「優先課題として、これからはこう言った基礎知識を一通り教えていく。知っていることもあるだろうが、少しでも見落としがあっては困るのでな。文句を言わず全て聞きなさい」
「分かりました、先生」
こうして、アルベールによる本格的な授業が始まった。アウラと言う特殊な生い立ちと成長をした少女に教えを与える、と言うのは簡単な事ではなく、淡々としているアルベールですらも内心では悩むことが多かった。
しかし、それでも確信があったのだ。彼女は今まで教えを請いに来た有象無象とは違う。必ず、彼女はいつか【星】になるのだ。
(………我も長くはない。だが、後世に新たな可能性を残すならば、この子を育てる事が我が義務だ。我の下へこの子が来たのも、偶然ではないのかもしれんな)




