23話
「ん………ここ、どこかの基礎を飛ばしちゃってたかな」
書斎でいつものように本を読んでいたアウラがそう呟く。既に彼女は高度な魔術学すらも独学で身に付けているが、魔術に限らずあらゆる学びには順序がある。
前提となる知識無しには理解出来ない事も多くあり、あくまでも独学である以上はそういった前提知識の欠如に気付かないまま………と言うのも珍しい話ではない。
(また教本を探しにいかないと………良い家庭教師が付けば良かったんだけど)
この数ヵ月で、彼女の噂を聞いた数人ほどの魔術師が、彼女の家庭教師になることを申し出てきたことがある。そして実際に来て貰ったこともあるのだが、彼らは口々に「自分の手には余る」と言って去っていった。
(変な勉強の仕方だし、珍しい魔術適正だから、仕方ないのかな)
ため息をつきながら、また近い内に街へ出てみようかと考えたその時、書斎にメイドのティアネが入ってきた。
「お嬢様、旦那様がお呼びです」
「え、お父さんが?何かな………執務室に行けばいい?」
「いえ、応接室でございます」
「応接室?お客さんが…………あっ」
以前アルク達が話していた内容を思い出し、誰が来ているのかを予想する。そうしてティアネと共に応接室に向かうと、やはりアルク達の向かいの席に座るのはアーレス家当主、クレイン・アーレスであった。彼は部屋に入ってきたアウラを見て笑みを浮かべる。
「やぁ、久しぶりだね。元気にしているようで何よりだ」
「お久しぶりでございます、アーレス公爵」
アウラは丁寧にお辞儀をして、アルク達の隣に座る。悪い話ではないと思っていたのだが、アルク達の様子はどこか緊張したようにも思える。どうしたのだろうと疑問に思っていると、クレインが話し始める。
「さて、早速本題に入ろう。アウラ嬢、あなたの噂は良く聞いていてね。星に愛された少女、奇跡を呼ぶ者………星の魔術師。その才能と肩書きで近付いてきた者も多いだろうが、ここに残っていないということはそういうことなのだろう?」
「そう、ですね………」
「そこで、だ。私から一つ提案をさせて貰えないかと思ってね。あなたの両親からも、最終決定は君自身に委ねると言って貰えた。その上で良く聞いて欲しい」
クレインの言葉を聞いて二人を見上げると、アルクとリリアは頷き返す。そして、クレインは幾つかの書類を取り出してアウラに差し出した。首を傾げつつもそれを受け取って目を通すが、次第にその表情は驚きに染まっていく。
「アルベール・メイガスとの師弟関係締結書………」
「その通り。魔術師の中で最も偉大なる"賢者"の一人。またの名を『魔術卿』とも呼ばれる男だ。そして、私が擁する最大の切り札でもある」
クレインの言うその人物は、ラーグリア王国最高戦力とも名高い、アルファーネ家が誇る英傑ガイア・ユニベルと肩を並べる人物の一人、『魔術卿』アルベール・メイガス。【賢者の円卓】と呼ばれる大魔術師の集まりに席を持つ、魔術師ならば知らぬ者はいないであろう人物だった。
「………本当なんですか?」
「あぁ、勿論だとも。この締結書も彼の直筆だ。ここにサインするだけで、あなたは彼の弟子となれる。だが、そのために必要な条件もあってね。次の書類を見て欲しい」
そう言われ、アウラは次の書類を見る。まず飛び込んできたのは、アウラが彼に師事する間、アーレス領へと移り住むという条件。
「流石に私の右腕とも言える彼をアルファーネ領に移させるのは困るのでね。留学という形であなたをアーレス領に迎えたいと考えている。アルファーネのご令嬢に不便があっては困るので、最大限の待遇は用意したつもりだ」
書類には、アウラがアーレス家で暮らす間の待遇も記載されていたが、なんと屋敷を一つ丸ごと貸して貰えるとの事であった。無論、その屋敷の管理や彼女の世話をするメイドや執事も含めてだ。
「………この話を用意してくれた理由をお聞きしてもよろしいですか?」
「ふむ………安心して欲してくれたまえ。私はただ、あなたと言う可能性に賭けているんだ。いつか、あの夜以上の奇跡を私たちに見せてくれるのでないかとね。先行投資とも言っていいだろう」
「先行投資………」
アウラは悩む。住み慣れたこの土地を離れるのは不安もある上、アルク達と離れて暮らすのは寂しさもある。
しかし、自分の夢を追い求める上で魔術卿アルベールに師事する機会を得られるのは願ってもないことだ。今回を逃せば、二度とこのようなチャンスはこないだろう。
「………」
アウラは俯き、右目に光を灯す。見るのは遥かな未来だが、当然その詳細は分からない。しかし、ぼんやりと浮かんだ光は彼女のどちらの選択も明るい未来があることを示していた。
だがより強い輝きを目指すのなら、その選択肢は一つであった。アウラは大きく深呼吸をして顔を上げた。
「ボクは………アーレス領への留学を希望します」




