20話
あの奇跡の夜から数ヵ月経ち、アウラは6歳を迎えたが、今までと変わらず毎日本を読んでは独学で魔術の研鑽をしていた。しかし、何も変わらないというわけではない。
書斎で本を読んでいると、その様子を見に来たリリアは読書をするアウラの髪を梳いていた。そんな中で、リリアがアウラに声を掛ける。
「髪、伸びてきたわね。短いままがいいなら私が切ってもいいけど、どうする?」
「………ん~」
アウラは本から視線を外して、リリアが梳いている自身の髪に視線を移す。いい加減この体への慣れは出来たと言っても元の性別を考えれば短いほうが性に合っているし、髪を伸ばせば洗う手間なども余計に掛かって大変なことも多い。
ならば迷わず切ってもらったほうが楽であるはずだが、彼女はその選択に自分が悩んでいることに気が付いて、更に彼女は悩んだ。
(………一人の女の子として生きるって決めたなら、ボクの容姿にも責任を持たなきゃいけないから………かな)
自分の中でそう結論付けるが、リリアの問いにはまだ答えられていない。両親とは違う白い髪。本来なら忌むべきものなのだろうが、彼女はこの髪が嫌いではなかった。黒と対比になる白色が、夜に浮かぶ星のように思えたからだろうか。暫く悩み、彼女は答えた。
「ううん。伸ばそうかな」
「ふふ、分かったわ。折角なら伸ばしてみたら?って言おうとしてたの。色々な事情はあるけど、あなたのこの髪は綺麗だもの」
「うん、ボクも嫌いじゃないよ。この髪」
「そうね………えぇ。自信を持っていいわ。あなたはとっても綺麗なんだから。今度、お洋服やアクセサリーを一緒に買いに行きましょうか。お洒落はレディの基本的な嗜みよ」
「………うん。ありがと」
アウラは恥ずかしそうに笑みを返し、その日からアウラは髪を伸ばすようになった。また、リリアからお洒落やレディとしての嗜み、そして作法なども学ぶようになる。
その過程で、彼女の『そうあるべき』だと言う思いは、いつしかそれが『当たり前』になっていたのだった。
そしてまたある日はアウラが外で魔術を試そうかと思った時、庭でアルクと見知らぬ誰かが話しているのが見えた。誰だろうと気になりつつも、仕事の話だから自分が入る余地はないだろうと思った時、アウラの事に気が付いたアルクが彼女に手招きしているのが見えた。
「ボクに何か用?」
「あぁ、実はお前の工房を作ろうと思ってな」
「ボクの工房――――こ、工房………!?」
当然のように告げられた言葉に、アウラはぎょっとする。話の流れから大工であろう男は、本人には話してなかったのかと言うような苦笑を浮かべていたが。この様子では、既に計画は決定しているようであった。
「あぁ、そうだ」
「そうだ、って………え?どこに?っていうか、ボクのためにそんな………」
「何を言う。我が子に投資せずして何に金を掛けるんだ。お前たちの才能が正しく昇華されるよう、最大限に背中を押すのが私の役目でもある。その辺に離れとして作ることにはなりそうだがな」
「お父さん………」
自分のためにここまでしてくれて嬉しい、でも一言くらい相談してくれても良かったんじゃないか。アウラは感動と呆れが混ざり合いつつ小さく息を吐く。そして、そっと笑みを浮かべて彼に向き直った。
「ありがとう、お父さん」
「あぁ。どういたしまして」
そうして彼女専用の魔術師の工房が建てられることが決まった。本来ならば、工房とは魔術の研究の中でも、特に専門的な研究を行う者のみが所有するものである。一般的な魔術師ではまず建てるための費用がなく、そもそも特別秀でた才能がなければ持て余すだけとなってしまう。
だが、アルクは確信していた。まだ幼いアウラだが、彼女にはこれほどのものが必要だと。彼女はいつか、あの夜のように遥かな星空を手にするのだろう。ならば、閉鎖的な書斎は彼女には狭すぎる。そうして、工房の建設が始まったのだった。
そうして、日常の中で少しずつ変わっていくアウラ。環境の変化もあれば彼女自身の変化もあるが、その他に変わったことと言えばやはり彼女を見る目だろう。
【呪い子】と揶揄され、関わりを持つ事さえも忌むべきだとされていたアウラ。二人はアウラという娘を無かったことにはしていなかったが、それでも周囲からの扱いは実質そうなっていたのだ。だが今は………
「はぁ………」
「どうしたの、あなた。怖い顔をして」
「アウラを将来、婚約者として迎えたいという話が届いた。それも、あのベインズ侯爵家からな」
「………」
それを聞いてとても渋い顔をするリリア。それだけでべインズという家がどのようなものかは想像に難くはないだろう。貴族としての体裁と品格を何よりも第一とする一族であり、歴史が長いだけあって相応に影響力もある貴族である。それだけに、アウラの存在に強く否定的な家でもあったのだ。
しかし、彼らもあの夜を見てしまった。あの会場で、かつ最前列に近い場所で。星々の奇跡と、星と対話をするアウラの姿を。その姿に、彼らは強く心を打たれたのだろう。
とはいえ、今更心変わりをしたと言われても、親からすれば「はいそうですか、なら喜んで」など言えるわけがないのだが。
「どうするの?」
「ふん、もう捨てた。今までアウラを人とも思っていなかったような者共になど、嫁に出すわけがないだろう。それに、私達はあの子の夢を応援すると決めたんだ。こういう話は、あの子にとっても最善となる選択をしなければならないだろうな」
「………そうね」




