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1話

 一人の青年は、昔から星空が好きだった。何故かと問われても具体的な理由はなく、個人的な好みにそんなものはいらないのではないか、と彼は答えただろう。ただ、本気で天文学者を将来に見据える程度には、本当に星が好きだったのだ。しかし………


(死ぬって案外、呆気ないんだな)


 単なる過失だったのだろうか。交差点を渡っていた時に起こった衝突事故。痛みを感じ間もなく、気付けば彼の意識はこの暗闇の中にあった。まるで明晰夢の中のように、彼は無の中で考える。


(死にたく、ないなぁ………)


 あまりに一瞬の出来事で、今の状況も含めて実感がなかった。しかし実際の生死に関わらず、今の彼に出来ることはないと言う諦めが妙に彼を冷静にさせている。けれど、夢半ばで死んでしまうのはどうしても悔いが残る。まだやりたいことはたくさんあったのだから。

 そんな考えの中で暗闇を見つめていたときだ。何もなかったはずの闇の中に、小さな光が見えた。


(…………)


 それが何かは分からない。ただ、光のない世界に映ったそれは、闇に抗う一筋の星のようで。


(綺麗、だ)


 その儚い光があまりにも美しく、どうしようもなく惹かれてしまった彼は、あらゆる感覚がないままでも確かにその光へと手を伸ばしていた。







「…………?」


 目が開く。そこでまず彼が困惑したのは「自分は死んだのではないか?」と言う疑問ではなく、視界の中で天井に伸びた小さく、やけに細い右手だった。それどころか、視界すらやや狭いように思える。


(…………どう、なって……っ?)


 声が出ない。それどころか、声を出そうとすると喉に酷い痛みが走る。何故かと考えつつ、声を発することは諦める。次に彼は、周囲を見渡す。


(…………ここは?)


 混乱の中で、大きな姿見が目に留まった。大きなベッドと見知らぬ暗い部屋。そして、映る彼の姿はやはり、見知らぬ幼子(おさなご)の姿だった。

 不気味なほどに白い髪に、男か女かもわからぬほど病的に細い体。右目には痛々しい赤のこびりついた包帯を巻きつけられ、彼の疑問は深まるばかりだったが、彼は鏡に映しだされた背後の窓に広がる景色に目が移る。


「…………」


 彼は振り返って自らの目でそれを見る。大きな窓から見えるは、澄みきった満天の星空であった。

 しかし、見える星々の中に彼が知る星の並びはなく、この時点で彼はここが自らの知る世界ではないのだと理解する。それでも、初めて見るその星空は彼の目を奪っていた。


(いか、なきゃ)


  そして、彼は誘われるようにその小さな体を起こす。しかし――――


(体が、重い………)


 その体はあまりに重く思うように動かない。まるで全身に重りを乗せているのかと思うほどに。それでも彼は立ち上がった。ここがどこかも分からず、この重い体を引きずって玄関を探す余裕もない。

 だから彼はベッドのそばにある窓を開けた。1階にある部屋の窓を開ければ、外はすぐそこだったからだ。


「っ………」


 重い体を引きずるように彼は外へ出た。誰かが呼んでいるのだと、何故かそんな気がした。少し歩いた先にある広い庭で、彼は立ち止まる。そして、改めて空を見上げる。一面の星を隠すものはなく、ただその中で彼は探した。

 自分を呼んだ誰かを。大空を仰いで星々を見る。そんな中で、彼の瞳に一つの星が目に留まった。特別大きいわけではなく、周りの星と変わらないようなそれ。けれど、彼はその一つにただ目を奪われ――――手を伸ばす。


(さっき見た光も、こんな………)


 そんな風に考えたその時。星が強い光を放った。それが何かという疑問を抱くより早く、光は少しずつ大きくなっていく。


(違う、これは………)


 近付いているのだ。それを理解するのと、光が彼の胸に飛び込んでくるのは同時だった。その光は吸い込まれるように彼の中へと入りこみ、それでも未だ光を放つ。そして、砕けた光の粒子が彼の周囲に漂っていた。それはまるで、星空が彼を包み込んでいるようでもあった。

 彼は驚きと同時に、その光を通して何かが自分の中に流れ込んでくるのを感じる。それは、一人の少女の、人生というにはあまりに短い記憶………そして、その少女と星が交わした契約。


(なら………)

「アウラ――――!?」


 その時、誰かが彼に声を掛ける。その声は驚愕に満ちていて、発した言葉は聞き覚えがない。それでも彼は振り返りつつ、二人の男女を見る。


(この子の、名前………)


 何故選ばれたのかは分からない。ただ、幼くして命を落としたこの体の主【アウラ・アルファーネ】が、彼に新たな人生を与えたのだ。

 ならば、自分には彼女の分も生きる義務があると。彼がそう思ったとき、目に涙を溜めて今にも決壊しそうな二人が彼に駆け寄り、小さく細い体を強く抱き締めたのだった。





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