9話
「いったた………」
「――――あ、アウラッッ!!すまない、大丈夫か!?怪我は………」
慌てて彼女に駆け寄ってアウラを心配するルーク。派手に転んだためか膝には擦り傷が出来ていたが、アウラは安心させるように返事をする。
「ぼ、ボクは大丈夫………!それより、早く逃げ――――」
「こっちに来るぞ!!!」
「えっ………」
騎士の警告に二人は空を見る。先ほどはこちらの方角に飛んでいただけのワイバーンが、真っ直ぐ二人のほうへ高度を下げていた。
ワイバーンの視線を向けられたアウラは、まだはっきりと見えないながらでも自分が狙われていることを理解し、目を大きく見開く。
(ボクの魔力を狙ってるんだ………!!)
魔術師が驚愕したアウラに宿る魔力。モンスターの魔力量とその強さは基本的に比例し、だからこそモンスターは魔力を多く持つ生物を食らうことで強くなる。
その点、人間は必ずしも魔力量と強さが比例するわけではなく、特にアウラは肉体的には虚弱であることが一目で分かるほどだ。
「っ、ルーク様!アウラ様!」
「二人をお守りしろ!!!」
流石に進行方向からワイバーンの狙いが分かったのだろう。二人を庇うように前に出た騎士達が盾を構えるが、直後にワイバーンの口内から放たれたブレス。先ほどの巨大な炎ほどではないが、それでも強力であることに変わりはない。直撃と同時に容易く数人の騎士をまとめて吹き飛ばし、それでも防ぎきれなかったブレスが二人に迫る。
それを見たルークは、魔力を纏わせて防御力を上げ、アウラの前に立ち塞がった。
「せめて、お前だけでも………!!」
迫る熱気。直撃すれば決して命はないだろう。だが、それでもようやく目覚めた妹を守るためならばと。それでも、後悔があるとすれば………
(父さん、母さん、ごめん………!!)
両親への謝罪。最後まで勝手な自分を許しはしないだろうが、それでもこのまま後悔して生きるよりはマシだと。そう言い聞かせて固く目を瞑ったその時だった。
「"星空の言葉。私は全てを受容し、あなたを守る"」
紡がれた詠唱。同時に星空が映し出されたかのような霧が現れて二人を包み込み、ブレスを阻む。そして唐突に現れたそれに接触した激しい炎はまるで遥か彼方へと放たれたかのように消えていき、その熱気すらも吸い込まれるように消え去ってしまう。
「アウラ………?」
霧の中は、まるでそこだけが夜に包まれたかのような星空が広がっていた。強烈で破滅的な炎の光を通さず、代わりに美しい星の光が群れを成す空に目を奪われつつも、そっと彼女の名を呼ぶ。
そして、ワイバーンはそれを見て当初の予想が誤りであったと理解する。あのか弱そうな少女は、実際には自身の手には負えぬ怪物だということを。ブレスを中断し、またどこかへ飛び去ろうとするワイバーン。
しかし、夜が明けて姿が現れたアウラの瞳はワイバーンを捉えていた。
(君がこのまま逃げたら、もっと被害を出すかもしれない。申し訳ないけど………)
「"星の言葉。我らの光は暗闇を引き裂き降り注ぐ"」
その詠唱の直後、アウラの背後に現れた夜空が広がる空間の裂け目。その星々が輝きを増したと同時に、無数の光がワイバーンを追うように放たれた。
それらはまるで空を渡る流星の群れ。ワイバーンは迎撃しようと背後を確認し、しかし不可能だと判断したのかすぐ前を見て速度を上げた。
だが、飛龍と呼ばれるほどの高い飛翔能力も無駄だと言わんばかりにワイバーンと光の距離は瞬く間に迫り、数秒と経たずその全てが直撃する。
そして巻き起こった光の拡散。それは鮮烈でありながらも美しく、多くの人々の目を奪った。そんな光が消えた後に力なく落ちてくるワイバーン。それを見て、アウラは再び言葉を紡ぐ。
「"星の言葉。今は私の理を忘れ、あなたの重みを取り去ろう"」
重力に従って落下していたワイバーンの体が、唐突に速度を落とす。まるでその重みを忘れ去ったかのようにふわりと人のいない地面に着地させられ、まだその息があることを確認する。
それにホッとしたアウラは、ゆっくりと口を開いた。
「………その子は、悪くないから。元居た、場所、に――――」
「アウラッ………!?」
ふらりとアウラの体が倒れ、慌ててそれを支えるルーク。すると、アウラは弱弱しい笑みを浮かべる。
「ごめん。ボク、ちょっと疲れちゃった………残念だけど、お散歩はここまで、かな………」
「アウラ、さっきの魔術は………」
ルークの言葉の途中だったが、アウラの瞳がゆっくりと閉じてしまう。それに不安を抱いたルークだったが、彼女が小さく寝息を立てていることに気づいて安堵した。
「ルーク様!アウラ様!ご無事ですか!?」
「あぁ、大丈夫だ。ただ、アウラがさっきので疲れて眠ってしまってな。俺たちは屋敷に戻るよ」
「さっきの………では、やはりあの魔術はアウラ様が………いえ、それよりも我らがいながらこのようなことになってしまい、申し訳ございません」
「気にするな。流石に街中で急にワイバーンが暴れるなんて予想もできなかったしな。それより、このワイバーンは元の生息域に返してやってくれ。アウラがそう望んでいるんだ」
「はっ………では、そのように伝えておきます。私はお二人を屋敷までお送りいたします」




