優雅なモーニング(ほぼ昼)
午前11時。ぼちぼち起きだす。
カーテンを閉め切ってるから、外の天気は分からない。
でもザーとかバシバシとか音がしないから、雨じゃない。
晴れか曇りかな。
客入りには影響しなさそう。
ということで、今日もたっぷり仕込みをしないとね。
そのまえにごはん食べたり家事したり、諸々生活の準備もして……
階段を降りて1階廊下に出ると、
「あ」
左右に見えるのれんの、左側の先。
お店のフロアから光が漏れている。
もう誰かいるみたい。
一瞬ぬらりひょんが頭をよぎるけど、十中八九
「おはよう、花鹿ちゃん」
「おはようございます」
二人いる居候の、こっちの方。
よくよく考えたら、起きたとき隣にいなかったもんね。
逆にもう片方はまだ惰眠を貪ってるはず。
彼女はカウンター席に座って、本を読んでたみたい。
でもわざわざ中断して、椅子から立ってペコリと礼をする。
「そこまでしなくていいのに」
「いえいえ」
「代わりに花恭さんに爪の垢をね」
「切実ぅ」
花鹿ちゃんが笑ったところで。
視線はなんとなくカウンターに置かれた本の方へ。
「読書するんだ。現代っ子はスマホスマホってイメージだけど」
「小春さんも現代っ子でしょう?」
「それはそっか。何読んでるの?」
「『西の魔女が死んだ』」
彼女は本を手に取って、顔の前で掲げる。
そこはなんていうか、若い女の子らしいの読んでるのね。
なんか職業的に古事記とか、夢枕獏とか。
あるいは、なんか変……独特な世界観してるし、哲学系とか。
とにかく、一風変わったもの読んでそうなイメージはある。
このまえはプロパガンダがどうとか読んでたし。
まさか、下ネタが多いからって堂々エロ本は、ね。
「いや、お邪魔したね。気にせず続き読んで。あ、そうだ。朝ごはんは食べた?」
「いえ、『お勝手』とはいえ、勝手に入ってはと思いまして」
ほら、やっぱり古い言葉知ってるし。
言ったそばから、花鹿ちゃんは厨房へ入らず椅子に腰を下ろす。
「ま、花鹿ちゃんならいいよ。花恭さんはダメだけど」
「どうして?」
「野生動物くらい食料漁って荒らしそうだもん」
「私が鹿なんですけどね」
私たち、本人がいないと花恭さんをネタにしがち。
それはいいとして。
「じゃあなんか作るよ。歯とか磨いてくるから待ってて」
洗面所に向かおうとすると、
「あ、洗濯機はもう回してますので」
「ありがとう……」
「泣いた!?」
なんて、なんて優しいんの……!
こんなに優しくされたのは、パパとママ以来かも!
花恭さんは絶対やってくれない!
まぁ下着とかあるし、されても困るんだけど。
「そんなことしなくていいんだよ? 干すのは私がやるから」
「いえいえ。私が引け目を感じたくないからしてるんですよ」
「でも野郎の服とかあるし、嫌でしょ」
「野球部マネージャーの境地に至れば」
「あー、ユニフォームとか洗ったりするね」
京都で初めて会ったときから気に掛けてくれたけど。
そもそも甲斐甲斐しいことが好きな性分なのかもな。
ところで、今の会話にふと引っ掛かるところが。
「部活、かぁ」
「何か悲しい思い出でも?」
「いや、なんでそうなるの」
こちらを見て微笑んでいる花鹿ちゃん。
今は白いシャツにレンガ色のサロペットスカートだけど、
「学校とか行かなくていいの?」
普段はセーラー服を愛用している。
「まだ夏休みですよ?」
「それはそうだけど、ほら。京都から転校するワケじゃん? 手続きとか、担任の先生と顔合わせとか」
「あー」
私転校したことないからシステム知らないけど。
対する花鹿ちゃんは、視線をカウンターに置いた本へ。
「まぁ、いいんじゃないですか?
どうせほぼ行かないし」
「えっ」
なんか不良少女みたいなセリフ出てきた。
彼女は戸惑う私の方を見もしない。
嫌とかより、心底学校云々がどうでもよさそうな。
視線は話題より本の続きに興味があると物語っている。
「ソレはマズいでしょ。高校は出席日数とか単位あるし」
「そのくらい知ってますよ」
「アレかな? 一族の手が入ってる学校って言ってたし、妖怪退治は公休になるとか?」
「ないですね」
「えぇ……」
じゃあなに? 普通に行かないつもり?
別に私はカウンセラーでも進路指導員でもない。
でもさすがに気になる。
ちょっと掘り下げさせてもらうべきかと思ったそのとき、
「あっ」
洗面所の方で、ピーッピーッと音が鳴る。
同時に花鹿ちゃんも腰を上げる。
「洗濯終わったみたい。干してきますね!」
「あ、ええと」
彼女は軽い足取りで私の隣をすり抜けていった。
結局花鹿ちゃんはしばらく戻ってこない。
宙ぶらりんになった私は、一度全部忘れることにした。
人にはそれぞれ事情があるという。
とりあえず顔や歯を磨いてから朝昼兼用食を用意。
ハムチーズのホットサンドを3人分量産する。
絶対花恭さんも食べるしね。
でもコレ、具を挟んだらあとはホットサンドメーカーが焼き上げてくれるもの。
またも手持ち無沙汰になった私は、なんとなくテレビをつける。
映し出されたのは、
『続いてのニュースです』
スーツを着た30代くらいの爽やかな男性。
バラエティかワイドショーか分かんない番組まえにやるニュースだ。
『都内複数のコンビニやスーパーで、
「いつの間にか商品の牛乳が中身を飲まれている」
という事件が発生していると、関係者への取材で明らかになりました』
「へぇー」
牛乳ねぇ。
他の商品は無事なのかな。コーヒーとかジュースとか。
だとしたら物好きというか、ピンポイントで変な犯人だなぁ。
いや、アナウンサーの言い方的に、盗むんじゃなくてその場で飲んでる?
そもそも変なヤツか。
「どうしたんですか?」
「わっ、速っ」
そこに花鹿ちゃんが戻ってきた。
「もう洗濯物干せたの?」
「手と包帯で倍速です」
それはどのみち脳の処理が追い付かないんじゃ。
実際できてるんだし、そういう訓練が染み付いてるのかもだけど。
『手口として、紙パックの側面に幅数センチの穴が開けられている点が共通しており、防犯カメラに犯人の姿が映っていないことから、警察は唾液などのDNA鑑定による捜査を進める方針です』
「へぇー、牛乳泥棒ですか」
「そうらしいよ。牛乳ばっかり飲み干していくんだって」
「背が低いのかな?」
「だとしたら小さい胃の容量で、牛乳ばっか飲めるもんかね」
なんて話しているうちに、
「あら香ばしい匂い」
「ホットサンド焼けたね。食べるでしょ?」
「ありがとうございます」
こちらもモーニング(ほぼランチ)タイム。
包丁で真っ二つに切ると、
焼いたトーストのサクサクした音と感触
中からとろーり溶け出すチーズ
もうたまらんね。
「はい。冷めないうちにどうぞ」
「わぁ♡」
花恭さんも早く起きないと冷めちゃうぞ。
さて、飲み物は何にしようか。
オレンジジュースとかも朝にはフレッシュでいいけど(ほぼお昼)、
やっぱりここは、テレビでもやってたし牛乳を
「あっ!?」
「どうしました? 小春さん」
パックを手に取って固まる私を、花鹿ちゃんが心配そうに覗き込んでくる。
変な状況だけど仕方ない。
だって、
「あ、ぎ、
牛乳の、中身がない……」
手から滑り落ちた牛乳パックは床に落ちて、
軽い、中身が空洞特有の情けない音を立てた。
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