アテにもシメにもエラいヤツ
「マジよ」
「マジなんよ」
なんで二人揃って口調変わってるのかは分からないけど、えぇ!?
「逆にツチノコのモデルになった妖怪とも言われていますね。
ただ、伝承で言われている姿とは違ったので」
そういえば花鹿ちゃん、『知ってる形と違う』とは言ってたけど。
「鳥山石燕『今昔画図続百鬼』によると。
本物はもっとモンゴリアンデスワームみたいな見た目してる」
「モンゴリアンですわ!?」
「まぁデカい口が付いたミミズのバケモノみたいなノリですね」
「ミミズ!」
なんで急にモンゴリアンが出てくるの!?
まぁ日本人もモンゴロイドだしおかしくないか
じゃない!
「じゃあ全然別モンじゃん! これデスワームじゃないって!」
「だから野槌だって言ってるでしょ」
「そうじゃなくて! やっぱりツチノコでしょ!」
そうじゃないと困る!
だって!
でも花恭さんは腰に手を当て、鼻からため息。
「UMAといえど未確認動物。見られただけで死ぬ生物なんかいないよ」
「それは!」
「逆に問題のSNSにあった
『転がってくる』
『高熱になる』
これらは野槌の伝承にピッタリハマる」
「えええええ」
何ソレ、先に言っといてよ!
ってことは
「そういうワケで小春さん。持って帰ろうか。お料理よろしく」
「ちょっと待って!
しかるべきところに寄贈して、133万もらうんじゃないんですか!?」
「はぁ?」
花恭さんの顔には『何言ってんだコイツ』って書いてある。
「妖怪だよ? ツチノコじゃないよ? 一般の方にお渡しできるワケないでしょ」
やっぱり!
「でも『ツチノコ捕まえに行く』って言ったじゃないですか!
『133万で借金ゴッソリ返る』って誘ったじゃないですか!」
つまり、
「妖怪退治って言ったら私が嫌がるから、騙したな!?」
「あっはっはっはっはっ!」
「鬼! 悪魔! 花瀬花恭!」
「途中で本物のツチノコが出るかもしれなかったじゃん」
「じゃあアレ!」
「妖力を感じますね」
「チクショウ!」
133万なんて最初からなかったんだ!
私の怒り上がる肩に、花鹿ちゃんが手を置く。
「一応ウソは言ってませんよ?
『ツチノコ』がそもそも野槌の別名です」
いや絶対優良誤認だから!
最高裁まで争ってやろうか!
やっぱり花恭さんをマリオネットで宙吊りにするべきだった。
翌日のお昼。
8月も後半戦なのに全然涼しくならない。
快晴なのに湿度も高い。
秋やぁい。
なんて、季節が巡らないのとは関係ないだろうけど。
もはや定期と化した、仕込みまえの花恭さんへの妖怪料理作り。
「今日はどんなのが出るか、楽しみだね」
「私も早く成人したいものです」
カウンターに座る二人の、期待の視線を背に受けながら
でも今日はすでに半分仕込みが終わっている。
下味を付けておいた野槌肉のスライスを炒めるだけ。
しっかり火を通しつつ、仕上げに焼き目も付けたら
「はい。『野槌の味噌漬け』」
作り方は非常に簡単。
塊肉を好きなサイズに切り出し、お味噌を塗って一晩置く。
お味噌は京都土産の白味噌で、味醂と擦った白ゴマを練り込んでおく。
「あのあと野槌について調べたんです」
「ツチノコと証明できれば133万だからですか?」
「そこまで往生際悪くないよ。お肉用に不自然に切り取っちゃったし」
「それで?」
スマホを取り出し、履歴から昨日見たページを開く。
図星なのは黙っておく。
「えっと、『ノヅチ』って言葉には『野の精霊』って意味があるみたいで」
「『野つ霊』だな」
「で、その由来が『鹿屋野比売神』っていう草の神様で。『野椎神』って別名があるんですってね。
で、そのカヤノヒメは日本で唯一、『漬け物の神さま』として祀る神社があるとか」
「よく調べたね。妖怪に興味ないのに」
「はっはっはっ」
だって133万。
まぁ古事記みたいな話はここまでにして。
冷めないうちに召し上がれ。
「お酒は?」
「日本酒もいいけど、白ワインとかどうでしょう。白味噌の甘味とよく合うんです。ドイツのリースリングが冷えてます」
「いいね。任せる」
「白味噌に白ワイン、白同士ですね」
「それがワインのおもしろいところでね。お肉やお魚でも『白身には白、赤身には赤』っていうソムリエ界の格言があるそうなの」
「へぇー」
というわけでいよいよ実食。
花鹿ちゃんには鶏肉で飲み物は烏龍茶。
さすがにジュースは甘すぎてまた別の話だし。
「「いただきます」」
「はいどうぞ」
「コレは、西京焼きだな」
「まぁレシピほぼ一緒ですし。味噌漬けは正直、そう言いたかっただけってところあります」
そもそも西京漬けを焼いた料理が西京焼き。
「このお肉がまた、白味噌と合う」
「ヘビ肉は食感が鶏肉っぽくて味は淡白。西京漬けも鰆みたいな白身魚が多いし、同じ感覚で食べれると思います」
「うんうん」
やっぱり京都の味覚は口に合うみたい。
うれしそうに頷く花恭さんは、白ワインを一口。
「あー、白味噌と白ワイン。甘味と甘味、塩味とミネラル感。マリアージュってヤツだね」
「いいなぁ」
花鹿ちゃんも早く大人になって一緒に飲もうね。
世の中には『お酒は飲まないけどツマミの味が好き』って方もいらっしゃる。
私もそう思ってもらえるよう作ってるけど、やっぱりお酒第一のメニューだから。
と、思いを馳せてるうちに、花恭さんが半分食べ終わる。
「はい、そこまで」
「なんだい、いけずか」
手で制すると鋭い目を向けられた。
食い意地が感情の上位にありすぎる。
「違います違います。ちょっと貸して」
食べかけのお皿を受け取って、
お茶碗に米をよそい、上に残ったお肉を載せる。
仕上げに熱い煮干し出汁をかけると、
「はい、シメの西京茶漬けに早変わり」
「おぉー!」
どっちかっていうと味噌汁掛けごはんだけどね。
まぁ鯛茶漬けも出汁だったりするし。
シメのお茶漬けは定番にして概念ってことで。
「でもシメにはまだ早いんじゃない?」
「まだ昼間ですよ。夜も飲むんでしょ?」
「そうだね。今はこのくらいで勘弁しといてやろう」
「はいはい」
お行儀が悪い、なんて考える向きもあるけど。
でも汁かけメシなんてのは、ザブザブかき込まなきゃおいしさも半減する。
花恭さんもCMの関取さんよろしく、豪快にお箸を動かす。
飲むかのようにお茶漬けを吸い込む喉。
花鹿ちゃんも圧倒されて、しばし見る構え。
花恭さんは勢いそのまま。
ノンストップで一気飲み、とまではいかないけど。
途中で余計な言葉を挟むことなく、終始向き合ってお茶漬けをたいらげる。
お茶碗とをカウンターに置いて、最初に出た言葉は、
「ふぅ〜」
熱いものを一心不乱に味わった者がたどり着く一息。
満足そうに背もたれへ身を預ける。
「どうでした?」
「最高。おみおつけほど濃くないから、出汁の風味がしっかり効いてる。味噌が溶けるとゴマの風味もよく広がって、変化が見事な仕立てだったよ」
「よしっ」
やっぱりこう言ってもらえるのが料理人冥利ってもの。
今日も己の仕事に手応えと満足感を噛み締めていると、
「ただ」
「はい?」
「133万の味ってほどじゃないな」
「いや当たりまえでしょ」
その悔しくもないディスいる?
UMAも妖怪も大差ないや 完
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