鏡の外で
思わず振り返って下を見る。
暗くて茂みの揺れとかはよく分からない。
ただ音の方向は、下を通る坂道の上の方からだと思う。
山の奥から降りてきているかたち。
花鹿ちゃんと目を合わせる。
彼女は頷いたと思う。
繰り返しになるけど、暗いからよく見えない。
そのくらいの大きさの頷き。
つまりそれは、音が聞こえたっていうのと同時に
気配を殺す、警戒すべき状況ってこと。
花鹿ちゃんはうつ伏せで左隣まで来る。
できるかぎり姿勢を低くしてるんだ。
私もそうしよう。
頭の高さが同じに来ると、彼女は息だけで話す。
(妖気を感じます)
(やっぱり!)
私も息だけで答える。
(花鹿ちゃん、見える?)
(えぇ、人より夜目が利く一族ですから)
でも誰だって、昼の明るさから馴染むのには時間が掛かる。
数秒じっと地面を睨んでいた花鹿ちゃんは
(ヘビ……)
ボソッとつぶやいた。
目線の角度的に、真下にいるワケじゃないらしい。
安心なような、逆に真上より今が見つかりやすいような。
自分のツバを飲む音が、どの環境音より大きく聞こえる。
と同時に
雲と木々の隙間から、月の光が差し込む。
なるほど、アニメなんかで薄青く表現したくなるのがよく分かる。
家のベランダだったら感動できただろう、冴えた光の筋は
つつつ、と山道をなぞって
その先にいるものを照らし出す。
(つ、ツチノコだ!)
ハッキリと見えた。
間違いない!
三角のヘビ頭。
そこから伸びるのは、真っ直ぐな細い体じゃない。
すぐにくびれがあって、
頭より幅広の胴体が続いている。
(花鹿ちゃん! ツチノコ出た!)
興奮して隣を見ると、
(うーん、なんか、知ってる形と違うなぁ。でも妖力は発している……)
彼女はなんか思案げ。
そうかな? 私の知ってるツチノコの王道はあの形だけど。
地方によって違うのかな?
って思ったけど、私の知ってるツチノコ『見つかったら死ぬ』とかないわ。
いろいろ考えるだけムダか。
そもそもファジーな存在だし。
そんなことより、今重要なのは
(ちょっと待って?)
(どうしました?)
月明かりの中を進むツチノコ。
木の影から這い出て、その姿が顕になっていくワケだけど、
(待って待って、
大きくない!?)
遠目からの目算でも、絶対2メートル越してる!
(花恭さんのウソツキ! 何が『伝承では最大90センチ』だよ! 普通にバグ個体いるじゃん!)
そりゃ花鹿ちゃんの知ってる形とも違うよね!
こちとらサイズがツチノコじゃないって聞いて、
『今朝の遭遇は別物。バレてようがなかろうが、あとから熱出たりしない』
って安心してたのに!
(まぁまぁ、『病は気から』って言いますし)
(でもさぁ!)
(大丈夫だと思いますよ)
(へ?)
花鹿ちゃんはツチノコからじっと目を離さない。
の割には、声も表情も緊張感がない感じ。
私を安心させるため、とかじゃなくて
本当に気にしていない感じ。
(伝承では、
『人を見つけると転がって体当たりしてくる』
とあります。
『それにぶつかられると死ぬ』
という説もあるそうで)
(えっ、じゃあ)
(はい。
周りをグルグル回られてただけの小春さんは、別に気づかれてなかったと思いますよ)
(なーんだ!)
ただの偶然かぁ!
心配して損した!
(つまり、です)
と、ここで花鹿ちゃんの声と顔が締まる。
(今この状況も、向こうからは捕捉されていない。
ただし、
ここから一瞬も感知されることなく、ヤツを仕留めなければなりません)
そっか、結局気付かれたらアウトだとしたら。
今まで受け身で襲われる視点ばかり考えてたけど、逆もある。
いくらこっちが一瞬で、無傷で、完璧に退治したとしても
倒すより一瞬でも早く勘付かれたら、刺し違えにされる可能性があるんだ。
一切感じ取らせることなく近寄り、
相手が『殺された』と感じることすらないくらいの手際で仕留める
それが必須ってこと。
どこのファンタジーの暗殺者だよ!
もしくは絶対話盛ってる剣豪の逸話でしょ!
(じゃあどうするの? 花鹿ちゃんの包帯って)
(私にはムリですね)
(そ、そうだよね、即死が取れる武器じゃない……)
(『シカを丸呑みにしてしまう』という伝承もあるので)
(まさかの名前の験担ぎ)
いや、妖怪退治もオカルトだから、気持ちは分かるけど。
よりによってそこ?
ていうかツチノコ、UMAごときが伝承多すぎでしょ。
(で、でもじゃあどうするの? わ、私!?)
(やりたいんですか?)
(そんなワケないでしょ!)
我ながら即答は情けないけど、素人だもん。
『コイツ正気か?』って顔されたから否定したら、それはそれでジト目で見られる。
さっきとは別の意味で、どうすりゃいいのよ。
まぁ最初から失望されるほど期待されてないだろうし。
いや、この子のなかじゃ私、烏天狗鯖殺大権現なんだっけ?
それはさておき、
(じゃあ……)
残る選択肢は。
私と花鹿ちゃんは同時に振り返る。
そこにいるのは、
(まだ寝てるじゃん! この一大事にさぁ!)
ちょうど寝返りを打った花恭さん。
(だから何時間寝てるのって! 昨日寝てなかったの!?)
自分が一番張り切ってたクセにさぁ!
迂闊に動けないから、起こすなら足蹴にしなきゃいけない位置だ。
でもなんか気が咎めなくなってきた。
やってやろうかと脚に力を込めたそのとき、
(待ってください)
花鹿ちゃんがアゴに手を当ててつぶやく。
(むしろ好都合かもしれません)
(えっ)
それから5分くらい。
(花鹿ちゃん)
(ここをこうして)
(花鹿ちゃん)
(あとはここを結んだら)
(花鹿ちゃん!)
(できた!)
私の目の前に生み出されたのは、
(じゃじゃ〜ん!)
眠ったまま刀を握らされ、
包帯で手足を結ばれ、操り人形みたいになった花恭さん。
(名付けて、『抜刀操り人形』作戦!)
(ソレはムリがあるよっ!?)
作画も挙動も独特になりそう。
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