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スネーク・スニーク

 音はゆっくりゆっくり左から

 先端の方はすでに私の位置を追い越している。


 私を中心にグルグル回る感じ。

 そういう狩りをする動物がいたような気がする。


 ひとつだけ幸いなのは、音の発生源が移動していること。


『伸びる』『広がる』じゃなくて『移動』している。



 つまり、体全体が位置を変えているってことで、

 完全に閉じた円で私を囲むだけの長さはないみたい。



 もちろん円を縮めればできるんだろう。

 でも音を聞くに、そのサイズならもう目と鼻の先。

 直接アクションする方が早い。


 このまま渦を巻くみたいにじわじわ近付いてくるにしても。

 それなら時間的余裕があるし、背後が()くタイミングもできる。

 なんなら今、まず1回背後を通過しきる。



 逃げるチャンスはあるってこと。



 でもそれも、迂闊にはできない。

 動いた瞬間バレでもしたら。


 認識されたら死ぬかも、がチートすぎる。


 見つかってしまえば、逃げ切れるかどうかとか関係ないんだ。


 だったら『まだ気付かれてない』に賭けて、じっとしている方がリスクは少ない。



 いや、でも、花恭さんがSNSで見たって文章。

『高熱』とは言ってたけど死んではいない。

 ツチノコをヘビと考えて、食べられたら助からないけど高熱は治る。


 何よりソレを投稿した人は、最低ラインでもスマホが触れる

 危篤じゃない状況までは保証されてるワケで。


 そう考えたら、やっぱり逃げた方が?

 いや、その後の顛末がポストされてない。

 時間差があるだけで、その人もあとで結局?

 もしくは怪談でよくある、『守護霊の強さで効き具合が』的な?


 分からない。私素人だもん。

 いや、花恭さんの口ぶり的に、プロでも確定的なことは分かってない。


『そう』思えば『そう』なる。


 ジェットババアや人面犬みたいに、どこでどう変質してるか分からないし。



 とにかく、悩んでいるあいだは動いていない。

 動いていないから気配を殺している。


 とは言ったものの、もはや息を殺してるのか息ができないのか。


 なんか酸素不足で視界が薄く黄ばんできた。

 耳の奥も痛い。鼓膜が自分の血流の音を拾ってやかましい。

 短時間の正座のあとみたいに、脚に力が入りにくい。


 ここまでくると後者かも。


 マズい。

 下手にバランスを崩して、靴底がザリッとでも鳴ったら。

 非常にマズい。



 あれ?

 でもたしかヘビってそもそも、熱探知とか嗅覚で獲物探すんだっけ?



 じゃあ、私がこうしてるのなんて、最初から……



 なんて思っていると、



「小春さん」

「嫌あぁあうあうあう!!」



「うわビックリした」

「ソレはこっちのセリフ!!」

「なんなの」


 急に背後から声。

 振り返ると、そこにいたのは花恭さん。


「そんなとこで()()()()()()、どうしたの。お腹痛いの?」

「いや! そんなことより!」

「おっと」


 私を心配したのか顔を覗き込もうとした肩をつかんで、しゃがませる。


「今近くにツチノコがいるんです! ヤバいの!」


 人差し指で静かにするようジェスチャーすると、


「ふーん」


 花恭さんは軽く首を捻って、


「もういないよ」


 軽く言ってのける。


「え、そうなの?」

「たしかに妖気はあった。だから見に来たんだけど。もう何もいないな」

「なぁ〜んだ!」


 無事やり過ごせたみたい。

 耳が自分の血流で埋め尽くされてたから、音が拾えなくて気付かなかった。


 で、どっか行ったってことは、私の存在はバレてなかったはず。

 つまり、



 無事、死ぬ呪い回避!



 一気に体の力が抜ける。

 今度は別の方向で立てなくなりそう。


「小春さんが小っちゃくなってたし、よもや()()()()のかと。心配させないで」

「じゃあ最初から危険なことさせないで!」


 まぁ花恭さんに正論言ってもムダなのは分かってるけど。

 とりあえず引っ張って立たせてくれたのに合わせて、全部吐き出しておこう。


「マジでヤバかったんですよ!? こんな! こーんな! 2、3メートルはあった!」

「ふーん」

「ふーんじゃないでしょ!」


 この野郎!

 こっちは土蜘蛛やから傘お化けや本家での裁判や高級車の運転くらい怖い思いを……!


 結構怖い思いしてるね。

 取り立てて騒ぐほどじゃない……


 いや違う!

 私この短期間に怖い目に遭いすぎでしょ!


 ソレを『ふーん』だと!?


「だったらいいじゃん」

「よくねぇよ!」

「大丈夫だって。



 伝承だと最大でも3尺、1メートルもないと言われている。



 違うヤツだったってことさ」



「え、ええぇぇ〜!?」


 何ソレぇ!


 最初から私の取り越し苦労!?

 心臓の鼓動返してよぉ!


 でもアイツが立ち去ったのも、バレてたうえで無視された可能性もある。

 だとしたら、確実に呪われる危険がなかったって証明も意味はあるよね。

 助かった助かった、コレで安全


 と思ったところで、


「ねぇ」

「なんだい」



「じゃあ何がいたんですか?」

「知らん」



 普通に2、3メートルのヘビとかがいるのも、どのみちヤバいことに気付いた。

 気付きたくなかった。











 そのあとは打って変わって静かな時間が続いた。


 キャンプに戻ってお昼ごはん。

 ピクニック定番のおにぎり、玉子焼き、唐揚げのお弁当。

 ちょっと喉に詰まりそうなラインナップも、事態が喉元過ぎれば喉を通った。


 花鹿ちゃんにも()()の顛末を話してみたけど、


「あらまぁ」


 京都土産のスグキ漬けを混ぜ込んだ、おにぎりの方に意識が行ってた。


 あと花恭さんと血みどろ(誇張)の唐揚げ争奪戦をしてた。

 最近の冷凍唐揚げはクオリティ高いもんね。

 私も負けないようにしたい。



 で、お昼を終えてからが本当に何もない。


 出てきてうれしくはないけど、ツチノコが全然出てこない。

 だから何も始まらない。


 時間潰そうにも、電波入らないからスマホは使えない。

 見つかったらアウトなので、下手に空中キャンプからも降りられない。


 最初はトランプとかしてたけど、わりとすぐ飽きる。


「もういいや。赤と黒と白とか、目がチカチカする」

「年寄りみたいなこと言いますね」

「落とすよ」


 なんて物騒な会話をした二人も、花恭さんは昼寝、花鹿ちゃんは読書。

 完全にトランプは放棄された。


 しょうがないから私も携帯ゲーム機で時間潰したけど、

 古いヤツでバッテリーが弱ってる。

 すぐに充電が切れちゃった。


「花鹿ちゃん、それ読み終わったら私にも貸してよ」

「こんなの読みたいんですか?」

「『猿でも分かるプロパガンダ』……」


 逆に花鹿ちゃんはどうしてそんなの読んでるの?


 結局なんの暇潰しもなく、

 落ちるの怖くて仮眠も取れず。


『私はなんの時間を過ごしているんだろう』


 って自問自答が10周以上したころ。






「いや、マジで1日をムダにした気がする」

「人生にはそういうことも必要ですよ」


 もうピークは過ぎたとはいえ、まだまだ日が長い季節。

 だというのに、木々の隙間から見える空はオレンジ、赤、紫も過ぎた。


 暗くなって花鹿ちゃんは本を閉じる。

 明かりは点けない。


 貴重な休日が終わっていく、それだけの時間が経った。


 嘆いてても明日は休みにならない。

 今にもツチノコが出てくるかもしれないから、そっちに集中……


「このままツチノコ出なかったら、本当に泊まるのかな」

「花恭さんならやると思いますよ」

「私お店あるんだけど」

「花恭さんなら無視すると思いますよ」

「今朝もそうだったもんねぇ!」


 今日だけじゃなく明日も侵略する気か花瀬花恭!

 自分は安らかな寝顔しおって!


「ていうかこの人いつまで寝てるんだよ!」


 腹いせと、人連れ出したからには真面目にやってもらうべく起こそうとした


 そのとき、


「あ」

「しっ」


 花鹿ちゃんにあらゆるリアクションを制される。


 今、下の方から、



 ガサガサガサッと、何かが茂みを這う音がした。

お読みくださり、誠にありがとうございます。

少しでも続きが気になったりドキドキしていただけたら、

☆評価、ブックマーク、『いいね』などを

よろしくお願いいたします。

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