不意の遭遇
そこからがまたヒドい話で。
花恭さんは空中キャンプにリュックを置くと(置いた衝撃でめっちゃ揺れた。危ない)、
「お昼ごはんまえに、もう一仕事しとこうか」
と、中からビニール袋を取り出す。
「もう一仕事って?」
「撒き餌だよ撒き餌。ほら、これ小春さんの分ね」
複数あったビニール袋のうち一つが私に押し付けられる。
「撒き餌ねぇ」
サビキ釣りじゃないんだから、まさかオキアミじゃないだろうけど。
中身を確認すると、
「ぎえっ!!」
「うふっ」
「いやああああ!!??」
「見たら分かるでしょ」
「あーっはっはっはっはっ!」
入っていたのは、
「何コレ、ネズミ!?」
小さくて足も短い四足歩行の体。長い尻尾。
毛皮を剥がれててパッと見分かりづらいけど、間違いない!
「そうだよ。餌用マウスさ。ヘビとかフクロウとか飼ってる人向けのね」
「うわぁぁグロいぃ」
「イーッヒッヒッヒッヒッ!」
「さっきから花鹿ちゃんは何がおかしいの」
たぶんビビり散らしてる姿が滑稽だからだと思う。
そういうことにしておく。
さすがにマウスを前に、倫理観ない理由だとは思いたくない。
でもお腹抱えるほどじゃないよね?
「今から手分けして、近くの木に吊るしてまわろう。探してたらいつになるか分からない」
「え? でも待っててもいつになるか分からなくないですか?」
「野宿も辞さない」
「連泊も辞さない」
「ノーッ!」
私は明日またお店なの!
「困ります! 盆も明けたばっかですよ!?」
「いいじゃん。副業なんて時間に余裕がある、合間合間にやるもんだ」
「本業だわ!」
「本業で赤字まみれって大丈夫ですか? 新卒になったら花橋グループに口利きしますよ?」
「だーっ、もう!」
確かに借金まみれだけど、居酒屋営業で赤字は出してないもん!
「もういいから。マウス括ったら鈴吊るすのも忘れないでね。あと蛇の目も。トンビに持ってかれたら撒き餌にならない」
「チクショウ!」
「あと、さっきも言ったけど。ヤツは出会ったら一発アウトって伝承もあるから。SNSの証言も考えたら十中八九そうなってる。
迂闊に遭遇して見つからないよう、気を付けてね」
「ますますチクショウ!」
山の中は道を外れたら、ちょっと行くだけで遭難してしまう。
そこで空中キャンプの柱にしている大木と体をロープで繋ぐ。
これでロープをたぐればいつでも戻ってこられる。
万が一斜面で足を滑らせても命綱になる。
まるで船外作業中の宇宙飛行士
なんて思えれば、少しは楽しいかもしれないけど、
「クソッ! クソッ! 許さないぞ!」
そんな感情挟む余地もなく、爆速で作業遂行中。
もちろんツチノコが怖いから、見つかったら死ぬかもしれないから、っていうのもある。
でも一番は、
「許さないぞ、ぬらりひょん! こんな目に遭うのも借金してるのも、全部オマエのせいだ!」
怒りがエネルギーに変わる。
たぶん今の私は世界で一番モグラ叩きが早い。
もちろん一つ一つの作業が雑にはなってるけど。
尻尾を紐で括って、木の枝から吊り下げる。
普通のヘビなら木登りができるけど、ツチノコはあの体。よく分からない。
っていうことで、あんまり高い位置には括らない。
正直いくらネズミで死体とはいえ、本来こういうことは気が引ける。
それを怒りの勢いでマヒしてゴリ押せてるのは助かってる、のかも。
「クソッ! クソッ! ジジイ! テメェもいつか吊ってやろうか! ムッソリーニみたいに! ムッソリーニみたいに!!」
声を出せばますますテンションが上がって、ネズミから逃避できる。
なんて、大声出してやってたからかな。
「ん?」
最初に気付いたのは、動き。
視界の端、右側で草藪が揺れた。
怒りに集中しているようで、逆に神経質にもなっている。
だから些細なことに目が行ったんだと思う。
花恭さんか花鹿ちゃんとテリトリーかち合ったかな?
て思ったけど、花鹿ちゃんでも身長160ちょっと。
あの藪に全身が隠れるサイズじゃない。
とか真面目に推理した直後には、その正体が判明する。
「チチチチッ」
「なんだ、スズメ」
薮から飛び立ったのは1羽の小鳥ちゃん。
なんてことない存在
だけど、
なんか今の、
『なんだ猫か』
って言った直後にモンスターが出てくる、
怪物映画のモブの死亡フラグみたい
と頭をよぎった瞬間、
「きゃっ!?」
今度はさっきの比じゃない、
数メートルはゆうにある範囲で、草がガサガサ揺れはじめる。
範囲だけじゃない。
音もさっきと桁違いだ。
さっきまで騒いでたのが、黙ったから聞こえるようになっただけ
じゃないはず。
つまり長いだけじゃなくて、
少なくとも雀より大きい。
長くて
藪に隠れるくらいのサイズで
でも雀よりも重さがあって
ドッと汗が噴き出る。
まさか、今そこにいるのは……
声も出そうになって、慌てて口を抑える。
気付かれたら、高熱が出る、死んじゃうかもしれない……
もしかしたらもう手遅れかもしれない。
だとしても、僅かな望みに賭けて。
ことさらバレるようなことをしちゃいけない。
でも、だとしたらどうする?
バレるまえに逃げる?
目立たないよう息を潜めて伏せておく?
考えているうちに、右側で鳴ってた音が後ろへ。
一応距離としては結構離れている。何メートルとかは今の精神状態じゃ測れないけど。
でも退路を絶たれたの?
それとも偶然?
分からない。
分からないけど、逃げるって判断はなくなった。
命綱のロープが今まさに踏まれてるし。
上を何かが通る振動が、腰に絶え間なく伝わってくる。
だとしたら、あとできるのは黙って気配を殺すだけ。
私もなるべく茂みに隠れられるようしゃがむ。
さすがにうつ伏せは顔にマダニが付いたら困るし。
いざってとき急に逃げられなくなるからナシ。
片膝突いて、時代劇の御庭番みたいにグググッと頭を下げていると、
ガサガサと音は左側へ
私を囲むように移動していく。
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