北上小春、探検隊
「嫌だあぁ! 絶対危険な何かじゃん!」
「まぁまぁまぁ」
「まぁまぁまぁ」
「『まぁ』で済んだら裁判官はいらないの!」
抗議の声は届かない。
広くもない登山道、前を花恭さん、後ろを花鹿ちゃんに挟まれて逃げられない。
そもそも、重篤な病が発生してることを黙って連れてくるなんて騙し討ちだ!
恐怖もあって、今はハイキングに対する士気はゼロ。いやマイナス。
東山一党のお墓参りより、数段苦しい感じがする。
昼に近付いていく気温も追い打ちだ。
日光を遮る木々、なんて慰めにもならない。
何が言いたいかっていうと、
この息切れした状態だと、絶対に感染する!
だって今もう、下手な風邪よりしんどいもん。
「やめましょうよ、そんな未知の病原菌持ってるヤツなんてさぁ!
そんなの持って帰ったらパンデミックですよ!? 非難轟轟ですよ!? 人類の敵!」
「『持って帰ったら』はツチノコと保菌者、どっちに掛かってます?」
「どっちでもいいよ!」
どっちになってもDEADに変わりないでしょ!
軽いノリで人間社会揺るがしかねない行為をするな!
普段は陰から守ってる側とはいえ、許されないでしょ。
「大丈夫だって。そんな恐ろしいものだったら、生きて帰れないかも」
「どこが大丈夫なんですか!」
潜伏期間ゼロのウイルスとか、映画の生物兵器でも見ないよ! 毒ガスだろ!
「なんだってそんな危険犯していくんですか」
「そりゃ、さっさと借金返してもらわないとなぁ」
「小春さんは東京湾岸警察署と横須賀海軍基地、どっちがいいですか?」
「沈められるの!?」
ソレだったら国際問題にならない前者かな。
警察も近いしワンチャン……
じゃなくて!
まさかまさか、花恭さんが金の回収にマジになってるとか
私をドラム缶にコンクリ詰めしようとしてるワケはない。
二人とも超大きいリュック背負ってるけど、中身は私を埋める道具じゃない。
はず。
てなると、考えられるのは
「あの」
「なんだい」
「今回のツチノコ探しも、
妖怪がらみだったりします?」
コレだ。
いつもの中途半端なはぐらかし具合も、お馴染みになってきた。
「さぁてねぇ」
「いや、絶対そうでしょ」
花恭さんの足がサクサク速くなる。
図星を突かれて振り切るような。
「あのですね? 今まで私を騙し討ちで連れてってた理由は分かります。
巻き込まれるの嫌がってたから、素直に言ったら逃げられますもんね?
でも今は違うでしょ。
私はもう協力者宣言までしました。着いてくくらいしますよ。
むしろ情報を事前共有してくれた方が、私も調べたり対策したりできますよ?」
保身ばっかりじゃない。
精いっぱい建設的に提案してみると、
「ふーん」
花恭さんは急に立ち止まる。
こちとら
『持久走のあと急に立ち止まると心臓に悪いぞ』
状態なんだけど、彼は全然大丈夫そうな涼しい顔。
私の意見に一考の余地あり(自分じゃむしろ百理あるド正論と思ってるけど)
とか思った感じじゃなさそう。
横から先を覗くと、
道が逆さまYの字みたいになってる。
ていっても、すごく細い脇道だけど。
「獣道にでも合流しました?」
「みたいだね」
「でもどうせ帰らないんでしょ?」
新たに出た道はUターンする方向。
そっちに入ると下山になる。
花恭さん的に今は帰る状況じゃないだろうし、
私もさすがに、帰れるとしても獣道は勘弁してほしい。
「悩むことないでしょ」
「いやね」
花恭さんはこっちへ振り返らず、手だけ挙げて私の意見を封じる。
「あのSNSでエラいことになった人」
「私たちもなるかもですよ」
「この場所ちょうど、『ツチノコ見た』っていうシチュエーションに合致してて」
「ひえっ!?」
「ロケーションのシチュエーションですね!」
ここ!?
ダラダラ引き返さないうちに、到着しちゃった!?
恐怖で花鹿ちゃんの意味不明発言を拾う余裕もない。
「ヤバいヤバいヤバいって! まだ病原菌の残り香とか漂ってるんじゃない!?」
「香りだけだったらいいでしょ」
「そういうことじゃなくてさぁ!」
絶対意図的に会話をズラしてる。
私の方見ないもん。
花恭さんは大木の周りをグルグル、幹を確認してる。
まさかセミ探してるワケじゃないと思うけど。
なに? ツチノコって木のうろにでも住んでるの?
彼はより高い位置も見上げながら、中指の付け根の骨で木をノックする。
「うん、まぁ申し分ないな」
「何が」
「ぺこちゃん、ここにしようか」
「はいな」
またもや無視。
私だって同行してるんだから、知る権利はあるはず。
「ツチノコトラップでも仕掛けるんですか?」
「いや、まぁ仕掛けるは仕掛けるけど。それはまた別のところ」
真横まで行って話し掛けると、さすがに答えてくれた。
無視ってより段取りに夢中になってたみたい。
大差ないね。
なんて話してるうちに、
「六根清〜浄〜」
花鹿ちゃんが包帯を頭上へ伸ばす。
木の枝に結び付けると、『ス◯イダーマン』みたいに上昇していく。
「飛んだらいいのに」
「こっちの方が楽なんです。小春さんスカートの中覗かないでくださいよ」
「見ないよ」
「若竹色ですからね」
「なんで言うの」
っていうかなんでセーラー服に戻ってるんだろう。
花恭さんもいつもの着流しだし。
朝は違う格好してたじゃん。
マダニとか怖くないの?
「よっと」
花鹿ちゃんは一際大きい枝に乗ると、
カバンの中から大きなロールを取り出す。
「何アレ?」
布を展開すると、言うなればハンモックの化け物というか。
広い絨毯を空中に広げられるみたいにした感じのもの。
彼女は手際よくあちこちの枝に結んでいく。
「でーきまーしたー!」
「ご苦労さーん」
上と下で会話する二人。
「キャンプ地?」
「そうだね」
「にしても、また結構な高い位置に付けましたね」
落ちたら確実に怪我しそうな高さ。
マンションの3階くらいはありそう。
柵なしのカーペットで居座るの怖い。
「ツチノコに見つかったらいけないからね」
でもそうするだけの事情はあるらしい。
上から花鹿ちゃんの包帯が降りてきて、花恭さんは『蜘蛛の糸』みたいにつかむ。
「あぁ、気配を察知したら逃げるとかそういうのですか?」
「いんや」
彼は振り返ると、ニヤリと笑った。
「ヤツには、
『見つかっただけで死ぬ』
『高熱に罹って死ぬ』
っていう伝承がある」
「は!?」
花恭さんはスルスルスルッと上昇していく。
「待って待って待って待って!」
私の知ってるツチノコじゃない!
帰らせて。
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