趣味は人生を豊かにする
「ふああああ、ん……」
目が覚めれば11時、いつものこと。
深夜営業の世界じゃ当然のサイクル。
むしろここ最近は、良家に招かれて正しいリズムで過ごしすぎたかも。
「痛てて」
体も高級寝具を覚えちゃったみたい。
普通のマットレスだとなんか、体のあちこちにダメージがある。
帰ってきたんだなぁ、お店。
そう、花恭さん家じゃなくて、おじいちゃんのお店。
今回東京へ帰るにあたって、以前と変化したことがある。
包帯JK花鹿ちゃんが増えたこと。
ぬらりひょん対策で同じ土地に派遣されただけじゃない。
以前ヤツが各個撃破に乗り出したことを鑑みて、
私たちと同じ家で暮らすことになった。
夏休みが明けたら学校があるし、生活リズムが完全一致はしないけど。
相手が妖怪だから、基本的に警戒すべきは夜の時間。
重要な対策ではある。
ただ、そうなると困ったことが一つ。
さすがに花恭さんの家じゃキャパシティが足りない。
ほぼワンルームの『神田川』丸出しアパート。
現状二人でも苦労してるのに、これ以上は狭すぎる。
荷物も入らない。
何より、プライバシー。
花恭さん一人でも、私の神経は結構キている。
花恋さんがいたらヒューヒュー騒ぐだろうけど、そんないいものじゃない。
隠すのも見ないようにするのも大変だ。
花海くんがいたら血を吐きながら血を吐かせにくるかも。
……いつかあの二人も来るんだよな。うへぇ。
襲来する脅威はさておき、今の生活環境は健全とは言いがたい。
神に誓って変なことはしてないけど。
とにかく、いくら同性や血族とはいえ、16歳のフレッシュJK花鹿ちゃんを巻き込めない。
となったところに。
世間より長めのお盆休みを取ったからかな。
東京へ戻ったころには、お店の2階が復旧していた。
中身はスカスカだけど。
「だったらちょうどいいじゃん」
と言い出したのは、無遠慮の申し子花瀬花恭。
「ぺこちゃん。ちょうど家具もないし、好きな家具運び込んだらいい」
「えっ? ちょっと待って?」
「植民地って言うんですよね。世界史の教科書で読みました」
いやまぁ、それしかないけどさ。
ってことで、2階は共同の部屋に。
以前はおばあちゃんの部屋とかあったんだけど。
亡くなってからはおじいちゃんがワンルームにしちゃった。
それを完全再現したから、隣で花鹿ちゃんが寝てる。
ちなみに唯一の男は1階、お店のバックヤード。
お酒の在庫や段ボールに囲まれている。
「……ごはん食べよ」
寝起きでフラフラする足取り。
花鹿ちゃんだけは踏まないように、お店の厨房へ。
手の込んだものは作らない。
これから料理ラッシュ、流しも器具でいっぱいになる。
なるべく時間も洗いものもコンパクトになるように、食パンにジャム。
なんとなくテレビをつけて、ワイドショーを無感動に眺めていると、
「ふぁあああああ……」
奥の廊下、階段の方からあくびが聞こえてきた。
聞き慣れたいつもの太々しさがない、少女らしい繊細な声。
こっちへ向かってくる気配と足音。
一度バックヤードを覗いてから、店内の方に姿を現したのは、
「おはようございまーす……」
「はいおはよう」
脳の左右どっちかしか起きてなさそうな花鹿ちゃん。
左目を擦っているから、たぶんそっちが寝てる。
「起こしちゃったかな?」
「いえいえ、勝手に起きましふあぁ〜あ」
二度寝したらいいのに、とも思うけど階段降りてきたしね。
「朝ごはん食べる? ジャムパンだけど」
「わぁい」
喜びなのか『はぁい』なのか不明瞭な返事。
彼女はカウンター側の座席に腰を下ろす。
着ているのは濃い青でシャチ柄のパジャマ。
鹿なのにシャチ。
そういえば私、寝るときはシャツとハーフパンツとか。
いつからパジャマを着なくなったんだろう。
男子の一人称が『僕』から『オレ』になるタイミングと一緒。
一番好きなフルーツがイチゴじゃなくなるのと一緒。
その瞬間を誰も知らない。
なんて思いつつも、
「なんのジャムですかぁ」
「イチゴジャムだよ」
「おいしい」
「まだ食べてないでしょ」
「歯磨いてきま〜す」
ジャムはやっぱりイチゴのイメージ。
花鹿ちゃんが席を離れてるあいだに、6枚切りの食パン2枚にたっぷり塗る。
それを牛乳と一緒にカウンターへ。
「あ、準備してくれたんですね。ありがとうございます」
「どういたしまして」
戻ってきた花鹿ちゃんは顔を洗ってシャッキリ。
若いって元気だね。
いや、私も若いからな。
「いただきまーす」
ジャムパンをパクッとひと口。
「おいしい」
ひと口が小さいせいか、口の端に付いたジャムを小指で拭う。
コレが花恭さんだったらこうはならない。
パンを二つ折りにしてアグリといったことだろう。
「このジャム、小春さんの手作りですか?」
「いや、市販よ」
「そっか。お盆でしばらくいませんでしたもんね」
「おや」
今の発言は、
『家庭で作ったジャムは期限が短い』
ってことに対する言及かな?
「詳しいんだね」
「よく作りますから」
「へぇ! お料理するの!」
意外。
お嬢さま育ちだし、しないもんだと。
男子だけど、花恭さんなんか見てるとね。
「ごく一部の甘いものだけですよ? 旧家だし会社もしてるしで、いただきもののフルーツが多くて。どうしても余らせがちなんです」
「あー」
確かに料亭でもない小料理屋のおじいちゃんすら、お中元とかもらったりしてた。
「それで、ウチにはチョチョちゃんがいますから」
チョチョちゃんっていったら、あの小学生の妹、花蝶ちゃんか。
「いろいろ作ってあげるわけだ」
「そういうことです」
「いやぁ、いいお姉ちゃんだなぁ」
「そんなことないですよ。自分の趣味にもなりますし」
「でも余ったフルーツを処理するんでしょ? なんていうの? 家庭的?」
「やぁだもぉ」
社交辞令じゃなくて、実にそう思う。
花恭さんなら絶対同じ状況でもそんなことしない。
ていうか、『ぺこちゃん』なんて呼んでる実質妹がいるじゃん。
なのに関係者の誰からも、そういうエピソードを聞かない。
「そっかぁ。甘いもの作りが趣味かぁ」
「酒飲みに甘党は少ないと言いますし、お店のお役には立てないでしょうけど」
「いやいや、そういうことは気にしないで」
気を遣ってくれちゃって。
いい子は趣味もいい。
と考えたら。
そういえば私、花恭さんの趣味とか知らないな。
お酒好きなのは知ってる。食いしん坊なのも。
でも少なくとも神田川ハウスでは、お酒をコレクションしてる様子はなかった。
冷蔵庫の中身もすっからかんで、美食マニアってほどでもない。
妖怪のことは仕事やもっと深い事情だし。
「うーん」
「どうしました?」
「いや、たいしたことじゃないんだけどさ」
いったい趣味はなんなんだろう?
と思ったそのとき、
廊下の板目をギシッと踏む足音。
バックヤードとお店のあいだは、細い廊下を横断するだけ。
すぐに現れたのは、着流しではなく浴衣の
「小春さん!」
花恭さん。
は、いいんだけど。
彼はキラキラした表情で、むふーっと胸を膨らませながら叫ぶ。
「ツチノコ獲り行こう!!」
え、まさか、そういう趣味?
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