シメの1杯
翌朝。
「短いあいだでしたが、お世話になりました」
「また花恭さまといらしてください」
「ま、遅くても正月には引きずってくるよ」
「普通に連れてってくださいよ」
花瀬屋敷の庭で、私たちはこの夏2回目のお見送りを受けている。
昼に戻ってきて一晩、お参りや送り火を見に行ったり短い逗留。
でも『東京へ直帰』って言ってたのが立ち寄ってくれて、みんなうれしそうだった。
「……なんだい。何をニヤニヤしてるんだ」
「いや、別に?」
ご両親はいらっしゃらないけど、
たくさんの人から愛されてるみたいでよかった、って思っただけよ。
「気持ち悪」
「なんだと!?」
お見送りが2回目なら、この光景は何回目か。
門を出ると
「おはようございます。いい天気ですね!」
花鹿ちゃんが私たちを待っていた。
登山でもするのってサイズのリュックとドラムバッグ。
なんか荷物の堆積の方が本人より大きく見える。
「おはよう。暑くなかった?」
「大丈夫です。朝ですし、半袖なので」
いや、荷物込みの見た目がね?
ていうか、転校するのにそのセーラー服はいるの?
「じゃあメンツも揃ったし行こうか」
「はい」
こうして私たちは、花の一族の屋敷界隈をあとにした。
振り返るとまた、延々続く塀や大きな建物の屋根が見える。
不思議で貴重な休暇になったな。
ちなみに花海くんは見送りに来なかった。
今頃本家で、花恋さんとどっちが先に東京へ派遣されるか争ってると思う。
蹴上駅から京都駅へ。
京都から新幹線に乗ったら、あとはもう東京まで降りることはない。
実質旅は終わり。
締めくくりに駅弁を買って、さらば京都また来る日まで。
早く食べたがる花恭さんを抑え、
『どうせ昼には東京に着くんだからお昼はまた買える』とぼやく花恭さんを止め、
車内販売がなくなったことに文句連発の花恭さんを静かにさせ、
新横浜を過ぎた大体12時。
「もういいでしょ。食べよ食べよ」
「まったく、堪え性がないんだから」
ようやくお待ちかねの駅弁タイム。
各々買ってきたものを開ける。
「ほう、小春さんは牛めしにしたんだ」
「はい」
この牛丼より甘辛く煮た、すき焼きのような風味。
タマネギじゃなくて糸コンニャクなのもまた、食感と特別感がうれしい。
余計なオカズでかさ増ししない、ストロングなスタイルの一方で。
ちゃんと控える、柴漬けと細切りの大根は清新な存在。
味の強い牛めしを、最後までもたれることなく楽しませてくれる。
「うん、おいしい。小細工なしに堂々とおいしい」
「いいねぇ。半分ちょうだい」
「そこは普通『ちょっと』では?」
「ぺこちゃんは鯛寿司か」
「聞けよ」
花鹿ちゃんが取り出したのは、有名料亭の一品。
お寿司とはいうけど握りじゃなくて、錦糸卵を敷いたちらしタイプ。
そこに薄造りの鯛がゼイタクに載っているんだけど、
特筆すべきはタレ。
しょうゆじゃなくてゴマ味噌という、独特にして渾身のメニュー。
白ゴマがまたたっぷりで、実に香ばしくおいしそう。
絶対淡白な鯛の旨みに合う。
「はい。このミョウガの酢漬けが大好きで」
そこにこの添え物。
好き嫌いが分かれるミョウガを、自信を持って入れてくる。
計算され尽くした味と予想される。
「じゃあ僕らは寿司で魚、2対1だ。覚悟しな」
「何をだよ」
最後に花恭さんが取り出したのは、
なんと2つ。
欲張りめ。
「おー、おいしそう!」
鯖寿司とだし巻きのセットに、
「さすが京都、って感じですね」
「他所ではまず考えないだろうね」
まさかの、漬け物のお寿司。
ナスがデンと載ってたり、かっぱ巻じゃないキュウリも独特だけど、
柴漬けなんかを細かく刻んで軍艦にする、っていうのは発明。
もちろんお酒のアテにもなりそうだけど、
似たようなことを湯漬けでする人を考えたら、シメにもなりそう。
ぜひウチのお店でもパク……見習いたい。
「やっぱ漬けものは京都が一番だ。楽しみだね」
花恭さんは手拭きで手をキレイにすると、早速ひと口
のまえに、
カバンの中から水筒を取り出す。
昨日の花鹿ちゃんのとは違うのだけど、
「あ、ソレって」
「そうだよ。
『煙々羅ティー』だ」
煙々羅ティー。
昨晩私が生み出したメニュー。
昨日煙々羅を退治? 捕獲して屋敷に帰ったあと。
当然私は妖怪料理を頼まれたのだけど(ソレが役目だし)。
言うまでもなく、煙は食べ物じゃない。
『仙人は霞を』とか『お釈迦さまは線香の煙を』みたいな存在は知らない。
でも人間は煙食べられない。
そこで考えたのがコレ。
煙を他の何かに移してしまおう、ってこと。
また燻製にしてもいいんだけど、かさ張ってもよくない。
ってことで今回は、
紅茶の茶葉と煙々羅を、一晩同じ袋に詰めておいた。
茶葉はとても匂い移りがしやすい。
世の中にもアールグレイはじめ、フレーバードはたくさんある。
花恭さんは早速淹れて、水筒で持ってきたみたい。
しかも、
「ただ今回はまぁ、
ウーロンハイならぬ煙々羅ハイだね」
スコッチを割ったらしい。
普通紅茶にお酒を入れるならブランデー
だけど、
コレは煙の染み込んだ茶葉。
風味は当然スモーキー。
これまたスモーキーな風味のする方が合うって判断だろうね。
スコッチも原材料の麦を乾燥させるとき、煙で燻すから匂いが移る。
花恭さんは昼間の新幹線でアルコールをひと口。
味わって、飲み込んで、鼻からむふーっと息を抜く。
「割って度数は下がったはずなのに、なんという重厚さ」
ご満悦。
人を選ぶ風味になってそうだけど、さすがお酒飲み。
とてもご機嫌そうなので、今のうちに質問をぶつけてみる。
それは、
「あの、花恭さん。
煙々羅、逃してよかったんですか?」
そう。彼は一晩紅茶に香りを移した妖怪を、
翌朝、空に放ってしまった。
煙々羅は逃げるように空へ昇って、どこかへ消えていった。
「いいのいいの」
でも花恭さんは気軽に手を縦に振る。
「煙々羅はね、
『火のないところに現れて、人々に火事と誤認させる』
まぁはた迷惑なイタズラ好きではあるけど。
逆に言えばそれだけ。それ以上の実害は及さない。命取るほどじゃない」
アレだけ脅かしたら、しばらくは悪さしないでしょ
彼はそう付け加えて、また煙々羅ハイをひと口。
だから天邪鬼のときとは唱えてるのが違ったのね。
花鹿ちゃんが、『手段も目的も違う』って言ってたけど。
確かに『退治』と『捕獲』はすることが違う。
表情で考えてることを察したらしい。
その花鹿ちゃんが補足してくれる。
「天邪鬼のときは『尊勝陀羅尼』。
内容としては『仏さまがビームで悪を焼き払う』お経です。
昨日のは愛染明王と鉤索鎖鈴。
『衆生を捕らえて引き寄せ、鈴の音で楽しませる』真言です」
「内容のクセがすごい」
仏教のスケールにドン引きしていると、
「でもまぁ小春さん、いいモン見れたじゃん」
アルコール回ってきたのか、花恭さんがケラケラ笑う。
「何が」
「煙々羅は一説に、
『ぼーっと煙なんか眺めるような、心が清らかで余裕ある人にしか見えない』
とも言われている。
つまり小春さんは無垢な心を持っているんだ」
「えー……?」
ソレってさ。オブラートに包んでるだけで、
なんか遠回しにディスられてない?
送り火のないところに煙は立たぬ 完
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