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謎の火事の正体

「いいことって?」

「やらしいことじゃないよ?」

「当たりまえです」


 なんだか知らないけどニヤニヤしてる花恭さん。

 セクハラだぞ。下ネタ枠は花鹿ちゃんだけで間に合ってんの。

 ていうか定員ゼロ名でいいから。


 普通ならこの態度で


『あ、コレ深刻な話じゃないな』


 って察せるけど。

 この人は緊迫した状況でも、本気かどうか分からない言動するしなぁ。


『いいこと』って言われても少し構える。


「小春さん、また煙が見えてるんだろ?」

「いーえ、見えてませんね」

「つまらない意地張らずに。でもアレね、火事じゃないの」

「そうだろうと思いましたよ! だから黙ってたの」

「でも煙は見えてるんでしょ?」


 そりゃそうだけど。

 でも今まで結局火事じゃなかったんだしいいでしょ。


 見間違いかなんかだったんでしょ。



 ……明らかに、真っ黒な煙がモウモウゴウゴウ立ち昇ってるけど。



「実はね、小春さんの見間違い勘違いでもないんだ」

「は?」


 じゃあなんなの、さっきから

 と思ったところで。


 花恭さんが丁寧に説明してくれる

 その意味にふと思い当たる。


「まさか」

「ぺこちゃん、水筒貸して」

「はいな」


 花恭さんは相手の方を振り返らず、私と同じ方向を見つめている。

 同じものが見えているのかな。


 見えているんだろうな。


 一方ちょっと離れた位置の花鹿ちゃんは、茶巾から小さい水筒を取り出し


 グビッと勢いよくラッパ飲みしはじめる。

 そのままソレを、花恭さんに投げて寄越す。


 背後から飛んできたソレを、彼はノールックで受け取ると、


「ちょびっと残りました」

「はいはい」


 残りを回し飲み。

 首を90度に上げて、豪快に飲み干す。


「なんですかソレ。御神酒(おみき)?」

「いや、ただの水出しルイボスティー」


 花恭さんは()()()()()に答えて、蓋を私に押し付ける。


「あ、ちょっと」


 呼び掛けを無視して、彼は(から)の水筒片手に歩いていく。

 なんとなく追い掛けずにその場で眺めていると、


 道の先には、今まで散々見てきた煙。


 改めて、やっぱり確実にそこにある。

 また一戸建てから昇っている。

 見間違いじゃない。


 でも誰か、住人が気付いて騒ぐ様子もない。

 閑静な夜の住宅街。


 そこに



「オン マカラギャ バゾロウシュニシャ バザラサトバ」



 花恭さんのお経みたいな声が流れる。

 響くほどじゃなくて、しっとり。



 ここまで来たら、もう確定でしょ。

 ただ、だとしたら逆に、


 あの煙に()()()()()()()()()()()


 花恭さんと煙の距離は50メートルもない。

 走っていけばすぐだとは思う。


 でもアイツはここまで二度、



 近付いたころにはキレイさっぱり消え去ってしまう。



 どうするつもりなんだろう。


 そのあいだにも距離は少しずつ詰まっていく。


「ジャク ウン バン コク ジャク ウン バン コク ソワカ」


 最初に花恭さんが何やら唱えはじめたところから、半分以上進んだころ。


「あっ」


 目に見えて、煙に変化が起きた。


 でも逃げるように消え失せたとかじゃない。



 グネグネと、苦しむようにうねっている。



「アレって」


 反射的に近付いていこうとして、


「煙の動きじゃないですね」

「わっ」


 いつの間にか隣にいた花鹿ちゃんがボソッとつぶやく。


 でも今のは言葉どおりの意味じゃない。


『邪魔するな』的な牽制。


 まんまとびっくりして足が止まった私は、ただ様子を見守るに徹する。


 ちょっとした会話のうちにも、もう花恭さんと煙は目と鼻の先。


 そう、



 目と鼻の先。



「消えてない」



 今まで私を翻弄していた煙が、逆にやられてるみたいに。

 打って変わって、グネグネしたまま残っている。


「このまえの天邪鬼退治、覚えてますか?」


 花鹿ちゃんがそっちを見たまま解説に入る。


「あぁ。もしかしてまた、お経で縛ってるの?」

「そういうことです。アレは真言(マントラ)であってお経ではないんですけどね」

「へぇー」


 よく分からないけど、そういうことらしい。

 私からすれば些細な違い、とか言ったら仏罰が(くだ)る?


「なんか、前回とは内容違うっぽいけど」

「手段も目的も違うということです」

「そうなの」

「そうなの」


 あの花恭さんでも、『適切に使い分け』の概念があるみたい。

 なんでも全部破壊すればいいと思ってそうなのに。


「おい、そろそろ蓋届けに行った方がいいんじゃねぇのか」


 ずっと黙っていた花海くんが花鹿ちゃんの隣に来る。

 彼が指差す先では、花恭さんが


「ジャク ウン バン コク ソワカ ジャク ウン バン コク ソワカ」


 真言とかいうのを続けていると、


 入道雲が湧き立つみたいに一際大きくなった煙が、



(ジャク) (ウン) (バン) (コク) 成就せよ(ソワカ)



 掃除機か何かのように

 水筒の中へ吸い込まれていく。


 ものの数秒で全収納されると、


「小春さーん! 蓋返して! 蓋ー!」


 彼は飲み口を手で塞いで、見せ付けるように頭上へ掲げた。


「あー、はいはい!」


 小走りで駆け寄ると、花恭さんからも水筒を差し出してくる。


「いいかい? 僕が手を放したら、すぐに蓋してね?」

「は、はい」

「じゃあ行くよ? 3、2、1、はい!」

「そいっ!」


 我ながら、プロの餅つきレベルの早技コンビネーション。

 煙を一切漏らすことなく、スクリュータイプの蓋を閉める。


 花恭さんは確かめるように数回水筒を振ると、


「よし、これにて『火のないところに煙が立つ妖怪



 煙々羅(えんえんら)』、退治完了だ」



 笑った。


 これにて一件落着らしい。

 よかったよかった、


 よかったけど、


「なんだい? 小春さん。妙な顔して」

「いえ」


 たいしたことじゃない。

 けど、


 さっきまでの煙の量

 手の中の水筒のサイズ


 どう考えても



「絶対容量足りてないでしょ」



 質量保存の法則を捻じ曲げないでいただきたい。

お読みくださり、誠にありがとうございます。

少しでも続きが気になったりドキドキしていただけたら、

☆評価、ブックマーク、『いいね』などを

よろしくお願いいたします。

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