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空振りは3回まで

「なんだって?」


 花恭さんは静かにチラリとこっちを見る。

 内容が内容で、周囲にはこの人数。

 変に騒ぎを広めてパニックを起こさないためだと思う。


 でも、


「今誰か火事言うた?」

「マジで!?」

「大丈夫なん?」

「どこどこどこ!?」

「わぁ、押すな!」


 私が大声を出したから手遅れ。

 すでにざわざわしはじめてる。


 マズい。

 この数の集団が雪崩になって動いたら危険だ。


 花恭さんは小声で私に話し掛ける。


「どこだい?」


 できるかぎり周囲に聞こえないように、耳元数センチでウィスパーボイス。

 ドキッとするようなシチュエーションだけど、意識してる場合じゃない。


「あっちの住宅街の、ちょっと奥の方」


 私もコソコソ小声で答える。


「ふーん、火の手は上がってないな」

「でもほらあそこ、煙上がってるでしょ? それになんか焦げ臭い」

「ふむ」


 花恭さんの反応は淡白。

 冷静なのかよく分かってないのか判断しかねる感じ。


 でも、野生のステータスが高い彼ですらこんな感じなんだ。


「別にどっこも燃えてへんで」

「デマか?」

「聞き間違いかなんかやろ」

「オレも大学んとき、名古屋から来とった元カノと送り火見に行って、ふざけて


『ヤバい! 山火事や!』


 言うたことあるで。ダダスベりやった」


 周囲の人たちも気付かないレベルみたい。


「そんなんより送り火見ようや。おじいちゃん昇ってかはるで」


 誰かの一瞬のワンフレーズなんか忘れて、大文字に意識を戻していく。


「とりあえず119番に連絡して」

「まぁ待ちなよ」


 今のうちに、とスマホを取り出そうと動かした手を、花恭さんがそっと押さえる。


「急がないと手遅れに」

「だからこそ落ち着いて行動だ。こんなザワ付いたところで通報しても、お互い何言ってるか不明瞭だ。いったん離れるよ」

「それもそうですね」


 場所も電柱見て『どこどこ何丁目』とか正確に伝えないといけないし。

 移動した方がいいはず。


 せっかく人混みを割ってきたけれど仕方ない。


「ほら、移動するよ」

「おいおっさん! 足踏んだだろ!」

「踏んでへんわ!」

「花海さん!」

「ぺこちゃん」

「はいな」


 なんかケンカしてる花海くんの首に、花鹿ちゃんが包帯を引っ掛けて引っ張る。


「ほら! 行きますよ!」

「ぐえぇあ!」


 ケンカと火事は、京都じゃなくて江戸の花じゃなかったっけ?

 でも確か、花海くんの武器は火消しのアレだったな。






 なんとか人混みを抜けて住宅街の方へ。


「殺す気か!」

「……」

「え? マジで殺す気だったの?」


 首が締まりかけた花海くんに謎のプレッシャーが掛けられる(かたわ)ら、


「それで火事の家っていうのは」

「こっちです」


 私たちは煙を見た方へ急いだ



 んだけど。



「……あれ?」

「別に火の手は上がってないね」

「うーん」


 どころか、



 煙すら上がっていない。



 騒いでいる人もいない、何もなかったような平穏そのもの。

 ブロック塀の向こうははっきり見えないけど、ただの平屋がそこにあるだけ。


「焦げ臭い匂いはしますね」


 花鹿ちゃんはスンスンと鼻を鳴らしている。

 私も確かに感じる。


 だから、見間違いじゃなかったはず。


「大文字の匂いが山風に乗ってきたんだろ」


 花海くんは頭の後ろで両手を組んで、大きなアクビ。


「あるいはもう消し止めたとか、なんだったらバーベキューしてたのかもね」


 花恭さんももう送り火の方見てる。

 彼の中で話は片付いたみたいだ。


「なんにせよ、火事が起きてなくてよかったですね!」


 花鹿ちゃんが包帯まみれの手でピースしている。


 そりゃ私だって、何事もなかったならその方がいい。

 大騒ぎした挙句ってのが恥ずかしくはあるけども。


 誰も私を咎めないのがまた、余計にそう感じる気もする。


「ごめんなさい、振り回して」

「いいよいいよ」

「別にオレらも、妖怪以外だったら街がどうなっててもノータッチ、ってんじゃねぇし」

「本当に火事だったら大変なところでしたから。大切大切」


 わぁ、優しい、わァ……。


「さて、ここからでも『大』見えるし、第二ラウンドと行こうか」

「そうしましょそうしましょ」

「あ、でもせっかく集団抜けたし、コンビニ寄ってお酒でも買ってこようか?」

「さすがに行って戻ったら送り火終わってんじゃねぇか?」

「じゃあ仕方ないかぁ」

「水筒持ってきたじゃないですか」


 しかもみんな切り替えの達人。

 以前あんなにしつこく突っ掛かってきた花海くんすらこの態度。


 だったら私も、クヨクヨしてないで楽しむべきだよね!


 と、視線を送り火に向けたところで、



「ん?」



 視界の端に映ったのは


「どうしたの。変な声出して」

「あ、いや、別に」

「なんだい、はっきりしないな。らしくないよ」

「いや、まぁ」


 ゴニョゴニョ口籠っていると、


「あーはーはー」


 花恭さんは急に、ワケ知り顔で頷きはじめる。

 それから、そっと耳打ちしてきた。


「また?」

「えー、と、はい」


 ここまで言われたら、誤魔化す方がよくない。


 私は素直に、100メートルもしないくらいの道の先を指差す。



「あそこ、煙上がってません?」






 ってことで、慌てて2階建ての一戸建てに駆け付けたんだけど


「……ごめんなさい」

「気にしなくていい」

「よくあることだぜ」

「気にされた方が困るかなって」



 またしても、ボヤ一つない。



 花火してた形跡すらなくて、静かなもの。


 さすがにちょっとコレは気マズすぎる!


「私、疲れてるのかな。飛蚊症かな」

「まだ20そこそこでしょ? 今からそれじゃ、アラサーで運勢以外は下降線になったときがキツいよ?」

「現実厳しすぎない?」


 でも、世知辛い厳しさはあるけど、妙に優しい。

 これが普段の花恭さんだったら、


『よくも僕を振り回してくれたな?』


 とか言われかねない。


 火の揺らぎは人を落ち着かせるヒプノ効果があるとか。

 送り火が彼を抑えているのかもしれない。


 あるいはご先祖さま。

 ありがとう。


 でも左側に立つ花恭さんに申し訳ないのはそのままで、

 なんとなく右へ視線を逃すと



「あ」



「小春さん」

「今度こそなんでもありません。私は何も見てない。最初から何もない」


 半分自分に言い聞かせるみたいに。

 早口で牽制すると、花恭さんは


 ポン、と私の肩に手を置いて、


「小春さん、



 いいこと教えてあげよう」



「えっ?」


 なんか、予想だにしないことを言い出した。

お読みくださり、誠にありがとうございます。

少しでも続きが気になったりドキドキしていただけたら、

☆評価、ブックマーク、『いいね』などを

よろしくお願いいたします。

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