また来年
電車は混むだろうってことで歩いて行ったんだけど、
「コレ、たいして変わらなかったかもですね」
「おしくらまんじゅうにならなかっただけマシさ」
道も結構混んでた。
車だったらそれはそれで渋滞になってそう。
そんななか、花恭さんオススメの賀茂大橋を目指しているんだけど、
「まだ先ですか?」
「いや、近付いてはいるんだけど、いかんせん人が多い」
送り火の見物人でごった返し、なかなか進めない。
興味ない人が帰宅難民になってたらかわいそうにね。
大文字はご先祖しか送ってくれない。
「御苑にしておけばよかったかもしれませんね」
「あんなとこ、もっと混んでるよ」
「でも花恭さん。このままじゃ、あんまりいい場所取れなくないか?」
「だったらどうするんだ。出町の河川敷でも降りるか? 藪蚊でエラいことんなるぞ?」
地元民3人、額を詰めて話し合っている。
まぁ言うほど京都いなかったりする人たちらしいけど。
「いや、多少見えにくくても私は気にしませんよ?」
「いーや! 半端な大文字見て京都ナメられたらたまったもんじゃない!」
「そんなんでナメないから」
すっごいホスピタリティ(?)。
3人の様子を半笑いで見つめていると、
「仕方ないなぁ」
花恭さんは、右手のひらを服で払うと、
「ん」
「え?」
真っ直ぐ私の方へ差し出してきた。
「『え』じゃないよ。こうなったらもう、いい位置まで突破するしかないでしょ。
人割っていくから、はぐれないように手ぇ繋いどいて」
「「ええっ!」」
急にまさかそんな、若い男女が花火見物で!?
衝撃的すぎて花海くんがハモってきたじゃん。
「その『人を割る』っていうのは、『人波』であって頭じゃないですよね?」
「当たりまえだろ割られたいか?」
「花恭さん! それはダメだ! そういうのは花鹿に任せて!」
「花瀬の客を花橋に投げられるわけないだろ」
「ソイツもう身内だからいいだろ!」
「私も正直、人混みで花恭さんに引っ張られたら脱臼しそう。イヤじゃないなら、花鹿ちゃんの方がいいです」
「そうか。じゃあ首に鎖でも結ぶか」
「私も小春さんの腕くらい引き千切れますよ?」
どんどん会話が物騒になっていく。
私を別の意味で送り火に間に合わせなくていいから。
結局花鹿ちゃんの包帯で数珠繋ぎにして、私たちは人混みの中へ。
正直先に場所取りした人がいい位置にいるのは当然の権利。
押し除けてまで見たいわけじゃないんだけど。
花恭さんみたいな押しが強いタイプには通じない。
グイグイ人混みを割って、足を止めたのは集団のど真ん中。
「これ、急にトイレ行きたくなったら終わりね……!」
「どうせコンビニ行っても並んでるよ」
「ぎゅうあああ! 狭い! 潰れちゃいます!」
「逆に落ち着いて見られねぇだろ」
結局おしくらまんじゅう、電車避けた意味ないねコレ。
左隣の花恭さんや、その後ろの花海くんはいいけど。
花鹿ちゃんは私の後ろ。ちゃんと見えてるのかな?
人の熱気で蒸すし、身動き取れなくて買ってきたペットボトルも開けられない。
送り火見るどころか脱水で倒れやしないだろうか
なんて頭をよぎったそのとき
「20時だ」
花恭さんが腕時計の盤を見てつぶやく。
それと同時。
如意ヶ嶽、大の字の線が交差する心臓部分。
ポッと火が灯る。
「わっ!」
「始まった」
その言葉に応えるかのように。
中心部分から、光る点が増えていく。
意外とこの距離からでも点で分かるほど明るい火の塊。
真ん中から大の字が伸びていくのかと思ったけど、
意外に全体でまばらに光って、だんだん密度が上がっていく。
地元の有志たちが、この日のために準備してきたんだろう。
炎は弱ることなく、滞りなく輝きを増して、
見る間に立派な大の字を描く。
大切な人が、雲の上からでもはっきり見えるような祈りの一文字。
「キレイ」
「ね? ここまで来た甲斐あったでしょ?」
「はい」
私たち、虫みたいに光へ釘付けで言葉を交わしていたけど、
「父さんと母さんが帰る」
静かなつぶやきが、スッと鼓膜に滑り込んで
私は思わず左隣も振り返った。
でもすぐにまた大文字に視線を戻す。
何を見たわけじゃない。
何を見ないようにしようと思ったから。
なんならいっそ、横目にも入ってしまわないように。
右斜め前くらいに視線を彷徨わせていると、
「ん?」
なに?
なんか変。
真っ黒な夜空、暗い街の風景。
その中に、なんだか浮いている色がある。
コンビニのライトが眩しいとかじゃない。
むしろ色だけで言ったら周囲の空気に限りなく近い。
ほぼ黒みたいな灰色、まるで夜空に浮かぶ雲みたいな。
でも雲じゃない。
だって雲はさっき言ったとおり、空に浮いてるものだから。
あんなふうに地面から
建物から一筋、空に向かって伸びていくようなものじゃなくて
「小春さん? どうかした?」
「あ、いえ」
逆に花恭さんの方が私の様子に気付いたみたい。
声を掛けられたけど、あんまりしっかり反応できない。
ぼんやり考えてる脳に、
別の知覚が与えられる。
反射的に動いたのは、小鼻。
「焦げ臭い……」
「は?」
花恭さんは『何言ってんだコイツ』って声だけど。
今ちょっとそれどころじゃない。
ねぇねぇねぇ、ヤバいって。
このビジュアル、匂い、間違いない。
「花恭さん!
火事です!!」
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