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盆終わりぬ

 そのあと、集まりは滞りなく

 というか呆気なく終わった。



 東山一党は宿坊に帰って荷物をまとめ、


「じゃあね花海くん、お別れだね」

「すぐに行ってやる。オマエと花恭さんを二人きりにはしてられねぇ」

「私は?」

「花鹿は女同士だから平気だろ」

「LGBTQ蔑視傷付きました。しかるところに訴え出ます」

「自分も(はた)から見たらゲイなのにね」


 なんて別れを惜しみ(?)、


 ちなみに花八重さんは無軌道な会話に寄らず、終始笑顔で私たちを見てた。

 さすが大人。






「ぶええええ! お手紙書いてねぇ……」

「普通にL◯NEでよくないですか?」

「いや、封筒にカミソリ入れるから」

「それはもう一部の熱狂的阪神ファンなんよ」


「北上くん! ぜひ年末も来てくれよ!」

「ありがとうございます、花九郎さん。ぜひ、そうさせていただきます」


 昼まえ、ついに花形の屋敷を去るときが来た。

 何人かはわざわざ門のところまで見送りに来てくれた。


 最初はなんだか怖い思いもしたけど、本当に愉快でいい人たち。


「花衣が君によろしくと言っていた。本当は当主自らも見送るのが礼だが、アイツは基本奥座敷から出ないようになっている。すまんな」

「とんでもないです。お世話になりましたと伝えてください」

「オレからはまぁ、なんだ。体に気を付けてな。また九州物産でも送ろう」

「ありがとうございます。花満さんも健康無事で」


 温かい言葉自体もうれしいけど、この短いあいだに


 一人の人間として認めてくれて打ち解けた


 っていう事実が、心の財産になる。



 こうして名残惜しくなりつつも、


 入道雲と青い空の下、笑って手を振って嵐山をあとにした。



「春ちゃ〜ん!! すぐに生き霊飛ばすからねぇ〜!!」

「やめてよ……」






 花八重さんは屋敷まで直接車のお迎えが来たから門でお別れ。


 残った私たちは駅まで歩いて、電車で東山へ。

 別に一気に東京へ帰ってもよかったんだけど、花恭さんの


『大文字の送り火を見よう』


 って提案で一泊することに。

 まぁ新幹線の予約とかもあるしね。


 あと花鹿ちゃんが急に決まった配置換えを家族に報告するそうで(当たりまえ)。

 どうせ行くなら一緒に行った方がいい。

 ってことも含めて、やっぱり帰りは明日になった。


 まぁ花恭さんは企業勤めじゃないし花鹿ちゃんも夏休み。

 私もお昼の仕込みまでにお店に着けばいい。


 それに、盆明けはみんなお金使っちゃったから飲みに来ないし。

 そう急ぐことはない。


 だから盆のうちはお店をやって、稼いでおきたかったんだけどな。

 はぁ。



 じゃあまた送り火の時間にってことで、花鹿ちゃん花海くんとは別れて。

 私と花恭さんも花瀬屋敷に戻った。


 どうせ明日の朝には出発だから、荷物は解かずにそのまま。


「せっかくだし浴衣で行く?」

「え、いいんですか?」

「お母さんのお下がりでよかったら」

「そんな大事な!」

「じゃ、準備させとくね」


 大文字を見に行く準備をして。


 でも着火は20時から。


「はぁ。また京都の野菜が恋しくなるよ」

「私も夏野菜のシーズンが終わるの寂しい」


 昼食にナスやズッキーニの夏野菜カレーと浅漬けを食べても、まだ時間がある。


「夜までどうするんですか?」

「じゃあちょっと出掛けようか」


 花恭さんは静かに答える。

 それだけで、どこに行くのか分かった。






 一度だけ、最近登った山道の先。

 お盆は終わるけど、まだまだ汗だくになる気温の中たどり着いたのは


「じゃ、また東京帰るよ」


 花恭さんが水を掛ける袖の下、

 人の名前が刻まれた石。


 人が生きていた証には、体格問わず小さすぎるけど

 込められた想いと尊さは実際以上の重さがある石塔。


 相変わらず何も備えず、しゃがんで手だけを合わせる花恭さん。

 真顔としか言いようのない表情の内で、何を思っているんだろう。


 きっと壮絶で、ある意味血生臭い決意を立てているんだと思う。

 それを否定する気は微塵もない。


 だけど、



 いつかもっと純粋な気持ちを伝えられる日が来ればいいな。



 そう思う。

 だから、



 私、北上小春と申します。

 花恭さんの相棒やらせていただいてます。


 正直、なんの戦う役にも立たないけれど、



 いつか花恭さんが、笑顔で報告に来れるように



 私もがんばるつもりです。



 彼の後ろで、そっと手を合わせた。


 それからゆっくり目を開けると、



「何してるの?」

「どあっ!?」

「ドア? 引き戸? 両開き?」


 花恭さんの方が先に黙祷を終えて、こっちを見ていた。


 しかも近い!

 顔の距離が10センチくらい!


「そんなんじゃないです」

「じゃあなんです」

「それは」

「何を話してたの。僕の両親と」

「それはっ!」

「ねぇねぇ、教えてよ」

「なんでもないですって!」


 道幅も狭くて急勾配の斜面を、追い掛け回されるハメになった。











 なんだかんだして時刻は19時を過ぎたころ。


「お待たせ。待たせた?」

「いえ。あ! 小春さん、よくお似合いですね!」


 花瀬屋敷の門前で私たちは集合した。


 私が借りたのは黒地に金魚が泳いでいる浴衣。帯は白。


「ま、お母さんと身長そんなに変わらないし。よく似合ってるんじゃないかな?」

「あ、ありがとうございます。それより! 花鹿ちゃんも似合ってるよ!」

「えへへ」


 一方花鹿ちゃんは、純白に錦柄のビー玉がいくつも描かれたデザイン。

 帯は朱色で、紅白の対比が薄暗い時間帯にも眩しい。

 赤に近いピンクに、白で躑躅(つつじ)を抜いた巾着もかわいいね。


 ちなみに花恭さんはいつもの着流し。特別感ゼロ。


「じゃあ行こうか」

「待て待て待て待て!」


 駅へ向かって足を踏み出した私たちに、背後から必死な声が。


「そりゃないぜ花恭さん!」


 花海くんだ。

 彼ももれなく大文字に誘ったんだけど、花恭さんの反応は冷たい。


「ふーん」


 冷めた目で振り返る。


 でもこれは、いつもの()()()()()()ってワケじゃない。


「空気を読みな」



 花海くんの格好が、いつものシャツとデニムだから。



 これは仕方ない、かな?

お読みくださり、誠にありがとうございます。

少しでも続きが気になったりクスッとでもしていただけたら、

☆評価、ブックマーク、『いいね』などを

よろしくお願いいたします。

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