イタズラ通報ダメ絶対
「先輩。『銀閣寺』て正式名称『慈照寺』でしょ?」
「なんや急に」
正午過ぎ。
詰所で二人の若い男が、マグカップのコーヒー片手に会話している。
オレンジと紺のツートンカラーな制服。
座っているのはデスクに備え付けの回転椅子。
先輩と呼ばれた方が背もたれにどっかり身を預ける一方
呼んだ方は背もたれを前にして腕を置き、その上にアゴを乗せている。
「せやのになんでココは、『銀閣寺消防出張所』なんです?」
「そらもうバス停やらが『銀閣寺道』とか使うとるからな。ややこしならんように合わせたんやろ」
「なんでそっちは『慈照寺道』にせんかったんです」
「知らんわそんなん」
内容から分かるとおり、ここは消防署であり彼らは消防隊員である。
他愛ない会話をしているのは昼休憩だから。
面倒で大嫌いな午前の事務が終わった解放感。
午後のキツい訓練が待ち受ける憂鬱。
それらが混ざっているテンションなのもある。
「他で『慈照院』いうお寺さんあって、ややこしいからやろ」
そこに中年の先輩が、やはりコーヒー片手に割り込んでくる。
「なんでそない紛らわしい」
「どっちも足利義政関係やからや。本人の戒名が慈照院や。ちなみに銀閣の正式名称は慈照寺違うぞ。『東山慈照禪寺や」
「へぇー、足立さん物知りですねぇ」
「ガキんころ親父に聞いてん」
「親父さん物知りですねぇ」
「親父はじいちゃんに聞いたらしい」
勉強になるような、どうでもいいような話をしていたそのとき、
『出動要請!
「鹿ヶ谷通り、鹿ヶ谷法然院西町にてボヤが起きている」
と近隣住民より通報あり!』
大音量の館内放送。
青天の霹靂。
かつ、このときのために日々厳しい訓練を積んでいる腕の見せどころ
なのだが
「……」
「……おい、出動やって。早よ立て」
若い二人は、中年に促されてノロノロ立ち上がる。
「どうせまたアレでしょ」
「今月入って何回目っスか」
どころか、上長に対してとは思えない態度。
だというのに、
「そう言うなや。万が一ちゅうこともある」
「通報あって『万が一』て、足立さんも違う思ってるんですやん」
中年の方も、一切咎める様子はない。
そのまま3人は、ダラダラした小走りで詰所をあとにした。
しかし、一度出動してしまえばキビキビしたもの。
現着するには10分あればじゅうぶん。
しかし、
「まーただよ」
先輩と呼ばれていた方が、腰に手を当てため息をつく。
その目の前にあるのは
そこへ呼んでいた方が戻ってくる。
「センパーイ、
やっぱり住民の方で消し止めたとかはなくて、
そもそも火元も煙も確認されていません」
目の前にあるのは、
至って普通の、閑静な住宅街。
「でしょうねぇ!」
「よーし、もう帰んで」
「ったく、ふざけんなよなマジで」
先輩をはじめとして、他の隊員も皆機嫌が悪そうに吐き捨てる。
次々消防車に乗り込んでいく背中に追い付いて、後輩も呆れた声でつぶやく。
「もう何回目っスかね。このイタズラ」
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