妖怪にもカビにもいろいろ
花恭さんの向こう。
しょんぼり肩を落とす豆腐小僧さん。
確かにそう聞くと、いくらか不憫な感じはするし、
直接切り捨てる立場からすれば、もっと気が引ける面はあるよね。
それこそクマに例えたら、
『人間がわざわざクマの巣穴に入って、襲われたって騒いでる』
みたいなもの。
『クマが危ない駆除しろ』
より先に、
『人間側がそんなことするな』
になってくる。
「ですからあっしも、普段はできるかぎり豆腐配るのを我慢しちゃいるんです。
でも花恭さんが言うように、ソレがあっしの全てですから。
時折どうしてもやっちまう」
なんか『ついカッとなるのを後悔してる人』みたいな雰囲気だ。
難しいことだね。
「で、いいのか悪いのか、いや、よくないんでしょうな。
今どきでもたまに、豆腐を受け取っちまうおおらかな人がいるんですわ。
するとあっしもうれしくなっちまって。
よくねぇとは分かってるんだが、ついつい会うたび豆腐をわたしちまう。
なるだけカビなんか生えねぇように、妖力を抑えて抑えて拵えるんだが、
どうにも最後にゃカビになっちまう。
このまえも小っちぇえボウズがそうなって。悪いことをしました」
豆腐小僧は改めて花恭さんに向きなおる。
「んで、近ごろはこのへんで、
『毒入り豆腐を配る不審者がいる』
って噂にまでなっちまって。
あっしはもうどうしたら」
結局不審者になっちゃった。
「あっしはただ、うまい豆腐を平和に配って、喜んでもらいてぇだけなのに……!」
「うーむ」
花恭さんは腕組みして目を閉じる。
眉間にシワ寄せて数秒むむむと唸ったけど、
「花海。君も考るんだ」
隣の男の肩を叩く。
半分『自分じゃお手上げ宣言』じゃん。
「でもよぉ花恭さん。『カビ生える』ってのは昭和から長く生き残ってるネタだ。
しかも『元々なかったのに定着する』ってのは、相当支持を得ないとならねぇ。
それだけみんなにとって『アリ』な概念だったワケだ。
そんな話を今更なくしたり、ひっくり返したりってのはなぁ」
「そんなことは君に言われなくても分かってるんだよ」
「理不尽!」
分かる。分かるよ花海くん。
この人理不尽だよね。
君がどうして尊敬してるのか分からないよ。
「じゃあアレですかい? プロのお二人からしても、
『カビを生やしちまう』
ってぇのは解決しないってことですかい!?
あっしはこのまま『怪奇! 毒入り豆腐バイヤー』になるしかねぇんですかい!?」
ソレはソレで、不審者よりは都市伝説とか別の妖怪になれてるような。
でも、
『そう』思えば『そう』なる
に影響されて、ソレが本業になったが最後。
ノリノリでカビ豆腐配るバケモノになっちゃいました、も困るしなぁ。
なんとかした方がいいのはいいんだろう。
「「うーん……」」
唸る二人。
私も何か考えてみよう。
カビ、カビ……
「あ、そうだ」
「なんだい小春さん。この状況で思わせぶりなこと言ってみな。頭豆腐の角だよ」
花恭さんの腕力だったら、絹ごし豆腐の角でも死にそう。
ていうかテーブルにぶち当たる。
「そんなんじゃなくてですね。
ただ、正直『カビが生える』ってのはもうどうしようもないんでしょ?
だったら、こういうのはどうでしょう」
すっかり秋の紅葉シーズン。
豆腐小僧の豆腐には、紅葉のマークが入ってるそう。
実際江戸時代にそういうのが流行ったんだって。
てわけで、昼下がりの『はる』のカウンター、テレビで吉野山を見つつ
豆腐小僧の一件もあったなぁ、なんて思い出していると、
「小春さん、京都からお手紙来たよ」
花恭さんが便箋片手に戻ってきた。
「へぇー、今度はなんです? 年末も私連れてこいって?」
「いんや、花九郎さんから、豆腐小僧顛末について」
「あー! ちょうど思い出してたとこ!」
「知りたい?」
「知りたい知りたい!」
「じゃあ読んであげるから、いい子で聞きなさい」
謎に子ども扱いしてきつつ、彼は隣に座る。
「えー、なになに、前略
『豆腐小僧くんによると、北上くんが提案してくれた
“ペニシリウム・カメンベルティ”
というのは、大変うまくいったらしい』」
「そうですか!」
「いいね、さすがだ」
ペニシリウム・カメンベルティ。
分かりやすく言えば、
『カマンベールチーズの外側のカビ』。
あの日私が豆腐小僧さんにした提案。
それは、
「『カビが生える』っていうのは変えられないのなら。
人体に無害なカビにするってのはどうでしょう?
幸い『どのカビが生えるか』までは指定されてないんだし」
というもの。
「たとえばカマンベールのカビとか。食べても無害なんだし、皮膚に生えるくらい平気じゃないですか?」
これには豆腐小僧も、
「なるほど? 確かに誰も決めてない部分なら、あっしにコントロールできるかもしれません」
感心して頷いてる。
「でもよ、本当に大丈夫なのか?」
「正直人に生えた話を聞いたことないから分かんない。でも、現状より試す価値はあるでしょ?」
「まぁ、そう、かもな」
花海くんの疑問ももっともだと思う。
でも多少は納得してくれたらしい。
そこに、
「あっはは! いいねいいね!」
花恭さんが大笑いで賛同してくれる。
「おもしろそうじゃん? 痒くならないカビだったら、気付かないうちにお風呂入って流したりしてね! なんだったら白いし美白効果みたいなもんさ!
いっそできたカビ回収して、あとからチーズも作ったらいいや!」
さすがにそう簡単にチーズ作れるかは知らないけど。
そのくらいのノリの方が、深刻じゃなくていいのかも。
「よっ、よしっ!」
豆腐小僧はグッと拳を握る。
心なしか、表情も明るい。
「ダメで元々なんだ! あっし、やってみます!」
「よく言った! ソレでこそ男だ!」
なんて、その場は終わったんだけど。
「そっかそっか、うまく行ったんだ。よかったよかった」
「ホントにねぇ」
頷き合う私たち。
花恭さんもうれしそうだ。
『人間がこうさせてしまった』って気にしてたもんね。
「で、豆腐小僧さん今はどうしてるって?」
「ちょっと待って。どれどれ? えー、
ん?」
「ん?」
急に花恭さんの声が一段低くなる。
表情もなんか怪訝な感じだ。
「どうしたんですか?」
「あー」
「どうしたって?」
「んー」
「……」
「……」
なに、急に答えなくなったよ?
妙だね?
「えいっ」
「あっ」
不意を突いて手紙を取り上げる。
読んでくれないなら自分で読むもん。
文面に目を通すとそこには、
『ただ、彼はそのあと花恭のアドバイスどおりカビの回収に行ったらしい。
チーズを作るためだそうだ。
豆腐をわたしたお宅を訪問して、体に生えたカビをヘラでこそげ取ったとか。
そんなことを繰り返しているものだから、
結局不審者として通報されて、警察に捕まったそうだ』
「花恭さん?」
目線を向けると、彼は露骨に右ななめ上を見ながらつぶやいた。
「僕のせいじゃない」
それはそう、かなぁ?
風評被害営業妨害 完
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