不忍池の決戦(というほどでもない)
「だから言ってやったのさ。『ロブスターって言ってもザリガニだ』ってね」
「あははははは!!」
「ソレは一本取られたわ!」
深夜の『はる』。
酔っ払いは何がおもしろいのか分からない話で大盛り上がり。
「はーい、そろそろ店じまいですよー」
「あら、もうそんな時間?」
「また来るわね花恭さん!」
「休肝日は2日設けるんだよ」
でも若いイケメンの効果はすごい。
門限のない独身貴族女性数名を捕まえ、たっぷり儲けさせてもらった。
今までにない客層だ。
花恭さんも大いに飲み食い、借金返済も進んだと思う。
その恩返し、じゃないけど
「さて」
彼は最後の客を見送ると、グッとジントニックを飲み干す。
グラスをカウンターに置き、その反動で立ち上がる。
「じゃあ行こうか、小春さん」
「……本当に行かなきゃダメです?」
「夜中に一人で出歩かせるつもりかい? 危ないじゃん」
「夜中に妖怪食べる人が隣にいる私の方が危ないと思う」
「まぁまぁまぁ。一人で留守番してたら寝落ちするでしょ。妖怪の死体で寝起きドッキリされたい?」
「理不尽!」
電車もないし、やっぱり不忍池まで着いていくことになった。
申し訳ないけど車を近くのコンビニに停めて不忍池へ。
おじいちゃんの車、運転は私。
花恭さん飲んじゃったもんね。
夜中だし空は真っ黒だけど、街灯のおかげで闇じゃない。
文明だね。
その中で私たちは、逆行するような存在を探している。
「ぱっと見、何もいない感じだけど」
見通しがいいわけじゃないけど、それくらいはハッキリ分かる。
「そうだなぁ」
すると腕組みしながら池を睨む花恭さんは、私の肩を叩く。
「ちょっと小春さんは離れててね」
「え、いいんですか?」
つい本音が出てしまった。
でもコレが普通のリアクションなはず。
「僕もね。今回のこと調べたんだ」
あ、見逃された。
ていうか、そういう地道なことするんだ。
「最初の被害者はランニングしてる集団の最後尾を一瞬で。昼間ニュースでやってたのは、深夜帰宅中のおじさんをこれまたサッと」
「なるべく目撃者がいないようにしてるって?」
「それもある」
花恭さんは口元に手を添える。
口ぶりからして別の予想があるんだろう。
それをもう一度吟味するような。
「つまりは、『邪魔が入らないように』とかね」
「邪魔」
サイコキネシスや毒ガスに邪魔とかある?
集中力とか?
なんてことを考えているうちに、
花恭さんは池沿いの歩道をゆっくり歩いていく。
もし毒ガスだったら、彼を狙ったのがこっちへ流れてきかねない。
それより何より人として、いくら牛鬼を退治するほどでも心配は心配だ。
無意識に息を殺して見守る自分がいる。
花恭さんが、50メートルはしないくらい先へ進んだあたりだろうか。
暗くて状況はよく見えない。
だけど、夜の静寂だけあって
微かにザパッと水音がした。
なに?
反射的に一歩乗り出したそのとき
「おりゃあ!!」
「何事っ!?」
今度ははっきりした、花恭さんの気合いが響き渡る。
それと同時に、
暗闇でも分かる。
池の中から何か、シルエットが釣り上げられる。
文字どおり釣りというか。
長い何かの先にいるソレは、
遠心力ですっぽ抜けるように道路の反対側へ飛んでいく。
「あっはっはっ! 一本背負決めてやったぜ!」
「ちょちょちょっ! こんな夜中に近所迷惑!」
腰に手を当て、仁王立ちで大笑いの花恭さん。
慌てて駆け寄ると、その手には
「うわっ、何これ!?」
腕が握られている。
しかも普通の腕じゃない。
街灯に照らされた色味は暗いというか、汚い緑。
小学生のころ、男子が『薬草』とかいって雑草を石ですり潰してたけど。
そういうときに見たような、鮮やかとはいえない緑。
それだけでも驚きなのに
その腕の反対側。
ただでさえ異様に長いその先には、
もう一本の腕が生えている。
左右の腕が一本の棒のように繋がっている。
グロいヤバいキモい怖いのオンパレード!
「通臂っていってね、これが河童の腕の特徴なんだ。左右の腕が繋がってて、強く引っ張るとすっぽ抜ける」
「河童……」
やっぱり河童は河童、予想どおりだったみたい。
「中国に似たような妖怪がいるけど、親戚かもね。まぁ向こうは猿、亀には似つかないけど」
花恭さんは見せつけるようにその腕を掲げる。
相撲取りが鯛を掲げてるアレみたい。
は、さておき。
「つまり毒ガスもサイコキネシスもない。池の中から、柵を越えて。
腕でつかんで、直接引きずり込んでたってわけさ」
「でも、あのキャバ嬢みたいなのの証言じゃ、そんな話は」
「河童は怪力だけど、腕自体はご覧のとおり細いモンだ。深夜、タクシーの窓越しには見えないよ。キャバ嬢だったら仕事柄、酔ってただろうしね」
「な、なるほど」
「しかもなんかあったら抜けてしまう、収まりの悪い腕だ。だから邪魔の入らない相手ばっかり狙ってたんだろうね」
と、ここまで自慢げに解説を入れていた花恭さんだけど、
「さて、おしゃべりはここまで」
腕をいったん地面へ下ろす。
「もう一仕事だ」
つぶやくと同時、
『キサマら、よくもやってくれたな……』
道路の向こう、闇の中から低い声がする。
やがて、ぬっと姿を現したのは
「うわっ」
『後悔させてやるぞ、人間どもめ』
ものの見事に腕がない、
イメージと寸分違わないデザインの河童。
THE・河童。
ただ一つ、
「小物100パーセント、って感じのセリフだなぁ」
「そんなことより! アイツ、
なんか鍋被ってますよ!?」
装備付きであることを除けば。
どういうことなの。
あと流暢にしゃべるのはどうなんだろう。
「不届者が捨てたゴミだね」
「そういうことじゃなくて!」
通臂だなんだは知らないけど、私だって河童について少しは知識がある。
「アイツ、弱点カバーしてる!」
『頭の皿が割れたら死ぬ』とか、そういう話。
『そうよ! これがなければ危うく、先ほどの一本背負で死んでいたところだ! しかし同胞の愚かさで墓穴を掘ったなぁ人間! ぶははははは!!』
河童は自慢げに高笑いする。
いや、でも、そんなヘルメット未満でガードできなくない?
どのみち鍋越しに割れるでしょ。
でも事実、ピンピンしている。
腕を失った直後とは思えないほど。
意外とまたスポッとハマるのかも。
いや、今はそんなこと考えてる場合じゃない。
『尻子玉を抜き取ってやろうと思っていたが。愚かな人間よ。腕がないのではそうもいかぬ』
河童は大袈裟に、見せつけるように口を開く。
『喉笛を噛み切ってやろう。キサマらはまたも、自らの行いで墓穴を掘ったのだ』
なんでか知らないけど、これも画像とかで見掛けるとおり。
クチバシなのに、細かい尖った歯が並んでいる。
『カアッ!!』
走ってきた!
水棲生物なのに足が速い!
「は、花恭さん!」
「ま、そう慌てないで」
いや、落ち着いてる場合じゃないって!
まだ仕込み刀抜いてすらいないじゃん!
頭の皿以外で仕留める方法はない、とは思わないけど。
だったら切り伏せる必要はある。
それ以前にまず、あの歯を受け止める武器がいる。
なのに花恭さんは和傘をそのまま、
「小春さんの言うとおり。河童は皿が弱点だ」
一歩前に出る。
『死ねィ!』
そのまま河童が突っ込んでくる刹那、
「ナメんな!」
『ギャパアアア!!』
まさかの傘すら使わないローキック!
河童は苦痛の叫びをあげて地面に転がる。
そのまま動かない相手を見下ろし、花恭さんはまた腰に手を当てる。
「あーはっはっはっはっ!
膝の皿割ってやったぞ!!」
「えぇ……」
実際、死んだかどうかは別にして。
河童は泡を吹いてピクピクしている。
けど、
「それはなんか、違うでしょ……」
違うでしょ。
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