人畜じゃない無害でもない
背後から掛けられた声。
「なんでしょう」
振り返ると、そこにいたのは
編み笠を被った和服の
「あの、こちら花形の」
「あ、
迷子かな?」
男の子。
小学生か、あっても中学生くらい。
顔が大きいせいか頭身がちょっと変で、パッと推し測りにくい体格ではある。
でも最初の声もやや高いっていうか、若いとか幼いって感じだったし。
間違いじゃないはず。
「いえ、迷子ではねぇんですが」
ただ、それにしてはちょっと口調が渋いかな。
なんて思っていると、
「おっ、『豆腐小僧』じゃん」
「こりゃ花恭さん! ご無沙汰しとりやす。花海坊っちゃんも」
「坊っちゃん言うな」
「えぇっ!?」
「なに」
「あ、いや」
知り合いなの!?
しかも今すんなり『豆腐小僧』って、おおよそ人の名前ではない名詞が!
あだ名にしたって独特すぎる!
ってことはもしかして!?
「待って花恭さん!」
「嵐山観光に影響ない程度なら」
「そうじゃなくて!
もしかしてこの子、妖怪ですか!?」
「うん」
なんてあっさり認めるの!?
「そんな普通に会話してていいの!?」
「なんでだい」
「だってあなたたち妖怪狩りの一族でしょ!? そんな顔馴染みって感じでいていいの!? 退治しないの!?」
「あのね」
花恭さんはため息ひとつ、腰に手を当てる。
「警察の仕事は、人間を捕まえることだ」
「はい」
「じゃあ、道歩いてる人間全員、片っ端から逮捕してまわるかい?」
「いや、そんなわけないですけど」
「捕まえるのは犯罪者だけ。ソレと同じ」
「あー」
つまりこの豆腐小僧っていうのは、無害な存在なんだろう。
人を傷付けたり迷惑を掛けないのであれば、わざわざ命を奪いはしない。
当然生きる権利がある。
それが一族の見解みたい。
食べるために狩る花恭さんはまたちょっと違うのでは? と思わなくもないけど。
「それにおいしいお豆腐くれるしね」
「急に『警察が賄賂もらってる』みたいな話になるじゃん」
やっぱり常に食欲に負けてそうな影がチラつくわこの人。
「あの、それで、よろしいでしょうか?」
豆腐小僧が申し訳なさそうに割り込んでくる。
さすがにちょっと放置しすぎたね、ごめんね。
「今日はどうしたの」
「えぇ、ちょっとウチで扱ってる豆腐について相談したいことがありまして」
「聞いてしんぜよう」
花恭さんは答えてから、私の方をチラッと見た。
まぁそうだよね、分かる。
「立ち話もなんですし、いったん中入りましょうか。観光はまたあとで」
「ありがとう。気を使わせて」
「いえいえ」
先に気を使って私の同意を待ったのはそっちだもんね。気にしてないよ。
ってことで、私たちは出たところの門をまたくぐった。
屋敷に入ると不思議な結界で豆腐小僧が爆散!
とかいうことは別になくて。
よかったよかった。
また東山の宿坊まで、は遠いし、門から一番近い縁側に腰を落ち着ける。
お茶も運ばれてきたから、『バレてないから見逃されてる』わけでもなさそう。
座り順は向かって左から私、花海くん、花恭さん、豆腐小僧。
「で、何があったの?」
練り切りを熱い番茶で流してから、花恭さんが話を振る。
すると豆腐小僧も喉を潤してから、ポツポツ切り出す。
「あっしの豆腐があるじゃないですか」
「あぁ、あの食べたらカビ生えるヤツね」
「はぁ!?」
「なんだい小春さん」
思わず声を上げると、花恭さんにジト目を向けられる。
いや、だって!
「言いたいこた分かるぜ」
でも私が答えるまえに、ここまで無言だった花海くんが口を開く。
「『結局有害な妖怪なんじゃねぇか』って言いたいんだろ?」
「そんな! あっしが人さまに害を為すなんて! あんまりでごぜぇやす!」
「どの口が!? ていうかさっき花恭さん、コイツが『豆腐くれる』って言ってましたよね!?
カビ生える豆腐ですよ!? 喜んでる場合!?」
「僕はお祓いしてから食べてるし」
「やっぱりそのままじゃ食べられないヤツなんじゃん! そんなのバラ撒いてるなんてテロ行為でしょ!」
「だからこそ!」
そしたら今度は豆腐小僧が立ち上がる。
「だからこそあっしも、なるべく人に豆腐を配らんようにしてきたんですよ!」
なんか悲壮ではある。
悩み深きゆえの何かではあるんだろう。
でも正直私にはよく話が見えない。
「いや、それでも配ってるじゃん」
「小春さん」
花恭さんの声は諭すみたいにしっとりしてる。
「それはまた酷な話だ。豆腐小僧はそういう存在なんだ。
『豆腐小僧に生まれたからには豆腐を配る』
もはや本能であり機能、もっと言えば宿命。ミツバチがミツを集めるようなもの。
そう簡単に、やめろと言ってやめられるモンでもない」
そこまで言われたら、とりあえず大きな話だってことは分かる。
分かるけど、
「でもクマは肉食獣だから仕方ない、とは言わないですよ。駆除しますよね」
「それはそうなんだけどね」
花恭さんはなんだか歯切れ悪い。
「どうしたんですか。普段は妖怪と見ればウキウキで殺すのに、今回は肩を持つじゃないですか」
「ウキウキではない」
「ウキウキだとは思うぜ」
「花海」
まぁそこはこの際置いておこう。
なんなら、隣で殺す殺さないの問答してるのに襲ってこない豆腐小僧。
本当に温厚なんだろう。
でもやっぱり、『コレだ!』って理由が見えてこない。
じっと花恭さんを見つめると、彼は居心地悪そうにつぶやく。
「だって、人間のせいだと思うとかわいそうじゃん?」
「人間のせい?」
ちょっと意味が分からない。
カビに耐性がないことを咎められても困る。
水虫になるような生活してるのが悪いってこと?
「あっしはただ、おいしい豆腐を食べてもらいてぇだけだったのに」
豆腐小僧がつぶやくと、花恭さんがその肩をポンと叩く。
「というように。本来江戸時代のころとかの豆腐小僧は
ただただ豆腐持ってウロウロしてる不審者
でしかなかったんだ」
「ソレはソレで」
「害はない」
「はい」
まぁ現代の基準なら通報されるけど、犯罪ではないよね。
てなると、
「まさかコレも、『ぬらりひょんと同じパターン』ってことですか?」
「そう」
花恭さんはめずらしく神妙な表情で頷く。
「昭和か平成か、そのくらいの文献にはね。誰が言い出したか知らないけど
『もらった豆腐を食べると、体にカビが生える』
って話がプラスされてる」
「『そう』思えば『そう』なる……」
「うん。おおかた『豆腐持った不審者』では妖怪として怖くもおもしろくもない。そう思ったヤツがいるんだろう。酔っ払いの寿司折が豆腐になっただけだし」
最近そういうお父さん見なくなったね。
町の寿司屋がなくなってってるからかな。
「で、ソイツの目論見どおり。
無害だった豆腐小僧は、見事に害のある妖怪へと歪められてしまった」
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