お出掛けしましょ
バイトじゃなくて自営業なのをいいことに、世間より一足早く盆休みに入ってたけど。
それももうじき終わるころの昼下がり。
いつまで京都にいるんだろう、なんて花恭さんに聞いてみたら
「もう2、3日もしないうちにまた集まりがある。それが済んだら帰ってもいい」
とのこと。
少しホッとするような、
「こいこい!」
「呼んだー?」
「呼んでません」
私と花札、青タンを取ってなお強気な花鹿ちゃんと、
東山の宿坊に遊びに来ている花恋さん。
ここで知り合った愉快な人たちともお別れかぁ。
寂しい。
「花見で一杯! あがり!」
「うわーっ」
「小春さんまた負けてる」
「ちょっと負け越してるだけですー!」
まぁ勝率3割前後は『また負けてる』って言われてもしょうがないか。
しかも向こうはなんでか意地でも猪鹿蝶だけは上がらない。
変なハンデ付きだから実情はもっと酷い。
そんなボロボロの12ラウンド2周を終えて(ワンゲーム『1月から12月』でやるらしい)。
「あー、疲れた。なんか頭使って疲れた」
「頭使ってコレか。貧弱な脳ミソだね」
「京都人なんだからもう少し遠回しに言ってくれてもいいんですよ?」
「じゃあ春ちゃん! 次は私とやろうよ!」
「ごめんなさい、ちょっとパス。さすがに脳がヒートしてます」
「ぶぅー」
花恋さんには悪いけど、私にもキャパシティがある。
特に普段から非常識な人々に囲まれてるし。
大変なのよ、私も。
「うーん」
軽くノビをして、開け放たれた障子の方に目を向けると
縁側より先がぼうっとして見える。
近くの鮮やかで小さい札に集中してたから、目も疲れているみたい。
歳?(泣)。
ちょっと遠くの景色を見て目を休めないと。
「ちょっと散歩してきます」
「えー?」
腰を上げると、なおも不満そうな声が追ってくる。
そんなこと言われましてもね。
「じゃあ花恋さん、私と遊びましょう」
「まぁいいけどサァ」
「じゃあ僕は小春さんに着いていこうかな」
畳の間から回廊へ出た私に合わせて、花恭さんが立ち上がる。
「花恭さんも散歩するんですか?」
「まぁね」
「なに!? デート!?」
「違う。ただ、小春さんせっかく京都来たのに、ずっと屋敷の中だったでしょ?
僕が連れてきたんだから、嵐山観光くらい福利厚生としてね」
「や゛っばり゛デードじゃん゛!!」
花恋さんが謎に濁った声で興奮しはじめる。
『私も着いてく!』と立ち上がりそうなワンピースの裾を、包帯の手がサッと抑える。
「まぁまぁ。あなたはこっち」
「えぇ〜!?」
「それとも何か? 花待花恋ともあろう人が、私のパッ◯ンフラワーに負けるのが怖いんですか?」
「お、言ったな? 我が魔人拳のサビにしてくれる」
え? ス◯ブラあるんだったら私もそっちやりたかった。
でもス◯ブラより嵐山観光の方が貴重だよね。
ってことで玄関まで
「いつになったら出られるんですか?」
「だから僕の屋敷来るまえ、『広すぎても不便』って言ったでしょ」
とか文句言いつつ、無限回廊を歩いていると
「お」
「あ」
別方向から歩いてきた花海くんと合流した。
思わずお互い立ち止まる。
「花恭さんと……」
「小春でいいよ。みんな下の名前で呼んでるし」
「じゃあ小春。どっか行くの?」
呼び捨てかい。
まぁいいけど。
とにかく彼とも、もう身構えることはない。
試験の夜以来、突っ掛かってくることはなくなった。
特別仲良しなわけじゃないけど、いい距離感になれたと思う。
「嵐山ぶらり旅さ」
でも代わりに答えたのは花恭さん。
彼の方はまだ警戒しているのかも。
急に『嵐山観光するか』って言い出したり、割と気を使われている?
「デッ、デートだとっ!?」
「違う。何回言わせるんだ」
「いやオレ1回目だけど」
「ごめんね花海くん。花恋さんが遊びに来ててね」
「あー」
もう名前だけで通じる花恋さんムーブ。
いっつもあんな感じなんだね。
「で、花海は何してるの。誰かに呼ばれた帰りかい?」
「いや、オレも今から出掛けるとこっス」
「ふーん、気を付けてね。じゃ」
「待って待って待って!」
すすす、っと流れるように立ち去る花恭さん。
花海くんが慌てて手を伸ばす。
「なんだよ」
「オレも一緒に着いてっていいかな!?」
「行くとこあるんだろ? 初志貫徹しな」
「いやいやいや! オレもただの散歩なの! ちょっとコンビニ行くだけでさ!」
さすがに尊敬してる人ににここまで邪険にされてるとかわいそう。
いや、尊敬よりディープそうなのに絡まれてる方も大変だけども。
でも身内なんだから、仲良くして損はないはず。
「コンビニ行くの?」
ちょっと会話を伸ばしてあげよう。
「そんな反応するようなことか?」
「いや、やっぱりお金持ちはコンビニなんか行かないイメージが」
「コンビニなんて割高なんだから、金持ちの行くところだよ」
「いやまぁ、ソレはそうですけど」
花恭さんも会話に入ってくる。
ただ、このまま立ち止まっていると会話終了と同時に
『じゃ』
とお別れになってしまう。
だからさりげなく歩き出すと、花恭さんも釣られて進む。
そこに花海くんが着いてきても、会話が続いているから変な顔はされない。
ごく自然に3人組となった。
そっと花海くんへ親指を立てると、彼は小さくガッツポーズを返す。
「あー、アレか? 漫画とかでよくある、
『金持ちのお坊ちゃんお嬢ちゃんがカップラーメンに感動する』
的な話か?」
「そうそれ。そういうこと実際にあるのかと思って」
「そうだな、はっきり言って」
「ないな」
「あ、そうなんですか」
花海くんだけじゃなくて、花恭さんまでキレイな意見の一致。
「そんな感動するほどの味はしてねぇよ」
「『お湯注ぐだけで3分でできるなんて!』って言うんだったら、缶詰は開けたら終い」
「それはまぁ。じゃあコンビニに何しに行くの?」
「フライドチキン買いに」
「話が違う!」
なんでこう、花の一族はみんなノリで生きてるの。
反射だけで動くのはもう微生物の領域だぞ。
「まぁ聞けよ。いくら家がデカいとか歴史あるとか言っても、オレは現代日本の大学生、若者だぜ?」
「そりゃまぁ」
「で、普段は家離れて任地で一人暮らしとかしてらぁ」
そうなんだよね。
花恭さんもアレだけ使用人がいて、東京には一人で来てた。
だから私を料理人として拾ったワケで。
意外と至れり尽くせりな暮らしはしてない。
「そんな男が、実家に帰ると毎日和食」
「あぁー」
「絶品の和食だろうが、たまにはマズくても違うジャンル挟まねぇとおかしくなっちまう」
「花海はあんまり酒飲まないからな」
「お酒を飲まない花の一族がいたなんて!?」
確かに、今でこそ私もお店でお刺身とか煮付けとか作るけどさ。
子どものころは普通に洋食とかの方が好きだったよね。
お酒飲むようになると、いかに日本食が優れているか気付くようになる。
なんて会話をしているうちに、
「あぁ、やっと出られる」
ようやく玄関へたどり着いた。
コレ誰か遭難したことあるでしょ絶対。
靴を履いて、ようやく嵐山観光スタート
と、立派な門を一歩出て、今日も日差しが眩しいなんて思ったそのとき
「あのぅ、ちぃとよろしいでしょうか」
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