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料理(たぶん おそらく maybe)

「あ、来た」

「どんなふうにしたんでしょう」

「鬼だもんねぇ」


 場所は戻って、離れのダイニング。

 花鹿ちゃんと花恋さんは食べないにも関わらず、興味津々って感じで見てる。


 対する私は、皿にクローシュを載せて登場。

 あのレストランで見る、銀のドーム蓋みたいなヤツね。


「おぉ、めずらしい。趣向凝らすじゃん」

「ふっふっふっ」

「結局夕飯の時間まで待たされたしね。期待してるよ?」

「よぅし、見ておどろけ!!」


 テーブルの上に皿を置き、勢いよくクローシュを持ち上げると、


「なっ!?」

「ええっ!?」

「こっ、これは……!



 何?」



 花恭さんがマジで分からない半分、信じられない半分な目で私を見る。


 そりゃそうだよね。

 もっともなリアクションだよ。

 何せ、今彼の目の前にあるのは、



 一見茶色く濁った生クリームの塊でしかないから。



「何コレ、ケーキの成れの果て?」

「小春さん人生が嫌になったんですか?」

「で、なんなんだよ。早く説明してくれ」


 空気が困惑からイライラに変わりつつあるのを如実に感じる。

 怖くなってきたけどもう引き返せない。


「では説明させていただきます。


 こちら、



『天邪鬼の昆布締め 納豆とパクチーのタバスココーヒー生クリームソースを添えて』



 でございます」


「食べ物で遊ぶな」

「私はあなたの誠実な人柄を愛していたのに」

「バチ当たるよ。当たれ」


 うーん、花恋さん花鹿ちゃん花恭さんの罵倒ジェットストリームアタック。

 いや、真っ当な批判の嵐。


 でも私だって別に、悪ふざけでこんなことしてるんじゃない。


「待ってください。弁明させて。話を聞いて。話せば分かる」

「いいだろう。3分間待ってやる」

「400字以内でまとめてください」

「一言一言、慎重に選んで発言することだ」

「圧強すぎる」


 とりあえず落ち着くために、いったん椅子に腰を落ち着ける。

 もしかしたらいつでも逃げられるよう、立っておくべきだったかもだけど。


「まず今回のお肉、とんでもなく硬かったんです」

「ふーん」

「ソレはもう石ってくらい。包丁欠けるかと思いました」

「私が殴ったときはそこまでだったけど」


「そう! そこなんです!!」


「うぇっ」


 食い付かれるとは思わなかったんだろう。

 花恋さんはドン引きの顔。

 いや、料理が出てきたときからずっとだけど。


「母屋でコートレット作ってるの見て気付いたんです。


 お肉は叩くと繊維が崩れて柔らかくなる。

 で、今回は退治のとき散々花恋さんにモーニングスターで叩かれた」


「じゃあ柔らかくなるんじゃないですか?」



「だけど、このお肉は『天邪鬼』なんです」



「……なるほど?」


 ここに来てようやく、花恭さんの眉が怒り以外の形になる。

 言いたいことを理解してくれたみたい。


「右と言えば左、『はい』と言えば『いいえ』。全てのことの逆を行くのが天邪鬼。

 だからこの場合、


『お肉が柔らかくなる』ことをしたら、『お肉が硬くなる』」


「あーあーあーあー!」


 花恋さんも合点がいったみたい。

 ポンと手を叩く。


「そこで昆布締めです。短時間だけど塩漬けにもしてみました。これで本来は水分が抜けて身が締まり、硬くなるはずなんだけど



 ようやくお肉に刃が通るようになりました」



「すごーい。機転が利きますね」

「さすが僕が見込んだだけのことはある」

「さっきボロクソ言ってたじゃん。まぁそれはいいとして、次にどう調理するかなんですけど。


 ここでまた一つ問題が。


 この大惨事を引き起こした原因です」

「自分で言っちゃったよこの人」


 きっと3人とも、大体のことは予想がついているはず。

 でも私が続けるのをじっと待ってくれている。


「そう、おそらく



『普通に味付けしたらマズくなる』問題」



「うーん」

「ないとは言えませんね」

「少なくともこのカスみたいな献立よりは筋が通ってる」

「カスって」


 諸々了解したうえで罵倒はするのね。

 さすが花瀬花恭平常運転。


「というワケで絶対合わないもの、好き嫌い分かれるもの、五味(ごみ)をごちゃ混ぜにしてみました」

「なんだ、僕にゴミを食えってかい」

「そっちのゴミじゃなくて」

「大差ないでしょ」

「うぐっ」


 ただでさえ()()()()も出ないことを、花鹿ちゃんに言われると余計効く。

 ここはさっさと私が間違ってはいないことを証明しなければ。


「さ、花恭さん。お召し上がりください」

「果てしなく嫌だ……」

「お酒もこちら、用意してありますので」


 難色を示されることは分かっていたから、露骨に機嫌を取りにいく。

 でも反応を示したのは、


「何コレ! かき氷のメロンシロップ!?」


 花恋さん。

 確かに彼女の言うとおり。

 ショットグラスの中身は、透き通ってテカッとした緑色。


「なんか、スゴイ匂いですね」


 花鹿ちゃんも少し眉を(しか)めている。


「コレは



『アブサン』ってお酒」



「野球漫画?」

「タイトルの由来になってるよ」

「へぇー」

「それで、どうしてこのお酒をチョイスしたんです?」


 花鹿ちゃんは『苦手』って顔してる。

 鼻がいいのね。


「コレもまた、人を選ぶお酒でね」

「へぇ」

「ニガヨモギをベースに多種多様なハーブをブレンドしたお酒なの。ミントのような爽やかさと、雑草齧ったみたいなトンデモない青臭さがある」

「うわぁ。大丈夫なの? ソレ」

「度数も70とかあります」

「もう薬物ですよソレ。禁止されるべきです」

「実際昔は薬物と同じ成分が含まれてて、アメリカじゃ禁止されてた」

「なんてモン飲まそうとしてるんだ」


 花恭さんがこっちにアブサンを掛けてきそうな勢いで睨んでくる。


「いやでも、コレくらいクセがあれば天邪鬼効果でですね!」

「限度があるだろ」

「というわけで本来は、加水して角砂糖を溶かして飲むんだけど、

 是非そのままで」

「オマエマズかったら生きてこの家出られると思うなよ」


 今日ばっかりは『作ってもらっといて文句言うな』とは言えないラインナップ。

 花恭さんは味に関係なく殺しそうな目付きで私を睨んでいたけど、


 視線を料理に移して数秒。

 意を決してナイフとフォークを手に取り、



 生クリームの中で天邪鬼肉を切り、口へ。



「ど、どうですかっ!?」


 私だけじゃなく花鹿ちゃん花恋さんも固唾を飲んで見守るなか、

 花恭さんはまだ何も言わず、


 グイッとアブサンで追っ掛ける。


 70度を一口。

 一気に飲み干すと、ショットグラスをターンとテーブルに置いて、


「ふうぅ〜」


 深い一息。


 おいしいがゆえのため息か!?

 怒りがゆえの唸りか!?


 果たして!?


「どうですか!? 花恭さん! 味はしっかり反転してた!?」


 緊張の瞬間。

 彼はゆっくり私へ視線を向けると、


「あのね、



 一切味がしない」



「あー」


 そっちに反転しちゃったか。

 そっかそっか。



 私も生きた心地がしない。











              理由なき反転 完

お読みくださり、誠にありがとうございます。

少しでも続きが気になったりクスッとでもしていただけたら、

☆評価、ブックマーク、『いいね』などを

よろしくお願いいたします。

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