演出は意味があるから盛るもの
「ひああああああ!!??」
平田さんが甲高い悲鳴をあげる。
誰にでも見えるみたい。
「出たな」
花恋さんが低い声でつぶやく。
花恭さんと花鹿ちゃんは各々の担当に集中して無反応。
『グゲゲゲゲゲゲゲ……!』
ついにはっきりとその何か、
一本角の小鬼って感じの見た目のが、透けずに実態を現す。
がんばって平田さんの肩に張り付こうとしているけど、
強風か何かに煽られるように、浮き上がりつつある。
平田さんが振り払ってるわけじゃない。
彼女は一周まわって合掌状態で硬直、動けない。
じゃあ何が起きてるのかっていうと、
「キリダァヤ〜〜 ジシュタナ〜〜 ジシュチタ〜〜」
花恭さんがお経を唱える口元。
そこから、
「梵字?」
文字列が実体化して流れ出ている。
それが香炉の煙と混ざり合って、
「あっ」
見た目で誰とか分からないけど、
仏さまの姿が浮かび上がり、小鬼に激しい光の束を浴びせている。
『グギャオオ!!』
小鬼の方は抵抗しているけど、力の差が歴然なんだろう。
質量で押されるように手足が剥がれ、宙に浮く。
あとは体から、薄青く細い糸みたいな光が伸びているばかり。
すると花恋さんは香炉を平田さんの足元に置いて、
祭壇から小刀を持ってくる。
そのまま躊躇なく鞘を抜いて、
「はあっ!」
プツリと光の糸を断ち切った。
瞬間、
『カアアッ!!』
「えっ!?」
さっきまで動けなかった小鬼が、今度は逆に、部屋中を飛び回る。
「宿主から放れて自由になった! 来るぞ!」
「そのあとまでは祓ってくれないの仏さま!?」
お経をやめた花恭さんが叫ぶ。
同時に花鹿ちゃんは平田さんを抱えて、流れるように私の後ろへ。
そのまま彼女をうずくまらせて、上に覆い被さる。
「私、盾?」
いいか悪いかでいうと困る、みたいな状況の私の前に、
さらに仕込み刀を構えた花恭さんが立ち塞がる。
私を押して尻餅で座らせると、自身もしゃがんで構える。
だけど小鬼の方は、
『キキッ!』
お構いなし。
空中でクルリとキレイに旋回すると、
『ケケーッ!!』
こっちへ真っ直ぐ突撃してくる。
花恭さんが剣先を立てたそのとき、
「んんん滅っっっ!!!!」
ものすごい声
ものすごいスイング
を上回る勢いで、小鬼が天井までかっ飛ばされる。
ゴリゴリの一撃をぶちかましたのは、
「ふー、今年もベ◯スターズをよろしくぅ」
「あ、ファンなのね」
花恋さん。
手には、
「うわぁ」
「コレ、モーニングスターっていうの! カワイイよね!」
「名前だけね……」
鉄の警棒の先に、鋭いトゲが何本も生えた鉄球をくっ付けたみたいな、
お絵描きAIに『お題:暴力』で出力させた感じの武器を持っている。
でもゲームじゃないんだから、何使ってるとかはどうでもいい。
今の問題は、
『ゲ……ゲギャ…………』
小鬼。
でも今はもう床に落ちて、
うわぁ、上半身と下半身がねじれ国会じゃん。
ノックアウト超えた放送事故だわ。
なのに、
ただの痙攣だと思う、手がピクッと動いた瞬間、
花恋さんの目がギラリと光る。
「チャンス逃してたまるかぁ!」
そのまま小鬼へ飛び掛かって、
チャンスじゃないのよ。ボーナスタイムも突破したのよ。
球出尽くしたパチンコ台叩いてるようなもんなのよ。
お絵描きAIに『お題:暴力』で擬人化させた感じの所業。
見せられない映像に、花鹿ちゃんは平田さんを起き上がらせない。
「オラァッ! ダラァッ! 再起不能にしたるけぇのぉ!」
「アレ、止めなくて大丈夫なんですか?」
花恭さんは首を左右へ。
「小学生時代広島で過ごしたのに横浜ファンの女だ。常識は通じない」
「どういう基準なの」
「それより早く片付けしてしまおうか」
「えぇ……」
部屋の隅でゴキブリ潰しより残酷な事態が発生しているのを尻目に。
先生は何事もなかったように平田さんを連れていく。
「あの、先生、これ」
「全部悪い夢だったんだよ。おいしいもの食べて寝ようね」
そんな雑なまとめでいいのか精神医。
でも代わりに気の利いたことを言えるでもなし。
黙って見送ってから撤収に掛かる。
まずは火事のもとになりそうな香炉と蝋燭から処理。
「花恭さん、あの鬼? みたいなのって?」
「『天邪鬼』だ」
彼は蝋燭に火消しを被せながら答える。
「あぁ、あの、捻くれ者の代名詞の」
「そう。誰かが右と言えば左、『はい』と求めれば『いいえ』。そういうヘソ曲がりの鬼」
火が消えた蝋燭は、花鹿ちゃんが机の上へ。
蝋が固まったら改めて回収しよう。
「テストの答案見たけど。
『正解が分かっているのに逆を書いてペケ』
の他に、
『そもそも間違えてて、違う答えを書いて正解になってた』
のがあってね」
「へぇ」
「嫌がらせで間違えさせてるんだったら、本人のミスは放っとくはずだ。
だからアレは間違えさせるのが目的じゃなくて、
『ただただ決めたことに逆らっている』
他の妖怪じゃなくて天邪鬼だろうな」
ていうのがプロの見解らしい。
分かるような分からないような。
「でもどのみちボコるんだし、アイツが何でも一緒ですか」
「何言ってんの。ザコ妖怪だと思って掛かって九尾の狐とか出てきてみなよ。死ぬ」
「相手によっては特殊な方法でないと祓えないものもいますから。事前に当たりを付けるのは大事です」
「そんなもんか」
確かに、烏天狗もサバなんかであっさり倒せたもんね。
花恭さんが妖怪事件あると現地に行ってみるの、情報収集だったんだ。
とりあえず行けば会えるでしょ的ノリかと。
大事なのかそうでもないのか分からないことを学んだところで、
「オラコラッ! ボケコラッ!」
あっちはまだ掛かりそう。
私たちは社の解体に取り掛かる。
「にしてもさ。花恭さんっていつも妖怪退治のとき、『行ってボコる』じゃないですか」
「それがなんだい」
「今回は人に取り憑いてたとはいえ」
改めて、軽く部屋を見回す。
設営も片付けも大変な、大掛かりなセット。
精神が不安定な相手によくない刺激を与えそうなおどろおどろしさ。
「ここまでする必要ありました?」
「ふっふ」
真面目な質問なんだけど、花恭さんは軽く笑う。
「むしろ今回は、コレこそが必要やったんだよ」
「あ、そうなんですか。やっぱ普通に退治するのと取り憑いてるのを祓うんじゃ」
「いや、そこは大差ない。どっちでもいい」
「じゃあなに」
ワケが分からないよ。
首を傾げる私に、花鹿ちゃんが人差し指を立てる。
「あの子、すごい落ち込んでたでしょう?」
「まぁ、そりゃそうだよね」
脳裏に映像の、かわいそうに震えていた姿が浮かぶ。
「何を気にしてたって、
『思ったことと逆のことをしてしまう』
のもそうですけど。
一番は
『ダメだと分かってて人の頭にデッドボールを投げてしまえる自分』
『皿を割ってしまう自分』
『万引きしてしまいそうな自分』
つまり
『自分はとんでもなく悪い人間なんじゃないのか』
『将来ロクなことにならないんじゃないのか』
っていうのが怖かったんですよ」
「確かに、それはあるよね」
花鹿ちゃんは木材を丁寧に袋へ詰めながら、にっこり笑う。
「だから、大袈裟に『お祓い』をすることによって
『今回のことは全部、妖怪の仕業だったんだよ』
『君が悪い子だからじゃないんだよ』
と思わせてあげるのが大切だったんですよ」
「なるほど!」
その内容にぴったりの慈悲深い笑顔。
見習え花恭さん。
けど当の本人は、
「この仕事の本領はアフターケアにアリ。それに気付かないうちは、小春さんも一流の祓い屋にはなれないよ」
「なりませんけど」
人を小馬鹿にしたような笑顔してる。
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