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カリギュラか鬼か

『私、思ったのと逆のことをしてしまうんです』



 私たちは今、別室のテレビで映像を見ている。

 大学病院だもんね。

 カンファレンスとか学習会を開く部屋が当然ある。


 映っているのは、肩を落とした女の子。


「まず映像には映ってないな」

「心霊映像番組には売れないね」


 花恭さんと花恋さんは()()()なこと言ってるけど、


「なんか、悪い気がします」


 私は複雑な気分。

 患者のプライバシーな部分を見ているわけで。


「大丈夫ですよ。大学病院では、研究のために診察や治療の映像を共有するのはよくあることです。患者さんからも許可をいただいていますので、盗撮なんかじゃありませんよ?」

「でも私、部外者ですし」

「『()()()と共有する場合がある』という意味では、何も違いませんから」

「小春さん静かに」

「あ、すいません」


 先生は『気にするな』と言ってくれてるけど。


 私、専門家ですらないのよ。

 やっぱり気マズい申し訳ない。


 でもゴチャゴチャ考えてるあいだも、平田陽ちゃんだったかは赤裸々に語り続ける。



『テストでも答えが分かってるのに、なんでか間違ってる方を選んでしまって。


 このまえのソフトの試合なんか、「絶対ダメだ」って分かってるのに……!

 相手の、頭に……!』



 声と肩が震えだす女の子。


 そりゃそうだよ。

 手元が狂った、ミスったじゃない。


 自分でそっちに投げてしまった


 って感覚があるんだもん。

『そんなつもりじゃない』けど、公平に判断すれば故意。

『確定的故意』と『未必の故意』の中間みたいな。


『大丈夫、落ち着いて』

『でも、私! そんなことをしてしまえる自分が!

 あの瞬間の光景が! ボールがリリースされる瞬間の、指に残った感触が!


 私!』


 映像の中の彼女はすっかり怯えてしまっている。

 やっぱり私が見ていいものじゃなかったな。


 画面の過呼吸から思わず目を逸らすと、その先に花鹿ちゃんがいた。

 彼女はすぐ視線に気付いて、私に八の字眉で微笑んでくれた。

 けど、


 花恭さんと花恋さんは、前の席に座ってるから背中しか見えない。

 だからどんな表情してるか知らない。


 でも、おそらく二人より優しい性格をしている花鹿ちゃんですら、


 私に気付くまでの一瞬、画面を見ている表情。

 無感情だった。


 悲惨な光景で真顔になってるとかじゃない。

 なんでもない顔。


 例えるならマズいお茶を飲んでるんじゃなくて、白湯(さゆ)を飲んでる感じ。


 このまえせっかく認めてもらったところだけど。

 やっぱり慣れてるプロは世界が違う。


 ちょっと逃げ場がない感じで困っていると、

 平田さんは過呼吸がマシになったみたい。



『持ってきました。テストの答案用紙。

 ここも、ここも、本当は分かってたんです! 本当です!


 でも、手が勝手に……』



「先生、この答案用紙って今見られる?」

「えぇ、資料としてコピーが。ちょっと待っててください」


 花恋さんが反応して口を開く。先生が席を立つ。

 一連の動きで気マズい沈黙が崩れる。


 あぁ! なんかやっと息が吸えた気分!


 いや、ずっと音声が流れてたし呼吸もしてたけど。


 気が緩むと、ちょっと黙ってられない。

 先生(知らない人)がいなくなったのもあって、張り詰めた空気が抜けるみたいに言葉が出る。


「どうなんですか、花恭さん。これ、妖怪の仕業ですか?」

「ちょっと〜。私の案件だから私に聞くべきじゃな〜い?」

「あ、ごめん、なのかな?」

「ま、現状だとなんとも。ここまでだと、深刻な心理的リアクタンスの一種、と取れなくもない」

「リア? タンス?」

「ざっくり言うと、『禁止や制限をされると反抗したくなる』心理現象です。『カリギュラ効果』とか聞いたことありません?」

「『押すなよ! 絶対に押すなよ!』って言われたら押したくなるでしょ?」


 花恋さんのソレはたぶん違う学習の結果で、押したいっていうか義務だと思う。


 でもまぁ、言いたいことは分かる。

 昼間っから飲むお酒っておいしいもんね(絶対違う)。


「ていうか、用語とか知ってるんですね」

「そりゃ専門家がいはるに越したことはないよ? でも僕らだって、ある程度自分で判断できるよう勉強するもんさ」

「へぇー」


 意外と強ければ全て許されるわけでもないんだね。

 ちょっと勘違いしてた。

 花恭さん見てると特に。


 でも、そんな有識者がリアだ非リアだ言いつつも、


『コレは妖怪じゃないな』


 って断言しないってことは。


「もしかして、妖怪だった場合の目星もついてる?」

「まぁ、大体ね」


 花恭さんは()()()と笑う。


「ま、どのみち会えば分かる。このあと診察に来るそうだし」

「じゃあこの時間なんだったんですか」






「来た」


 13時半。

 待合室で患者さんたちに紛れて


 ……紛れられてる?


 緊張でガチガチの、そのへんにいそうな女

 スマホいじってる背中ざっくり開いたワンピースの女

 待合室のテレビ、前傾姿勢で両膝に両肘ついて甲子園見てる着流し

 本棚に置いてあった『ミ⚪︎ケ』で遊んでる包帯セーラー服


 この4人が固まってソファに座ってるの、絶対普通の組み合わせじゃない。


 まぁそれはいいや。

 そこに、


「はぁ……」



 映像で見た少女が現れる。



 画面の中じゃ顔色が悪かったけど、画質のせいばかりじゃないみたい。


 でも今はそこじゃない。

 私たちが医者なら、患者の健康状態として気にするべきだろうけど。


 でも見るべきは、

 見えるべきは、


「花恭さん、どうですか」


 コソッと耳打ちすると、


「そうだね、



 ビンゴだ」



 彼は画面から目を逸らさず、小声で答える。


 じゃあ妖怪!?

 取り憑いてるの!?


 ヤバい!

 どうするの!?


 さらに緊張が重なって、そわそわしている私を尻目に


「あ、あれ? どしたの?」


 3人はしれっと立ち上がる。


「しーっ」


 花恭さんは人差し指で私を黙らせると、そっと囁く。


「場所移動するよ」


 それもそっか。

 こんな待合室のど真ん中、人の目もあるところで始められないよな。



 ってワケで、3人に連れられて行くのは


「診察室ってそっちじゃないでしょ?」

「診察室には行かないよ」

「へぇ」


 患者と関係者しかいない、うってつけの密室だと思うんだけどな。






 そのまま移動してたどり着いたのは


「物置?」

「うん」


 中に入ると、精神科だけあって()()は多くない。

 大きな『ウンタラの数値を計測する機械』とかがいらないからだな。


 でも代わりに、暴れる患者をベッドに拘束する器具とかあって不気味。

 窓もなくて薄暗いし。


 なんか精神衛生によくない雰囲気だ。

 なんだってこんなところに


 と思っていると、


「小春さん」


 花恭さんは私に向かってニヤリと笑う。



「ちょっと手伝ってよ。急ぎで」

お読みくださり、誠にありがとうございます。

少しでも続きが気になったりドキドキしていただけたら、

☆評価、ブックマーク、『いいね』などを

よろしくお願いいたします。

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