下は支え、上は面倒を見る
「うわぁ、これはこれでスゴぉい」
屋敷の南西、門から入ったら左奥。
そこが花恋さんの住むエリア。
ここも言ったら変わり映えしない和風の豪邸って感じだったんだけど、
私たちが通されたのは最奥。
そこにあったのは、
「ジ◯リとかに出てきそう」
「あー、ね。もしくはシル◯ニアファミリー」
「分かります」
って感じの、オレンジ屋根の洋風な2階建て。
いや、この場合は『離れ』って呼ぶのが正しいのかな。
回廊も繋がっていない、隠れ家的佇まい。
「花恋さんの趣味で建てたんですかね?」
「いや、建てもの自体は昔からあったそうだよ」
「へぇー」
なんて話しながら、芝生の上を3人で進んでいくと(花八重さんは来なかった)
「あ! おーい!」
詳しくないから分からないけど、赤白ピンク黄オレンジ。
色とりどりの花畑の中、ジョウロで水を撒いている
「ようこそーっ! 上がって上がって!」
花恋さんがこっちへ手を振っている。
かと思えば、あっという間に目の前へ。
結構な距離あったと思うんだけどな。
花の一族揃って、人外なのは内臓だけじゃないみたい。
「今日は招いていただき、ありがとうござ」
「あーそんなのいいって! 私が来てほしかったんだもん!」
彼女は私の手を軽く引いたつもりなんだろうけど、
「うえっ!」
一撃で右肩が脱臼、いや、千切れるところだった。
「小春さん壊さないでね。弁償だよ」
「大丈夫大丈夫〜」
「大丈夫じゃないしお金で埋め合わせられる扱いしないで!」
一般人として激しく、かつ真っ当な抗議だったのに、
「カッカしないで♡ そこの庭で採れた自家製ハーブティーがあるから! それでリラーックス・エン・チール」
一切聞いちゃいない。
コレだから花の一族は!
花鹿ちゃんもこういうときに限って、変な笑顔して助けてくれないし。
外見からもうファンシーな建物だったけど。
中に入るともう『イギリスで売ってる絵本』って感じの世界。
家具やインテリアがいちいちアンティーク風味だし、
薄緑の壁紙もツタ植物と花のデザインが薄くあしらわれてて、少女趣味って感じ。
そんな部屋の中心。
レースのテーブルクロスが掛けられたテーブル。
そこに使用人さんがハーブティーとクッキーを運んでくる。
「ささ、食べて食べて! ローズマリーよ」
「素敵な香りですね!」
「たまには日本茶と違うのも楽しいね」
ハーブティーは草っぽい匂いが心地いい。
押し付けがましくない、言葉どおり自然に馴染む『自然』って感じ。
なんだかとっても落ち着く。
クッキーもおいしい。
焼き上がりはサックリ、小麦と砂糖のほのかな甘み。ロースマリーはちょっとしたアクセント。
照りを出す卵黄はしっかり牛乳で薄めてから塗られている。いい色味です。
何よりローズマリーそのものが素敵。
クッキーを齧ると、正直硬い葉っぱが口に触る。
でもそれって、乾燥させたのを差し引いても、健康に育てられたから。
草感だけじゃない、ハーブとしての爽やかさがある。
「春ちゃん、どうかな?」
「おいしいです。このローズマリー、チキンステーキにしてお店で出したいくらい」
「きゃ〜ん、うれし〜! 他にもいろんなハーブ育てててネ?」
「なんだったら小春さん、今日のお昼に焼いてくれてもいいんだよ?」
「あ、ソレさんせ〜い!」
「白ワインも付けてね」
「ちゃんと用意あるんでしょうね?」
花恋さんもうれしそうで何より。
これなら腕を振るうのも苦しゅうない
と思っていると、
「お嬢さま、少しよろしいでしょうか」
いかにも少女漫画の老執事、って感じの人が部屋に入ってきた。
黒の上下に白髪で口髭でモノクル。
「爺や、控えて。お客さまがいらしてるんだから」
すると花恋さんも一変。
いつもの『気楽な若い女性』って感じから、立場ある貴種の雰囲気を纏う。
「しかしですね、お嬢さま。花澤さまよりお電話でして」
「!」
ただそれも、続く言葉で少しの揺らぎ
とまでは言わないかな。
反応が見える。
「そっか、今日だったっけ」
「はい、12時のお約束でございますれば。リマインドをと」
「まぁ12時なら今すぐ出なくてもね。
『承知している。11時半ごろには伺う』
って返事しておいて」
「かしこまりました」
要件が済むと、爺やは素早く引き上げた。
花恋さんの雰囲気がいつものに戻る。
「ごめんねぇ? 急に」
「あ、いや」
「花澤さんって言ったら、またいつものアレかい?」
そこに花恭さんが、ハーブティーを啜りながら意味深な一言。
「そうなのよ〜」
花恋さんも右手をヒラヒラさせながら答える。
「アレって?」
言わないってことは聞かない方がいいのかもしれないけど。
でもやっぱり気になる。
対して花恭さんは、
「あー、そうだ、花恋さん」
「なぁに?」
「今回の件、僕も手伝うよ」
答えるより別方向で話を進める。
「えぇ〜? いいよいいよぉ」
「でも小春さんの試験助けてもらったしね?」
「あ、じゃあ春ちゃんも来る?」
「えっ、私?」
花恋さんはニコニコと私を見つめる。
お店継ごうと思うくらいには、我ながらシャイではない方だけど。
この人はソレでもちょっと面食らうほど、真っ直ぐ目を見てくる。
いや、花の一族が全体的にそういう傾向ある。
「連れてこうと思ってるけど」
「じゃあ来てもらおうカナ」
「私が基準になるの?」
「交友関係に飢えてるんですよ」
「もしかしてあの感じで友だち少ないの?」
花鹿ちゃんはたまにジョークでも仄暗い笑みをするから解釈に困る。
それはそうと、
「じゃあ小春さん、運転お願いね」
「またですか」
アレが何か。
説明するより直接見ろってことらしい。
まぁ大体予想はつくんだけどさ。
11時32分に到着して、今は12時7分。
私たちがいるのは、
「本日はよろしくお願いしますね」
『精神科室長室』。
そう、ここは
「春ちゃん以外は知ってると思うけど、紹介するね?
こちら、
精神科医の花澤花臣先生」
丸太町大学附属病院の精神科病棟。
目の前にはメガネで毛が薄い中年のお医者さんがいらっしゃる。
「花澤です。よろしくお願いします」
「あ、いえ、こちらこそ」
一見すると、医学なんて妖怪狩りと真逆の世界に思えるけど
「花恋さん、こちらの先生も」
「うん。花の一族の方で、花澤家は代々花待の郎党なの」
「へぇー」
「ですがお恥ずかしながら、私は霊感やら戦闘やらの方はからっきしでして」
花澤先生は髪の薄い頭を撫でる。
「ま、昔から現代に至るまで、心のバランスを崩す人は絶えない。
で、またソレが、病気かもしれないし、何かに取り憑かれた可能性もあるワケだ」
「なるほど」
普通だったら鼻で笑うところだけど、妖怪の存在知っちゃったしね。
むしろ全部妖怪と言わずに医学の領分を認めるあたり、視野が広く感じる
こともないな、別に。
「だから先生は戦う代わりに『そういう患者』が集まる場所に入って。
僕らの仕事が効率よくなるサポートをしてくれてる、ってことだね」
「なるほど」
私とはまた違ったかたちで関わっている人がいるってことだ。
「それで先生。今回は?」
「えぇ、また憑きものの可能性がある患者がいまして。判断していただきたく」
話が本題に入ると、先生はずっと手に持っていたクリアファイルを差し出す。
中に入っているのは患者のカルテ。
判別する花の一族はともかく、私も見ちゃっていいの?
でももう視界に入っちゃったからにはしょうがない。
脳が拾ったわずかな情報は、
ん、女子高生か。
若いのに大変ね。
名前は、花恋さんがポツリとつぶやく。
「平田陽ちゃん、16歳」
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