『怪奇! 毒ガス河童!? 〜闇夜に蠢くサイコキネシス〜』
イヤイヤながらも背に腹はかえられず。
私は花恭さんと、不忍池を訪れている。
炎天下の昼間。
「……その日傘って?」
「このまえのだよ?」
黒に近い紫地に、円周の3分の1くらいに沿って銀の梅花が描かれた和傘
違いはよく知らないけど、正確には番傘っていうらしい。
「やめなよ」
「なんで? 和傘系は雨も晴れも両方使えるんだよ」
「そうじゃなくて! 危険物所持!」
「そんなこと言い出したら、果物ナイフ買っても持って帰れないじゃん」
「ソレとコレは違うでしょ……」
もう、こんな手合いに常識を持ち出す私が悪いのかも。
「さて、ここだね。ニュースで言ってた、男が池に落ちた場所は」
花恭さんは腰に手を当て仁王立ち。
横断歩道を渡れば、ニュースで見た光景がすぐ。
ここでせめてもの反抗を試みるのが、今日の私の命題だ。
「あんまり近寄らない方がいいですよ? なんでも警察によると、
『場合によっては、意識を失う毒ガスのような何かが発生している可能性がある』
とか」
「長いなぁ」
「それでクラッときて池に落ちるんですって」
「ふーん」
「その『ふーん』とか言ってる間に吸い込むかもしれないんですよ」
「だったらド◯キでガスマスクでも買ってきたらいいじゃん」
「絶対パーティーグッズ以上の効果ないでしょ!」
抗議もツッコミも虚しく、彼は青信号で先へ。
心の赤信号は電気が通っていないらしい。
「まさか『毒ガスも主食』とか言いませんよね? その刀で切れるものでもないですし、帰ってかき氷でも食べましょ?」
「かき氷は魅力的だけどね」
そのまま現着。
危ないって言ったのに、花恭さんは柵へ近付く。
そのまま彼は、
ガンガン、と柵を爪先で蹴る。
「ちょちょっ! 何してんの!?」
「摩利支天尊」
「は?」
「僕の鉄板ジョークも、東京じゃ通じないか」
「たぶん日本人の9割に通じないと思う、じゃなくて!」
さらに花恭さんは止める暇もなく、今度は柵に背中を預ける。
「危ない! 落ちたらどうするんですか!」
しかし彼は、
「大丈夫大丈夫」
「はぁ?」
大袈裟に顔の前で手を振る。
それから傘で、コンコン柵を叩く。
「蹴ってもグラつかない金属製の柵。一般男性よりは長身な僕の、背中半分ほどの高さもある」
「だから」
「実際にもたれ掛かっても何もない。
おじさんがフラついたくらいで、池の中に落ちるかな?
落ちれるかな?」
「あ、うーん」
確かに、当事者の体格を知らないから100パーセントとは言えないけど。
物理的にレアケースにはなるだろうし、
「それが小春さんの覚えてるかぎりでも、すでに4件あるってね」
バレー部だからピンキリだろうけど、落ちた場所は別かもしれないけど。
基本もっと体格が小さそうな、女子高生だって事故を起こしている。
「何より」
ここで花恭さんは振り返って池を睨む。
「少し匂う」
「毒ガスが?」
「妖気が」
「最初に言ってよ!」
決定的な証拠じゃん!
持って回った説明しやがって!
「じゃあなんだって言うんです? 妖怪が池に引きずり込んだって?」
「そうなんじゃない?」
「急に投げやりな返事が」
でもプロ(?)が言うからにはそういうことなんだと思う。
少し頭を切り替えてみよう。
そもそも私が考える義理はないけど。
「池、水辺、妖怪……河童?」
「ふーん、小春さんでもその程度は知ってるんだ」
「たぶん知らない日本人は夏に一切のテレビを見れない野生児だと思います」
「だいたい夏休みにゲ◯ゲやってるもんね」
「で、河童なんですか?」
「うーん」
花恭さんは2秒弱考える。
アゴに手を当て、首を傾げる。
「ま、可能性は大なりかな。小料理屋の客が最初にビール頼むくらいには」
「最近は付き合いで来た人が烏龍茶を頼める時代ですよ」
よく分からない例えはさておき(わざと?)。
でも確かに、『確実に河童』とは言えないんじゃないかな。
何せ、
「まぁ私も、毒ガス河童とかサイコキネシス河童とか聞いたことないですし」
「はぁ? なんだそれ」
実によく八の字な眉毛だ。
リアルな『八』の字よろしく、右の眉尻が左より上に来ている左右非対称。
「いやだって、気絶毒ガスか、そうでなきゃ。柵の向こうに被害者を引きずり込むレベルの、強力サイコキネシスでしょ?」
「なんでそこでサイコキネシスなの」
今度は要領を得ない顔。
もしかしたら妖怪に意識が行きすぎて、人間の話を忘れているのかもしれない。
「あのキャバ嬢の話覚えてませんか?」
「キャバ嬢とはかぎらないでしょ。僕もこの格好で陰陽師か神主だよ?」
「自分で断言できない時点で違うから。それはどうでもよくて、あの人インタビューで言ってたでしょ?
『タクシーから見てたら、男がフラついて池に落ちた』
って」
「それがなんだい」
リアクションがだんだん、
『言っている意味が分からない』
から
『もう興味ない』
になりつつある。
「だから、姿が見えなかったってことですよ。拉致する側の」
「あーあーあー」
「河童が池の中から捕まえに来たら、飛び掛かる謎の人型が見えますよ」
「だから河童じゃない可能性もある、って?」
「ていうか河童じゃなくないですか?」
我ながら筋の通った推理だと思う。
まぁ『妖怪に筋なんてねぇんだよコノヤロウ』とか言われたらそれまでだけど。
もっというと、
「ま、そういうこともあるかもね」
「投げやりだなぁ」
牛鬼を軽々始末した彼からすれば
問題は相手が倒すべき妖怪かどうかだけ。
細かいパーソナリティはどうでもいいんだろうな。
妖力を感じて満足したのか、花恭さんは来た道を戻りはじめる。
「じゃあ帰ろうか」
「えっ、もう?」
「なんだ。小春さんも早く帰って、仕込みの続きしたいんじゃないの」
「それはそうですけど」
彼はんーっと伸びまでする。
完全に集中とか緊張感が切れてる。
「どうせ昼間っから妖怪退治するもんでないし。また夜ね」
「えっ、私も行くの?」
「あたりまえじゃん」
「戦力ゼロですよ?」
「でも僕土地勘ないし」
「ルート覚えて帰ったらいいじゃないですか。それに小料理屋だから深夜営業なんですよ」
着いていきたい理由がない。
いろいろ言い訳を並べてみるけど、
「いいよいいよ、法律で1時、長くても2時まででしょ? むしろちょうどいい時間だ。隅っこで飲みながら待っとくさ」
「オペレーション増やす気!?」
相変わらず、あんまり私の自由意思はないらしい。
「それより、帰ったらかき氷作ってよ。イチゴとイチゴ練乳とレモンとメロン食べたい」
「食べ過ぎでしょお腹壊すよ」
全部同じ味、というのは野暮にしても。
その格好なら宇治金時食べなよ。
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