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お目付役とは暴走を止めるための役割であって暴走する役割ではない

「いたね」


 花恭さんは短くつぶやくと車から降りる。


 街灯がなくて真っ暗だけど、他人の車のバッテリーあげるわけにもいかない。

 懐中電灯に切り替えてあとを追う。



「な、何コイツ……」


 懐中電灯で照らして、改めて見るとそこには



 黄色くてブヨブヨとした、フジツボの塊みたいな。

 2、3メートルはありそうなサイズの


『何か』


 としか言いようがない物体。



 なんかもう、妖怪にも見えない。

『じゃあなんだ』って言われたら困るけど。


「花恭さん、コイツは」



「『田がらし』だ」



 彼はやっぱり知ってるらしい。

 仕込み刀を抜きながら、『アレは確か』と悩む様子もなく答える。


「田畑や井戸に住む、海綿動物みたいな妖怪とされている」

「海綿っていったら、スポンジってことですか?」

「うん。その性質どおり、身体中にある口から水を吸い取り、


 田畑や作物を干上がらせてしまう」


 言葉に釣られて妖怪の足元(?)を見ると


 この8月、常に水を絶やしちゃいけない田んぼは、



 ところどころ小さい水たまりがあるばかり。土が露出していて、

 この一晩のことだろうに、稲は萎れて色がくすんでいる。


 明らかに『実って穂が垂れている』とか『黄金色』じゃない。



「やったな!」

「今ならまだ間に合う。


 さぁ小春さん! さっさと片付けるよ!」


 花恭さんが臨戦態勢に入る。


 対して田がらしの方も、


 頭もなければ上半身下半身の区別もない塊なんだけど、


 確実にこっちを向いた、気がした

 そのとき、



「待ちな!」



 不意に背後から声が掛かる。


「な、なに?」


 振り返るとそこには、


「やっぱりそんなヤツに時間()いてやることなんかねぇ。

 どうせソイツ一人増えたか減ったかで、妖怪との戦いが終わるワケでもねぇ。


 面倒だ。



 ここはオレに任せてもらう」



 江戸時代の火消しが持ってるアレを右肩に担いだ

 花海くんが仁王立ちしている。



「ちょっと! どういうことですか!」

「どういうことって、話聞いとけよ」

「そういうことじゃありません!


 花形の決めごとに対する立派な造反! 許しませんよ!」


 花鹿ちゃんが髪と包帯をブワッと逆立てる。

 待って待って待って、妖怪を前に身内で仲間割れからのガチバトルする気!?


 でも花海くんも、そこまでヤンキーじゃないらしい。

 いや、すでに大問題児行動してるけど。


 彼は花鹿ちゃんを無視して花恭さんに話し掛ける。


「まぁ見てなよ花恭さん。あんなのオレがパッパと仕留めるからさ。

 あんなどこの馬の骨より、オレの方がよっぽど役に立つ。


 相棒に相応しいのはオレだ」


「きゃ〜ん♡ オトコのプライドを賭けた取り合いってヤツぅ〜!?」


 花恭さんが返事するより先に花恋さんが大興奮。


「ネ、ネ、鹿チャン! ここは邪魔しないでドロドロ愛憎劇をさ!」

「アホか!」

「いてっ」


 あの花鹿ちゃんが人の頭をポコッと殴る。

 もうメチャクチャだよ。


 この状況で話を振られた花恭さんは


「ふーん」


 なんか、この人らが集まるといつもこうなのかも。

 慣れてるっていうか、無感情な感じで


「勝手にしなよ」

「よっしゃ!」

「ええぇ!?」


 あっさり流してしまった。


「ちょっ、ちょっ、ちょっと!?」

「はぁ〜い、本人がいいって言ったんだから、鹿ちゃんもお座りしましょうねぇ〜」

「花恭さん!」


 激怒する花鹿ちゃんをよそに、花恭さんは立ち位置を花海くんに譲る。

 それからこっちへ歩いてきた。


「いいんですか?」


 何がなんだかだし、もう判断は委ねるけど。

 でも私の試験でもある。

 一応話を聞いてみる。


「いいよいいよ」


 花恭さんは投げやりなようでいて


「せっかくの試験を試験官が台なしにした。しかもそれは花形のご指名、任命責任者の落ち度さ。


 コレで花衣の方に引け目ができる。今回ので小春さんが落第になるこたないでしょ」


「なるほど」


 意外にしたたか、計算深い。


 なんて感心しているあいだに、



「オラ田がらしィ! 食らえや!!」



 花海くんが得物を振りかぶって飛び掛かる。


 相手は海綿動物だけあって、

 というかここまで襲ってこないだけあって鈍重だ。

 何か反撃しそうな様子もないし、かわそうとする素振(そぶ)りもない。


 そのまま、


「でぇりゃああ!!」


 大声と一緒に火消しのアレが振り下ろされて、


「取った!」


 田がらしに唐竹割りって感じで直撃する


 と同時、


「うっ!」


 スポンジだもんね。

 田がらしはムニッと凹むと同時、圧迫された分だけ



「うおああああ!!」



 ビームかってくらいに水を吐き出す。

 物理的な現象であると同時に、ある程度作為的なものも感じる極太の水流は、



 花海くんに直撃し、大きな体を宙に打ち上げる。



「どぅおあっ!」


 上から行ったのが災いしたのか。

 そのまま結構キレイな放物線を描いて地面に叩き付けられた。


「大丈夫ですか!」

「うるせぇ!」


 でも男子だけあって頑丈。あと尻餅で落ちたのもよかったんだろう。

 すぐに起き上がって、また突撃していく。


 でも、



「オラアァ!! うおっ!」



「だリャああ!! であっ!」



「うおおおおああああああ!!」



 一進一退、じゃないな。

 何も進んでないし。ひたすら同じような状況が続いている。


「ぬがっ!」

「そろそろ諦めな。尾てい骨ヒビ入るよ」

「まだまだぁ!」


 でも、花恭さんが呆れた声を出そうと、何度弾き返されようと花海くんは挑み続ける。


「いや、あの根性だけは尊敬するね」

「いやコレ小春さんの査定ですからね? あなたが花海さんに感心したってしょうがないんですよ」


「トゥ!! ヘアーッ!!」


「なーんにもならないじゃないのヨ」

「そりゃスポンジ殴って効くも効かないもないですからね」

「もう見てられないや」


 あまりのことに、花恭さんもため息ひとつ。

 ついに援護しに突撃する。


「あら、海クン、まさかの『ほっとけない系男子』作戦で気を引くことにしたのかな?」

「ソレはないと思いますよ。性格的に」


 あくまで()()()なお目付け役と外野。


「私もそろそろ行った方がいいかな」

「やめといたら?」

「意味ないですよ。もうまともな査定にもなってないですし。ケガしたら痛いから、ここで待ってましょ」


 この発言。

 こんなものを見せられてる側だけに、気持ちがグダグダしはじめてる。


 ただ、


「おるあっ! どるあぁっ!」

「ふっ! むっ!」


「あ、刀も通らないんだ。へー」


 花恋さんの言うとおり。


 花恭さんの仕込み刀すら、グニャリと(たわ)まれて田がらしを切れない。

 戦闘の方も雲行きが怪しくなってきてる。


「マズくない?」

「まぁスポンジ包丁で叩いても切れませんもんね」

「どうするの? コレ試験以前に、そもそも退治できるか怪しくなってきてない? 大丈夫?」

「うーん」


 花鹿ちゃんはアゴに手を添えて考える。


「そうですね。我々一族の都合より、妖怪を討つこと。ひいては人々を守ることが最優先です。

 ここは私たちも、田がらし打倒を第一に動きましょう」


 彼女は評価っぽいものを書き込んでたメモ帳を閉じると、私と目を合わせる。


「そういうわけで小春さん。申し訳ない、かは分かりませんけど。試験は中止ということで」

「あぁ、うん。分かった」


 そういうことみたい。

 プロの判断なら別に文句ない。


「じゃあさ」

「はい?」


 それならそれで、



「アイツを倒すのに、ちょっと考えがあるの」

お読みくださり、誠にありがとうございます。

少しでも続きが気になったりドキドキしていただけたら、

☆評価、ブックマーク、『いいね』などを

よろしくお願いいたします。

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