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弁護士 花瀬花恭

 上座の雰囲気が変わると、下座もピリ付く。

 すでに緊張はしていたけれど。


 自分たちが発言の対象になったのかってレベルで、表情が強張っている。

 その『どうする』って視線が、私と花恭さんに注がれる。


 いや、横並びの東山の皆さんは正面向いてるし、

 仙人のおじいさんは相変わらず視線が分からないけど。


 そんな冷たい空気感を、落ち着いた声が容赦なく突き破る。


「この世界が基本、市井(しせい)の人々に秘匿されるべきことに変わりはない。

 あなたの母櫻子(さくらこ)も、天性の才があればこそ花瀬の敷居を跨いだのだ」


 ここでご当主の視線が私へ向く。


「聞けば、彼女は料理人としてあなたを支えているとか」

「はい」

「本来であれば、家中の一人も連れていけば済む話。果たして一介の小料理屋店主を」



「それはあんまりなおっしゃりようです」



 うわっ


 て思わず声をあげるところだった。

 ていうか周りも誰となく()()()とした。


 だって花恭さんが、急に立ち上がってまで言い返したから。



「おおせのとおり、

『家中の者を伴わずに(いで)、結局は人の助けを借りている』

 これは僕の不徳の致すところです。


 しかしそれに巻き込まれようとも、天下国家がために協力する小春さんを。

 上から『役に立たぬ』と品定めするような態度。


 彼女がどれだけ助けになっているか。

 妖怪を討つ力を授けてくれるか。

 それをご存知でもあるまいに。


 僕を叱責なされる(いわ)れのあろうとも、そこの筋は通らない」



「は、花恭さん」


「僕らは天道に(のっと)り、その道から外れし者どもを討つが使命。

 されば仁なき言動は加護を失い、ついには滅びましょうぞ」


 はっきり意見を述べるどころか、批判入ってるじゃん!


 言うだけ言って腰を下ろす花恭さん。

 誰も咎めないから『逆らってはいけない』ってワケじゃないんだろうけど。

 にしたってコレ、大丈夫なの?


「……ふむ」


 一応ご当主さんに怒ってる様子はないけど。



「あなたの(げん)にこそ理がある。私が間違っていた。訂正しよう」



 うん、やっぱり言論統制がされてるワケじゃないらしい。

 懐自体は深いみたい。


 もちろん花恭さんが私を庇ってくれたことは素直にうれしい。

 大切に思ってくれていることも。


 でも指摘されたとおり、私は知識もなければ腕っぷしもない料理人で、


『お店にぬらりひょんが来て巻き込まれた』

『お店を建て直すには花恭さんとギブ アンド テイクをする必要があった』


 って事情はあるにせよ、その後も関わらせたのは彼。


 ご当主さんが言ってることも、そう外れた話じゃないと思う。


 言い方の問題があったかは知らないけど、公正な人ではあるんだろう。


 だからこそ、



「であればこそ。彼女をこれ以上立ち入らせるわけにはいかないのではないか?



 この世界は人の世にあって人の領域でなく、昼を(おびや)かす夜の道である。

 踏み入れば踏み入るだけ、元の居場所から遠くなる。戻るのも困難になる。


 それを、どれだけ言い繕っても、彼女が料理人であって戦士でないことは事実だ。

 かような人を留め置くもまた、天道ならざるだろう」



 それはそう。

 花恭さんに付き合っているうちに、いつの間にか烏天狗を討ったことになっていて


 ぬらりひょんのなかでも、『気にも留めない被害者』から『敵の一人』になってる。


 それで命まで狙われたんだから、よくない方向に進んでいるのは事実だ。


 京都に来ているのも、呼び出されたのはあるけど

 一人で東京に残ると危ないから、自主的な面もある。


「北上小春くん、だね」

「あっ、はい」


 いろいろ考えているところに直接話を振られる。

 花恭さんの弁護を抜いた、1対1だ。


「私は花の一族が総本山、花形家72代当主



 花形(はながた)花衣(はない)という。



 名乗りが遅れて申し訳ない」

「いえ、そんな」

「それでだ。我々の君に対する見解は、


『巻き込まれて危険な憂き目に遭っている』


 そこは一貫しているわけだが」


 じっと、私の反応を窺うように視線を向けてくる。

 ある意味『有無を言わさず』とはしない器の広さではあるんだろう。


 でもあれだけ花恭さんが熱弁を振るってくれたんだもの。

 逆に私は迂闊なことを言えない。


 ぐぐぐ、と睨み合い(睨まれてはいない)に持ち込むと


「いやなに」


 花衣さんは小さく首を左右へ振った。

『そんな身構えるな』って?


「我々がやいやい言うのでなく、君自身の見解を聞きたい。


 率直に、この巻き込まれている現状を君はどう思っている?

 危険な世界に足を突っ込んでいる事態をどう受け止めている?


 君は義務があってこうしているのではない。

 経緯はある程度聞いている。

 純然たる被害者だ。

 だからいつでもこの道行きから降りていい。


 そのうえで



 このまま花恭に着いていく『意思』があるかな」



 あくまで私の自由意思を認めてくれるのか。

 私自身が『降りる』と言えば、花恭さんも諦めるだろうと踏んだのか。

 それは分からない。


 ただ、私に委ねられて、返事ひとつで流れが決まるのは確か。


 私が選べるんだ。



 だったらそんなの、



「私、は、所詮ただの女子大生だし、

 正直なんの戦力にもならないし、

 怖いのは嫌だし、危ないのはもっと嫌だし、

 お店預かったところなのに全然集中できないし、なんなら壊されたし」



 ポツポツと。

 花恭さんにみたいに格好よく、『立て板に水』って感じにはならない。

 それでも今度は、全員が静かに私の言葉に集中している。


 花恭さんも、じっと耳を傾けている。


 ご当主もうんうん頷きながら、親か先生みたいに言葉を待ってくれている。


(はた)から見たら迷惑掛けられてばかりで、やめた方がいいのかもしれない。


 ていうか、私が聞かされる側で友人がこんなこと言ってたら。

 絶対『やめなよ』って言います。



 でも」



 場の全員がピクリと反応する気配がした。

 構うもんか。知ったことか。



「違うんです。私が助けられてるんです」



 これは私と花恭さんの問題だもの。


「料理を作ってあげたりしてますけど。

 私は偶然巻き込まれて、なんの落ち度も責任もないのかもしれないけど。


 でも私が困ったことになって、

 助けてくれたのは花恭さんなんです」


 花恭さんが私を見ている。

 静かな瞳で私を見ている。


 もっと熱っぽくてもいいのよ

 なんて、助けられてる側が言えたことじゃないか。


「それに、私は彼の過去を聞きました。別に皆さんに説明はいらないと思います。私より詳しいと思うから。


 だから、分かっていただけると思います」


 いい? 花恭さん。変な意味じゃないからね?


 そんな想いを込めて視線を向けると、

 彼は小さく笑った。

 ちゃんと伝わったかな?


 まぁいいや。



「私は彼を一人にしません」

お読みくださり、誠にありがとうございます。

少しでも続きが気になったりドキドキしていただけたら、

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よろしくお願いいたします。

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