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開廷 被告北上小春

 さっきまでみんな、まとまりのない雰囲気で好き勝手していたのに。

 たった一言で空気が締まる。


 物理的にも背筋が伸びて、無駄口もサッと鎮まる。


 だからこそ、静寂の中、襖を開ける音がやけに大きく感じられると



 老人からマイルドヤンキー、小学生まで。

 全員キレイな座礼をする。



 わざわざ上座は向かずにそのまま。

 慌てて頭を下げた私は、花千代くんだったかと向き合うかたち。


 なんかちょっと助かった。

 距離はあるけど、正面がイカつい人だと怖すぎる。


 そんな感じで、私は緊張しているんだけど



 花恭さんも、花鹿ちゃんも、他の誰もが、


 プレッシャーを感じているとか

 目上に対するマナーで肩肘張ってるとか


 そういうのはない。



 ただ、神社に入ったら自然と気持ちがシャンとするような

 入学初日、新品の制服に袖を通すと背筋が伸びるような



 そういう、澄んだメリハリでこの場に臨んでいる。


 そこに、頭を下げてるから見えてはいないんだけど、


 足袋がすり足で畳を擦る音

 歩くことで出るわずかな衣擦れの音

 どこかに着けてんのかな、小さな鈴の音


 人が入ってきた気配を感じる。


 音は決して焦らず厳かに、ゆっくり移動していく。


 そのまま私たちの座布団とは違う、厚畳と(しとね)

(分かりやすくいうと、雛人形の内裏(だいり)雛を載せる台みたいなの)

 のところで、静かに腰を下ろす気配がした。



(おもて)を上げなさい」



 聞こえてきたのは、凛とした女性の声。

 少女でもないけどお歳を召した感じでもない。


 とりあえず『顔を上げろ』って言われても一番乗りは嫌だ。

 横目で花恭さんが動いたのを確認してから顔を上げると、


(みな)、忙しいなかでの帰洛、大変大儀でした」


 そこにいるのは、


 こんな言い方したら怒られるかな



 ソシャゲの天照大神って感じの女性。



 いや、だって、コレが一番イメージしやすい。

 巫女服と大河ドラマで淀君とかがしてるような格好を足して2で割ったみたいな。

 ……そう考えると、ソシャゲの天照ってもっと卑弥呼っぽいし似てないかも。


 年齢はたぶん、30過ぎ?

 オーラか何かが、20代に見せない。


 長い黒髪は両サイドで、

 チュロスって言ったら怒られるかな?

 輪っかにして括られてる部分もある。

 でも後ろ髪は正座したら畳に着くほど。


「もちろんこのあと酒宴の用意はあるが、まずはこちらで楽にしてほしい」


 言葉と同時に使用人たちが入ってきて、膳が運び込まれる。

 あ、私の分もあるのね。

 私の弾劾裁判だけど。


 載っているのはハモの湯引きが2切れと酒の盃。

 タレは梅肉とカラシ酢味噌。

 夏の京都って感じ。


 花鹿ちゃんは未成年だからお酒の代わりに瓶のバ◯リースオレンジ。

 なんかこういう場って絶対コレだよね。

 でも量で言えば盃1杯よりは得してる。


 あと花千代くんに至ってはハモがプリン。



 なんにせよ、おやつには上質なラインナップ。

 みんな特に乾杯とかもなく箸を伸ばしたので、私もありがたくいただく。


 まずは梅肉から。

 料理に梅肉をうまく使えたら和食上級者の気分

 ってのは料理好きのあるあるだと思う。


 うん、いい。

 あっさり淡白なのに不思議な旨みがあるというか

 ふんわりした食感なのにどことなく歯応えがあるというか

 なんとも捉えどころのない食材だよね。


 もちろんおいしいんだけど、

『とんでもなくウマい!』

 っていうより

『この料理じゃないと味わえない』

 そんな風情に溢れている。


 

 さて、一度日本酒で口を洗って。


 これはいいお酒。

 淡麗で柔らかくトゲがない。

 喉にカッと来るものがなくて、スルッと通る。


 水が優しいんだ。

 京都だからコレは伏見(ふしみ)のお酒かな?

(なだ)の男酒、伏見の女酒』なんていうくらいだし。



 じゃあ今度はカラシ酢味噌で。

 この()()()とした感触がいいよね。

 柔らかいハモの身で粘度のあるタレを掬う、独特の手応え。

 刺身をしょうゆに付けるのとは全然違う……



 なんて現実逃避をしていたら。


「花恭」

「はい」

「あなたの隣にいる彼が、くだんの北上小春という人か」

「はい」


 ヤバい! ついに私に話題が来た!

 どうしてもこう、金縛りみたいになってしまう。


 声に威圧感も敵意もない。

 かといってフレンドリーさだって微塵もない。


 ただフラットに、だから正確に私を見透かし、価値観を値踏みするような。

 エラそうとかいうレベルじゃない、人として次元の違う上から目線。


 だから『詰められてる』萎縮より、『ボロを出せない』硬直がある。


 なんとなく気配で、花恭さんを挟んだ花鹿ちゃんも固まってるのが分かる。


 で、そうなってもいられないのが花恭さんだ。


「あなたは花瀬として使命を果たすにあたり、彼に協力を仰いでいると聞く」

「そのとおりです」

「また、その一環として、現在は同居していると」

「間違いありません」


 この空気、チラリと見れば、花恋さんや花九郎さん、

 なんなら渋い雰囲気の花満さんまで緊張を隠せないなか。


 彼は一歩も引かずに受け答えしている。



『僕が守ったげるから』



 その約束どおりに、張ってくれているんだ。


「単刀直入に聞くが、あなたと彼女は愛恋(あいこい)の関係にあるのか」

「いいえ。親密であることは否定しませんが、下世話な勘繰りをされる(いわ)れはありません」

「ふむ」


 少し間が空く。


 花恭さんが淀みなく答えるからだろう。

 横で聞いていても、彼は私たちの関係にある種のプライドを持ってくれている。


 思った以上の反応に向こうも驚いているっぽい。


「花恭。私は何も、一族以外の者の手を借りることを否定はしない。あなたの身の特殊な事情も理解している。

 愛恋に関してもそうだ。実際にあなた自身が、一族の出身でない母のもとに生まれている。あなたの父が夫として『花の一族』として、公私において伴侶に選んだのだ」

「はい」


 意外と理解を示してくれてそうな雰囲気

 も束の間。


 急に、一般人の私でも分かるくらい、纏う雰囲気が変わる。



「だが、先例があるのと彼がそれに相応しいかは別だ」

お読みくださり、誠にありがとうございます。

少しでも続きが気になったりドキドキしていただけたら、

☆評価、ブックマーク、『いいね』などを

よろしくお願いいたします。

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