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せめて営業時間に来い

『小料理屋 はる』はランチタイムやってない。

 営業時間は夕方から深夜帯にかけて。


 だから人々が昼食を求めてくり出す最中(さなか)、やっとこ仕込みが始まる

 んだけど



『先日不忍池で発見された、男性の遺体の身元が判明しました。警察によりますと』



「この人アレだな。あのお笑い芸人に似てる」



 カウンター席には本来いないはずのお客さんがいて、テレビでニュースを見ている。


 いや、お客さんじゃないかも。

 確実にぬらりひょんではない。


 なんたってこのお店は、彼の出資で首の皮が繋がっているし

 単なる『食事を作る側』『食べる側』以上の、


 上下関係というか協力関係というか、不思議な縁があるのだから。


 そんな、なんとも言えない相手。

 左肩から藤の花が吊り下がる図柄の着流しに身を包む彼こそ、



 花瀬花恭さん。



 くどい名前とか言っちゃいけないよね。


「小春さん、ビールお代わり」

「はいはい」


 彼は今、ソース焼きそばで昼からよろしくやってらっしゃる。


「最近のラガービールってさ、すぐ味変わることない?」

「苦味やコクから、爽やかさやキレの時代にはなってると思います」

「僕は熱処理ビールが好き」


 それはさっき聞いたから、お出しするのは生ジョッキじゃなくて中瓶。

 それ自体はかまわないけど、


「昼間っから飲んでて、しかも焼きそばとビール。体壊しますよ?」


 管理栄養士に中指立てた食生活。

 小料理屋の人間が言えた義理じゃないけども。


「ふふん」


 しかし花恭さんは微笑むばかり。

 元からサモエドスマイルみたいな顔してるけど。


「まえも言ったけどね? 僕は妖怪からしか栄養を得られない」

「はぁ」

「厳密に言うと、


『栄養を吸収する機能が退化』して、

『妖力によって体を維持する体質』になってしまったんだね」


「へぇー」


 軽い気持ちで忠告したら、なんかややこしい話が始まった。

 ()()を洗う方に集中しとこうかな。


「仙人が霞食って生きてるのと似たようなノリかな。つまり」


 霞っておいしいのかな。


「僕は普通のものをいくら飲み食いしても太らないし、血管詰まらない」

「そりゃうらやましいね」

「その代わりカロリーにもならないから、お腹いっぱいになっても飢えるけどね」

「無茶なダイエットしてる人が、水でお腹膨らませるみたいな」


 それでいうと、牛鬼を食べてからもう2日くらい経つ。

 あれ以来ウチじゃ、普通の料理しか出していないけど


 まぁそこは本人が死なないようにしてくれたらいい。

 私にはあんまり関係ない。

 ただ、


 着流しのゆるい襟。

 ……胸板は結構しっかりしてるな。


 いや、断じてやましい話ではないんです。

 現状栄養は足りているとチェックしただけです。


 性格は置いといて、イケメンだし肌ツヤもいい。

 痩せてないってことは、妖力とやらは燃費がいいのかも。


 ま、重ねて私には関係のない話。


 この本来必要ない、妖怪は微塵も関係ないお酒と肴。

 これがきっちり借金返済に含まれてれば、なんでもいいよ。


 そう、借金返済といえば


「そういえば、一つ聞いていいですか?」

「なんだい?」


 花瀬さんは焼きそばに味変でコショウをかける。


「結局花恭さんって、何者なんですか?」

「ていうのは? 紅生姜足してくれる?」

「はいはい」


 カウンター越しに食べ掛けの皿が突き出される。

 面倒だし逆にタッパーを渡すと、彼は小さいトングでワシッと持っていく。

 たまに牛丼屋でこういう人見るね。


 ていう紅生姜もそう。


「食材もお酒も、結構な額になりました。それを一括で肩代わりしてくれたじゃないですか」

「おかげでおいしいものが食べれるし、価値はあったよ」

「ありがとうございます。でも、特殊な事情なのは分かってますけど、やっぱりポンと出せる額じゃないです」

「んー」


 適当な相槌。

 牛鬼から助けられたときも、疑問並べたら話を変えられたっけか。

 まぁ詮索されるのが好きな人間も少ないだろうけど。


「着流しも、和服の相場知りませんけど。お高いのでしょ?」


 紋付袴みたいに豪勢なお召しものじゃないけど、生地自体は見れば分かる。

 そのうえで毎日違う柄を着てくる。

 数着持ってるってことだよね。


「なんの仕事してるんですか?」


 聞くのに少し勇気がいった。

 美容院で聞くのとはワケが違う。


「んー?」


 なるべくサラッと振ると、花恭さんはビールの入ったグラスを揺らす。



「見て分からない? 陰陽師だよ」



「……見て絶対にそうじゃないから聞いてるんですけど」

「じゃあ神主」

「『じゃあ』ってなんですか!」

「『じゃあ』は接続詞であり、『それでは』などの砕けた口語表現として……」

「そうじゃなくて!」


 一応妖怪退治を『職業』って言ってるのは聞いた。

 だから漫画やアニメ的イメージなら、そういうジャンルっていうのは分かる。

 でも、


「今どき陰陽師なんて聞かないし、神主さんってそんな儲かるものですか?」

「でもよくお坊さんベ◯ツとか乗ってるじゃん」


 彼は体の向きを変えて、テレビ画面に正対する。

 画面ではまださっきのニュースの続き。


 鎖骨から上が見切れた『目撃者の女性』が、インタビューを受けている。



 Q.ここで男性が落ちるのを目撃した?


『はい。深夜2時くらい? タクシーに乗ってたんですけどぉ。


 少し先に見えてて、急にフラッてバランス崩したかと思ったら、

 池の中にドボーンって。


 はい』



 Q.柵が高いが?


『でもなんかぁ、意外にヒョイって感じで越えちゃってぇ。いや、ジャンプしたとか、そういう感じじゃないんですけどぉ』



 私もつられて見入ってしまう。

 なんか服装とかブランドのアクセサリとか、ホステスっぽい感じ。

 とか思っていると、


「ねぇ」


 花恭さんが画面を見たまま話し掛けてくる。


「僕東京来たの、ついこのまえなんだ。小春さんと会った、ほんの数日まえとでさ」

「へー」

「だからよく知らないんだけどね? この『連続水死事件』ってのは、どんだけ連続なの?」

「えーと」


 このごろは忙しかったしなぁ。

 あんまりニュースとか追えてない。


 でもチラッと小耳挟んだ、確か、


「ここ1か月で、4人くらい、でしたっけ?」

「ふーん」


 焼きそばを食べ終えた彼は、残っていた紅生姜でビールを飲み干し


「よし、小春さん」


 急に椅子から立ち上がる。



「食後の散歩に、不忍池行こうか」



「は?」

「不忍池」

「いや、聞こえなかったわけじゃなくて」

「僕土地勘ないからさ。ガイドしてよ」


 えー!?

 私だって事情あるんですけど。


「無理です。仕込みとかありますし」


 そもそもお店って事情がなけりゃ、借金なんかしn


「そういえば貸したお金、払った分しか計上されてないけど。よく考えたら、利子付いてないの変じゃない?」

「ぜひおともします花恭さま」

「ありがとう」


 営業再開数日は常連さんが様子を見に来てくれる。

 だから忙しいし、これからも来てくれるか離れるかの勝負どころなのに。


 その場しのぎのお金のために、面倒なのに捕まった?


 あぁ、またしても後悔。


「ほら、早く」

「はいはい……」


 それとなんだかんだ、質問に答えてもらってない。

お読みくださり、誠にありがとうございます。

少しでも続きが気になったりクスッとでもしていただけたら、

☆評価、ブックマーク、『いいね』などを

よろしくお願いいたします。

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