嵐山旅情(なんてものはない)
下山して、電車に乗って、乗り換えて。
駅で降りて、足湯して抹茶パフェ食べて。
観光気分で心を落ち着けつつも、
結局連行された、本家花形の屋敷。
花倉花橋の屋敷がひしめいてる界隈も驚いたけど、こっちは段違い。
道に沿った白壁の塀が、ずーっとずーっと道の先まで続いている。
なんでも嵐山一党だったかのお屋敷全部が、敷地内に詰め込まれているらしい。
名家の豪快な事情も判明したところで、敷居を跨いで案内されたのは
客間じゃなくて広い畳の間。
広いっていっても、ちゃぶ台と座布団しかない。
控えの間みたいな感じ。
ていうか実際そうなんだろうね。
花恭さんは『このまますぐ会合に入る』って言ってたし。
私からすれば、絞首台横の告解室の方が正確かもしれないけど。
そんな恐怖も素知らぬ顔で、花の一族二人は
「小春さん、いいもの見せたげよう」
「へ?」
「じゃーん!」
「どうさ」
カバンから取り出した、
なんか、羽織を着ている。
「ソレは?」
「東山一党嵐山一党、それぞれの家の代表が、こういう会合で着る正装だよ」
「へぇー」
分かりやすく言うなら、
『忠臣蔵』の山形模様のを、白い部分だけ青にした感じ。
濃くて光沢のある青。
で、どうやらアレだけで正装になるみたい。
花恭さんも着流しのままだし、花鹿ちゃんもセーラー服の上から着てる。
いや、制服は学生の正装とも言えるんだけど。
「で、どうだい」
「え、えぇ、よく似合ってる、って言いたいですけど。若者にはちょっとイカつい?」
「ふーん、ま、妥当な評価かな」
似合うと断言されなかったことは不服らしい。
でも理由が理由だから許された感じか。
命拾いしたぜ。
処刑まえに私刑にされたら、たまんないもんね。
「でも僕は何着ても似合うのさ。よぉく目に焼き付けとくといい」
たまに出るナルシスト発作を起こした花恭さんは、その場でゆっくり回る。
花鹿ちゃんも回る。
……『注文の多い料理店』で、『鹿を撃つとくるくる回っ
やめよっか。
それより、二人の羽織のデザインが違う。
「あ、なんか背中のとこ」
「あぁ、僕は山百合でぺこちゃんは躑躅だよ」
これまた青で、それぞれ花が咲いている。
家紋みたいなタッチじゃなくて、普通に写実性が高い。
すごいなぁ。
なんか少年漫画の組織みたいだ。
少しポカンとしている私に満足したらしい。
花恭さんは腰に手を当てドヤ顔すると
「じゃ、僕らの準備もできたし。弾劾裁判行こうか」
襖を開けて、回廊に出る。
やっぱりそういう扱いなのね。
といっても、会場は隣の隣にある間みたい。
花恭さんはすぐに襖の前で立ち止まった。
「いいかい小春さん。もしかしたら、誰かに睨まれたり絡まれたりするかもしれない」
「うわぁ」
「でも相手することないからね。僕の隣にいたら手出しはされない」
「そもそも実害まで及ぼそうと思ってる人はいないと思いますけど」
いや、そうだと信じたいけどさ。
さっき花恭さんが弾劾裁判って言ったんですよ。
花鹿ちゃんも安心させようとしてくれてるんだろうけど。
花の一族おかしい人ばっかだよ。
『これは実害ではない。正当な処罰である』
とかいう人いても不思議じゃないよ。
「まーまー。とにかく僕が守ったげるから、ドーンと構えて。愛想よくもしなくていい。どうせ今後ロクに付き合いのある相手でもないだろうし」
「嫁入りしたらそのかぎりではありませんよ?」
「じゃあ大丈夫だね」
それならちょっと安心した。
嫁入り云々は無視して、花恭さんが守ってくれるなら。
彼への信頼もそうだけど、
『コイツ気にいらない』
ってだけで、骨肉マジの大乱闘はしないと思う。
しないよね?
「じゃ、入るよ」
私の表情がゆるんだ今がタイミングと思ったんだろう。
花恭さんは襖を開けて部屋の中へ入る。
こうなったら覚悟を決めろ!
一人遅れる方がややこしい。
花鹿ちゃんに続いて敷居を跨ぐと、
それこそ大河ドラマで見たような
あるいは旅館の大宴会場。
他の間2つ分ありそうな、広い長方形の畳の間。
私たちが通ったのは長方形で言うと、縦長にしたときの左辺下隅の襖。
入って左側。
遠い上座には、殿さまが座るような一段高い座もあって
あとは目の前、下座に左右で分かれて座布団が敷かれてる。
そして、上座から見て右手、入ってすぐ側の列には
花恭さんたちと同じ、青い羽織の人が2人。
左手、私たちと向かい合う列には、
青い部分を赤にした羽織の人が、4人座っている。
計6人分12の視線が、私に集中する。
その中には、
「うわっ」
「ああ?」
私と花恭さん花鹿ちゃんを挟んで
あの、花市だったっけ。
京都初日に絡んできたマイルドヤンキーもいる。
アンタお偉いさんだったの。
その割には青い羽織だけ着てTシャツとデニムだけど。
「赤と青、分かれて座ってるんですね」
慌てて目と話題を逸らすべく、適当な話題を花恭さんに振る。
「厳密には『東山派』と『嵐山派』だね」
「あー、いつも言ってるアレですね。結局ソレはどういう違いなんです?」
向こうも乗ってくれた。
だから正直まったく興味ないけど、この話題で尺を稼ごう。
「むかーしのことだ。花形の家の、妖怪狩りとしての始祖にあたる兄弟がいた」
「へぇ!」
「それで、本家花形含む『兄直系』の家6つが『嵐山派』。『弟直系』の家4つが『東山派』さ」
「6つ」
改めて向かいの4人を見ると、右から2番目の座布団がまだ空席。
で、1人は『花形』として、『殿が座るポジション』に座るんだろう。
「もともと花形の家は嵐山にあってね。兄はそこに残って祖廟を守り続けた。一方弟の方は兄の分まで狩れるよう、人が多く妖怪が出やすい東山界隈に移った。それが今のコレに繋がるワケだね」
「なるほどです」
「まぁもう『実行部隊は東山』みたいなのは薄れて、嵐山の人も各地に遠征してるけど」
「大変ですねぇ」
「本部が嵐山なのは変らないけどね。僕が妖怪退治して写真撮ってお金にしてるでしょ? 送り先はここの事務方だ」
「へぇ」
最後は聞いていないことまで。
たぶん花恭さんも私の意図を察して、話題を引き延ばしてくれたんだ。
マイルドヤンキーが絡んでくるスキができないように。
でも、
「まぁ、そういうことだね」
「そうですか」
「そうそう」
「うん」
「……」
「……」
限界が来た。
話題が味のしないガムになってしまった。
アイス食べ終わって、棒から木の味もしなくなるくらいしゃぶったあとだ。
どうしよう、なんて思ってると
「チッ」
小さい舌打ちと一緒に、あぐらをかいてるヤンキーが足を組みなおす。
ヤバい、戦闘開始の準備だ!
少し焦ったそのとき、
剣呑な雰囲気を察したんだろう、
「おお! 花恭に花鹿! 久しぶりだなぁ! ゴールデンウィーク以来か!」
向かいの列の、上座から3番目。
40代くらいのおじさんが、気さくに声を掛けてくる。
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