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忘れずに

 一反木綿を退治した日の夜。

 花瀬屋敷の離れ、客室でゴロゴロしていると


『小春さん、いる?』


 襖の向こうから花恭さんの声がした。


「はい、いますよ」


 襖を開けようと上半身を起こすと、


『あぁ、そのままでいい』


 エスパーかな?

 まぁ『そのままでいいから聞いて』自体は、よくあるやり取りではある。

 でもこの人に限っては、千里眼とかあってもおかしくないんだよね。


『長崎行ってた花満(はなみつ)さんが帰ってきたらしい』

「へぇ」


 花満さんは知らないけど、花の一族だろうな。


『東山嵐山両家揃ったし、明日から本家で会合だ』

「そっか、がんばってね」

『小春さんも行くんだよぉ? 今年は君の吊し上げが主題なんだから』

「そんなのメインコンテンツにしないでもろて……」


 急な処刑宣言。

 大きい家が小市民相手にマジになんないでよ。

 いや、大きい家だから素性の知れない小娘が騒ぎになってるんだけども。


『というわけで、明日の朝出発します。荷物まとめといてね』


 まとめるのはいいけど、そのまま夜逃げするのはダメかな?











 翌朝。


「たぶん嵐山から東京に直帰するし、あとのことはよろしくね」

「行ってらっしゃいませ、花恭さま」


 庭で使用人たちに見送られながら、本家へ出発することに。

 リーダー格だろうおばさんとのやり取りをぼんやり眺めてると、


「北上さん」

「はっ、はいっ」


 急に鋭い目を向けられる。

 やばっ、おばさんって思ったのバレた!?


「なんでしょうかお姉さま!」

「はぁ?」


 変な目で見られた。

 違ったみたい。セーフ。

 ホントにセーフか?


 じゃあ結局なんだったのかというと、



「どうか、花恭さまのことをよろしくお願いいたします」



 お姉さまに合わせて、花瀬家の皆さんが一斉に頭を下げる。


「あっ、いや! そんな!」


 そんなことされたら困る。

 私別にそこまでたいした存在じゃないし。

 特に妖怪狩りの場じゃ役割はない。


 空気感を察したんだろう。


「うわっ」

「頼むよ? 僕が飢えたら小春さんの店もおしまいだ」


 花恭さんが肩を組んでくる。


 その様子を見て、おば……お姉さまはふっと笑った。



 こんなことしてるから本家に呼び出されたんだけどな。






 門を一歩出ると、


「おはようございます」


 花鹿ちゃんが待っていた。


 玄関出たらセーラー服JKが待っているなんて!

 私が男子だったら、青春指数が高すぎて耐えられなかった。


 朗らかに笑う花鹿ちゃん。

 いや、この際同性同士でも。

 ちょっとおかしい人だけど、花恭さんに比べたら天使だ。

 ちょっとおかしいけど。


 ていうかもう夏休みだろうに、なんでセーラー服着てるんだろう。

 部活か夏季補習かな?






 メンバーも揃ったってことで、炎天下をてくてく駅まで歩いてきたんだけど


「あれ?」

「ん? どうかした?」

「電車乗らないんですか?」


 真っ直ぐ行けば駅ってところで、花恭さんは右へ曲がっていく。


「あぁ。


 ちょっと寄るところがあってね」


 意味があってのことみたい。

 でも花恭さんは言葉少ない。


 代わりに花鹿ちゃんが、


「ちょっと山登りますけど、付き合ってあげてください」


 補足してくれる。

 結局全体像は分からないけど。






 その山っていうのは全然遠くなかった。

 しかも、


「この街並み。看板に『八坂(やさか)神社→』とか出てくると、グッと『京都来た』感ありますね」


 京都でも指折りに栄えた、賑やかな界隈だ。


 嫌な本家に呼び出されるまえに、鬱憤晴らしに遊ぶって?


 いいね!

 お店にあぶらとり紙とか置いたら女性客は喜ぶかな?


 とか思っていると、


「小春さんどこ見てるの。そっちは行かないよ」


 花恭さんたちは山手の方。

 名店居並ぶストリートじゃなくて、知恩院(ちおんいん)とかがある方へ歩いていく。


「ま、観光も悪くないよね」






「ゼェー、ゼェー……!」

「小春さんしっかりー」

「ファーイトー」



 全然観光じゃないんだけど!?



 私たちは急勾配で、まともにすれ違えない幅の石段を登っている。


 青蓮院(しょうれんいん)と知恩院のあいだくらい。

 寺の境内ですらない、山裾にふっと現れた藪の中の獣道。

 怪談だったら入ったが最後、異世界に飛ばされるルートを通って


「体力ないねぇ」

「アンタら一族がおかしいの! 私は一般女性なの!」

「叫ぶと息乱れますよー」

「あああ!!」


 何分登ったか分からない。分かりたくもない。

 四苦八苦していると


「わ」

「開けてくると、風が涼しくていいねぇ」


 急に木々のないゆるやかな斜面が広がる。

 そこは、



「墓地、ですね」

「だね」



 たくさんの墓石が並んでいる。

 入り口にはお地蔵さまがいるし、奥にはお堂も見える。

 大きいお寺の霊園って感じ。


「東山一党の墓さ」


 花恭さんはサラッと答えると、スッと石畳を進み

 流れるように桶と柄杓、雑巾を手に取る。



 あぁ、花恭さんが来たかったのって



 水を汲んで進む先は、だいたい4つに分かれたブロックの向かって右上。

 中心には一際大きい石塔があって、そこには


『花瀬家之墓』


 彼はその前を通り過ぎて、奥の方へ。

 私も察したし、花鹿ちゃんもじっと黙っている。


 その先に待っていたのは、



「やぁ、今年も来たよ」



『花瀬花晴』

『櫻子』



 と刻まれた墓石。


 花恭さんは柄杓で水を掛けると雑巾で拭く。


 ただ、それだけ。


 花もお供えも線香もない。

 すでに置いてあるのは、たぶん他の人が持ってきたヤツ。

 屋敷のお姉さまか、他花の一族の誰かだと思う。


 本家に呼ばれるイベントで忘れかけてたけど、今はお盆だもんね。


 じゃあなんで花恭さんはなんの準備もしてないんだろう。

 一瞬そう思わなくもなかったけど、



「ごめんね、まだなんだ。


 でも見つけたんだ。

 もう少し。今年中には」



 手を合わせる彼が、何を墓前に供えるつもりかも


 それを成すまでは、しっかり顔向けできないという堅い意志も



 なんとなく理解して、私はやる瀬なく空を見上げた。


 お盆に最高の青空と入道雲が広がっている。

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