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一反木麺は12mなのか

 花橋の屋敷に帰ってきたころには、さすがに夜になってた。


 でも私としては無事一反木綿も撃破、ア◯トンマーティンも無傷。

 言うことないね。






 でも一息つくのはまだ先。

 まだ一番の大仕事が残っている。


「さて」


 やって来ましたるは花瀬家のキッチン。

 さすがに花橋のおうちのを汚すわけにはいかない。


 ……私のお店は?


 言っても仕方ないか(泣)。

 調理に取り掛かろう。


 というわけで、まな板の上に畳まれているのは


「こうして見ると、長いなぁ」



 一反木綿くん(死体エディション)。



 いや、木綿に死体もへったくれもない?

 でもコイツ妖怪だから、一応生き物なのかな?

 一反木綿って付喪神の一種?


 もういいや。それはどうでも。


 問題はサイズ。


「昔テレビで言ってたのは、11メートル、ウン10センチから12メートルだっけ?」


 きっちりそのサイズか、昔の人が印象で付けた名前なだけかは知らない。

 でも大きい。


「ま、きっちり全部使う必要はないよね」


 他の食材と違って、フードロスって感覚になりにくいのが妖怪のいいところ(?)。


「それに木綿だし、腐るとかないだろうけど……」


 なんなら余った分を置いておけば非常食になる。

 毎日妖怪が出るわけでもなし(出ても困るし)。

 てワケで、花恭さんにとって貴重な食材、備蓄できるに越したことはない。


 けど。



「木綿ねぇ」



 そう、木綿だ。

 生地は生地でも炭水化物じゃなくて布って意味の生地。


 決してお肉じゃないし、『植物性だからお野菜』って話でもない。



 一言で言えば食べものじゃない。



 今まではなんだかんだ、河童にしろから傘おばけにしろ、お肉だった。

 吸血鬼の灰とかあったけど、元々は肉だったと思えばまだ。



 でも今回は違う。

 最初から食べ物でもなんでもない、無機物じゃないだけの物質。



 下手したら『妖怪かどうか』以上に食べることへのハードルがある。


「どうしようかなぁ」


 そもそも木綿なんてどう調理するんだよ、ってこともあるけど。


 実は一目見たときから、私の中にはプランがある。

 この形状からインスピレーションを受けた。


 だからそこで詰まることはない

 はずなんだけど


「……どうしようかなぁ」


 私の手には包丁。



 目の前には切れ込み一つない生地。



 そもそも木綿は古くから丈夫さが愛された素材。

 だから時代劇レベルの庶民たちは木綿の服を着たとか。

 もちろん絹みたいな高級素材に手が出ないのはあるけど。



 コレを食材と呼べと?



 まぁ予想どおりではあって。

 まえもって借りておいた裁ち鋏で調理上の問題は解決する。


 ただ、食べる側はキツすぎるでしょコレ。

 木綿噛み千切ったら、花恭さんの方が妖怪だ。


 じゃあ別に問題な


 オッホン!

 悩んでてもしょうがない。

 とにかく取り掛かろっか。

 あまり遅くなるとドヤされる。






 というわけで調理開始。


 まずは一反木綿を洗濯機でよぉく洗う。

 洗剤は使わない。

 これのどこが料理よ。


 洗い終わったら、今度は熱湯で煮沸消毒。

 こうして汚れと菌を完全に抹殺する。


 最後に水を絞って下ごしらえ(?)完了。



 と、ここまでまず相当な時間が掛かる。


 なのでそのあいだにソース作りを済ませておくとスムーズです。



 まずニンジン、玉ねぎ、セロリをみじん切り。

 分量は同じくらいでいいけど、セロリは苦手なら減らしちゃっていい。

 料理は常にレシピより食べる人ファーストよ。



 次にこれらをバターで炒める。

 オリーブオイルとかでもいいけど、意外と本場は牛乳やクリームを使う。

 それならバターの方が乳製品のコクが出て一石二鳥って寸法です。



 野菜に火が通ってきたら、ひき肉を投入。

 本格的に、細かく刻んだパンチェッタ?

 いらないよ、そんなの。



 ひき肉はここで完全に火を通さなくていい。

 なぜなら焼き目が付いたくらいで赤ワインを投入。煮詰めていくから。


 量はほどほどに。

 あとでトマト缶を入れるから、入れすぎるとシャバシャバになって時間が掛かる。

 また、味も赤ワインの支配感が強くなりすぎて渋みが立つ。


 あと料理酒だから、コンビニで売ってる安くて小さいのでいい。

 なんならワインを飲み残して味が劣化したときとか試してみてほしい。

 逆にボトルを開けて少し使って、残りをマリアージュするのも相性いいよ。



 で、ワインがふつふつ、アルコールが飛んだらトマト缶。

 塩胡椒も少々。


 味の調整や隠し味はお好みで。

 甘いのが好きなら砂糖とか。

 ケチャップを入れるとトマト味を邪魔せず広がりが生まれる。

 ウスターソースやしょうゆもオススメです。



 で、シャバシャバなら煮詰め、水気が足りないなら少し加水して。

 お好みの粘度になったらソースの完成。



 味が馴染むのを待っているあいだ、人間用にタリアテッレを茹でたりしていると(花恭さんも人間だけど)


 一反木綿の処理も完了!

 裁ち鋏で細長く切る。


 でもここで、神経質に細くする必要はありません。

 タリアテッレって早い話、きしめんタイプの薄くて幅広なパスタ。

 それと同じくらい、ファジーな幅でいい。


 ……一反木綿切る人いないから、いらないワンポイントか。



 何はともあれ、あとはソースと絡めて、お好みで粉チーズやパセリを振ったら



『一反木()のボロネーゼ』完成!











「レディース エェンド ジェントルメェン。お待たせしました」

「ふふ、なんですか急に」

「待ち侘びたよ」


 北京ダックを食べた居間で待ち受けている二人。

 そこに来たるは、港区女子の主食(偏見)パスタ。


「わぁ、すごい!」

「やるじゃん! おっ洒落ぇ!」

「ふふん、写真撮ってイ◯スタにあげてもいいのよ? フォトジェニックで()()えでもいいのよ?」

「ソレ普通に心霊写真じゃないかな」


 どうなんだろうね。

 妖怪と心霊は違う気もするけどね。


 でもおいしいものの前には些細なことよ。

 気になるのは別のこと。


「小春さん! お酒は!」

「赤ワイン。ボルドーのものをお持ちしました。まだ少し()()のですが、その分野菜のフレッシュな風味を引き立てます」

「さすがだムッシュー」

「ムッシューは男性では」


 いい歳した大人の茶番に女子高生ドン引き。

 未成年はお水でもお茶でも好きに飲んでもらおう。


 ということで、



「かんぱーい! 今日も妖怪退治お疲れさまー!」



 花恭さんの音頭で、少し遅い夕飯がスタート。


 賓客たちはフォークをくるくる

 本場はパスタを小さく巻いて啜らず一口、とかは無視してガブリ。

 品はなくとも気持ちがいい食べっぷり。


「おいしい。ボロネーゼって、思ったよりミートソースと違うよね」

「そうですね。見た目はちょっと似てるけど、トマト以外もいろいろ入ってるし」

「もっとトマトの支配感が強いもんかと思ってたよ」

「香味野菜とかスパイスとか赤ワインとか。結構複雑で繊細ですよね」


 二人とも好反応だね。

 見てると私もお腹が減ってくる。

 いただくとしますか。


「うん、完璧」


 しっかり煮詰めてトマトの酸味を飛ばすことで

 また、ソースを少し休ませて馴染んだことで

 素材各自の、味の輪郭がしっかりしている。

 それは、セロリや赤ワインの風味はもちろん


 ひき肉自身が持つジューシィさ。

 お肉と脂の旨みもダイレクトに来る。


 だからこそ、


「肉に赤ワインは本当に合うなぁ。お互いの深みが浮き上がってくるっていうか」


『赤ワインとトマトソースのマリアージュ』

『赤ワインと肉のマリアージュ』


 鉄板の組み合わせが同時に味わえる。

 タリアテッレが巻くと肉をうまく抱え込むのもあると思う。


 よし、私もワインと合わせてみよう!


 フォークをくるくるやっていると、


「どうしたんですか?」


 花恭さんが、私の手元をじっと見ている。

 彼は数秒間を置いてポツリ。


「僕の、短い」

「へ?」


「僕ももっと、長いのをくるくる巻きたい」


 そう。

 実は彼の麺だけ、とても短い。



「そうは言いますけど。噛み切れないでしょ?」



 強度問題は最後まで付き纏い、結局噛まず飲みできる短さにカットにした。

 なんなら最初はラザニアにしようと思って諦めたくらいなんだから。


「巻きたい巻きたい巻きたい!」

「いい大人が駄々こねない!」

「ちぇっ。だったら小春さんの一口ちょうだい」

「あっ! 妖怪食べたフォーク人の皿に伸ばすな!」

「暴れると袖にソース付きますよ〜」



 だって麺じゃなくて木綿だもん。











              少女は宙を舞った 完

お読みくださり、誠にありがとうございます。

少しでも続きが気になったりクスッとでもしていただけたら、

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