炸裂! 空中殺法!(ルチャリブレではない)
夏の夕暮れは長い。
でもそれも、『他の季節に比べて』って話。
「あの、夕暮れってとこにポイントはあるんですか?」
「伝承のうえではね」
「じゃあ早く出てきてもらわないとですね」
出てきたところで私がどうこうするわけじゃない。
でも1日でも早く解決した方がいい。
「あっ! アレ!」
「カラスだよ」
「なんだ」
「あっ! アイツは!」
「ニホンウサギコウモリですね」
「なんだ……って種類まで分かるの!?」
私にしては真面目に協力してたんだけど、
「首疲れてきた。ていうかマズいですね。太陽1センチくらい落ちたんじゃないですか?」
標的現れず。
夕日が山の向こうへ差し掛かろうとしている。
「ねぇ、どうする……」
とりあえず花恭さんに話し掛けようと振り返る。
すると、
「……何してんの?」
「摩利支天」
「いいから」
「戦まえの腹ごしらえだね」
「今? しかもチョイス」
なぜか二人、
冷奴食べてる。
この状況でおかしいでしょ。
百歩譲って小腹空いたとして。
箸と皿としょうゆ持ってきてまで立ち食いするものじゃないでしょ。
「なに? なんなの? 潔斎なの? 動物性タンパク質摂れない僧兵なの?」
「やかましいなぁ、自由でしょ。小春さんはコウモリの種類当てでもしてなよ」
「いや、私には無理ですから」
緊張感なさすぎでしょ。
いつも大体そうだけど。
しかし花鹿ちゃんも冷奴、そっち側の人間だったか。
知ってたけど。
「小春さんも食べたい?」
「いや、いりませんけど」
強がりでもなんでもなく、今冷奴を食べたいとは思わない。
でも見てたら見てたで小腹が空いてきそう。
視線を空の方へ向けると、
「ん?」
「どしたの」
沈みゆく太陽を背に、こっちへ飛んでくる黒い影。
「アレもカラスですか?」
「小春さん」
花恭さんが庇うように一歩私の前へ出る。
それだけで割と察せるけれど、目はまだシルエットから離れない。
正面からのアングルだと分かりにくいけど、
羽ばたいていないし、
なんだがグネグネ動いている。
カラスの動きじゃない。
何より、カラスはあんなに早く飛ばない。
見る見るシルエットが大きくなって
迫ってきて
はっきり見えるようになって
その正体は、
「出た!
一反木綿だ!!」
長い布状の体に手。イカつい顔。
某ゲゲ漫画で見たイメージそのまま!
「まんまと釣られて出てきたな! 木綿族として絹ごしの冷奴が許せなかったと見える!」
「えっ、そういうことなの!?」
絶対そうじゃないだろう状況は置いといて。
皿を地面に置いた花恭さんが、仕込み刀を抜いているあいだに、
「うわっ!」
どんだけ速いの。
ヤツは私たちの頭上を通り越す。
別にすごい風圧とかが来たわけじゃないけど、反射的に頭を伏せてしまう。
そのあと振り返って、一反木綿を目で追うと、
「な、え、あ」
意外にヤツは遥か彼方ってこともなく、ゆらゆらその場に留まって
その細長い体で
「は、
花鹿ちゃん!!」
白い首筋を絡め取って
軽そうな体を宙ぶらりんにさせている。
「きゃあああああ!!」
「落ち着いて!」
真っ白になった頭が、花恭さんに肩を叩かれて再起動する。
でも、状況が変わるわけじゃない。
「花恭さん! 早く! 助けないと!」
人間そんな一瞬で窒息はしない。
急いで解放すれば、まだ助かるはず。
私だって実はナイフを持ってきている。
護身と食材の血抜き用。
使う場面に恵まれないだけで。
なのに、腰へ手を伸ばすと
「花恭さん!」
彼はその手を押さえて、首を左右に振る。
「急がないと!」
そもそも花恭さんがまず助けに行かないといけないでしょ!
何してるの!
たぶん、いや、絶対私は睨み付けていた。
でも花恭さんは動じない。
動かないんじゃなくて、動じない。
「まぁ見てなって」
「はぁ!?」
だとしても意味が分からない。
思わず怒鳴り返したそのとき、
「全、身、全、霊〜……」
「え」
唸るような声が、はっきり聞こえた。
花恭さんじゃない。
彼は口元を動かさずにじっと見ている。
じゃあ声の主は
視線を正面に戻すと
「えっ!?」
首を吊られている花鹿ちゃんの体が、一反木綿の動きと関係なく
仰向けに、水底から水面へ向かっていくみたいに
ぐぐぐぐっと、浮き上がっていく。
しかも
「背中、光、って?」
肩甲骨のあたりから、白い粒が溢れ出ている。
それはだんだんと形を成して、
「六根、清〜〜浄ぉ〜〜〜〜!!」
大きな光の翼となって、
花鹿ちゃんは一反木綿より高く羽ばたいた。
「て、天……使?」
見たまんまの姿が、ポツッと口から溢れる。
でも仕方ないよね。
夕闇のなか、沈む太陽より眩しい翼を広げて、
天地無用の無重力、逆さまになりながら力強い笑みでこっちを見る彼女は、
「惚れるなよ?」
まさしく人を守り戦う、天の使いに見えるんだから。
その姿か、必殺が決まらなかったからかは知らない。
でも、
『ひゅおおおおっ!』
声か音か分からない響とともに、一反木綿のチョークが緩む。
「ふっ!」
そのスキに花鹿ちゃんは素早く抜け出して、
「逃がさないっ!」
両手を伸ばして、その延長みたいに包帯を飛ばす。
それは一瞬で一反木綿を追い越すと、
『ひゅおっ!?』
顔の下。
首なんてのがあるかは分からないけど、そのあたりを
『ひゅおおあ!!』
素早く片結びに捉えてしまう。
「わっ」
喜んだのも束の間、
「来るよ!」
「へっ?」
花恭さんに肩を叩かれる。
その直後、
花鹿ちゃんから伸びる包帯の端が、一気にこっちまで飛んできた。
「小春さん、キャッチ!」
「は、は、はい!」
言われるがままにつかむ。
我ながらナイス反射神経。
私の前では花恭さんも同じようにしている。
なんか綱引きみたい。
結果、
空中からは花鹿ちゃんが
地上からは私と花恭さんが
一反木綿を挟み撃ちで、片結びを引っ張っている状態に。
『ひゅおおおおおお!!』
苦しげな悲鳴っぽい音を立てる一反木綿。
首かは知らないけど、やっぱり締め付けらて効いているみたい。
「それっ!」
さらにキツくするために、花鹿ちゃんが上空へ飛ぶ。
相手が布だけに、どんどん引き絞られていくのが見える。
こうなったらもう、一反木綿自身が飛べる妖怪でもどうしようもない。
上に行っても下に行っても、結び目自体が締まってくる。
仮に首吊りみたいなかたちだったとしても、
重力から逃れようと浮けば私たちが
逆に降りてくれば花鹿ちゃんが
双方から引っ張って圧を掛けられる。
「チェックメイトだ」
花恭さんが吠え掛かる。
「なぁ一反木綿。オマエ、よくも人間を襲って殺してくれたな」
「罪のない人を何人も何人も、許すことはできません」
花鹿ちゃんも空中で言葉を引き継ぐ。
「オマエの十八番は古来より首吊りだったな」
「そして今回もそうやって人を殺した。だから」
瞬間、二人の手に力が籠る。
「「オマエも、
首を吊って死ね!!」」
『びゅおおおっ、カッ……!』
思い切り引き絞られた包帯に、一反木綿はしばらくもがいていたけど、
割とすぐに動かなくなって、
物干し竿に掛けられたタオルみたいになった。
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