表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

53/106

泥棒か殺人犯か、はたまた

「でも、お財布とか貴重品は盗まないんだって。はっきり『ない』って分かるのは、首吊りに使うものだけ、って」


 そりゃまた不思議な話だね。

 ただ、首吊りだったらの話。


「普通に犯人が絞め殺して、縄とかは持って帰っただけなんじゃない?」


 すると花恭さんは焙じ茶を啜って一言。


「警察が首吊りと判断してるワケだしね。人が人を絞め殺すパターンは限られてる。



・手で首を絞める


 コレは手の痕が残るから一目瞭然。



 次に

・グルリと縄やら布やら巻いて、片結びみたいにして絞める


 コレは()()()(かわ)にも痕が残る。普通の首吊りではならないね。



 最後に

・人間の手で首吊りと(おんな)じように絞める


 コレはやり方があってね。

 相手をうつ伏せに寝かせて、プロレスのキャメルクラッチって知ってる?

 あんな感じでするんだけどね。


 そのままだと相手が()ってなかなか絞まらない。

 だから反らないように、膝で相手の背中を押さえ付けるんだ。


 ただしそうすると今度は、強く抑えすぎて背中に内出血の痕が残る。

 ソレでまた『他殺で絞めたか自分で吊ったか』見分けがつくんだな」



「へ、へぇー」


 長々と説明してもらって悪いけど、


「詳しいんですね。人絞め殺したことあるの?」

「バカなの?」


 正直ドン引きでしかない。

 小学生女児がいるような場でする話?

 いや、話題を持ってきたのはその子だけど。


「とにかく、警察が『首吊り』って言うからには。ほぼ疑いない材料があるってことさ」


 そういうことらしい。

 でもソースは小学生。

『警察が言ってた』なんて()()()()()()の可能性が高い。

 もしくは最初から意図的に添えたウソとか。


「花蝶ちゃん、その『警察が調べると』っていうのは」

「クラスにお父さんがケーサツカンの子がいるの」

「捜査情報漏洩しまくりじゃん」


 話の信憑性は上がったけど、別の方向で心配になってくる。


「ま、師匠の知り合いのお巡りさんも、ロクな人じゃなかったしな」


 あの花恭さんにまで言われてるし。

 大丈夫なの京都府警。


 まぁそれは組織の自浄作用に期待するとして。


「だから『絞殺事件』じゃなくて『首吊り泥棒』なワケね」


 花鹿ちゃんは真面目に眉根を寄せている。

 妹が持ってきた世間話、に対する態度じゃない。


「首吊り死体を見つけては、使った道具を集めているのか。いっそ自殺教唆でもして目の前で吊らせるのか」

「昔『富士の樹海には首吊り用のロープ売るババアがいる』って都市伝説あったな」


 真剣に、事件を読み解こうと考察している。


「いたとして目的はなんなんです」

「呪具として集める野良の外法(げほう)術師とかいますよ」

「げえっ」


 ただ、この二人は『花の一族』なワケで。

 それで、おそらくこの幼い花蝶ちゃんも


「ね、ね、どう思う?」

「そうですねぇ。花恭さん、コレは」

「ん。ひとつ、思い当たるフシがあるね」

「やっぱり!」


 ソレを理解したうえで話を持ってきてるんだろう。


 ここまで来ると、話の流れも大体読める。


「あぁ、お腹痛くなってきたな。トイレってどっちかな」

「それなら部屋を出て右手の……チョチョちゃん。お姉ちゃんは花恭さんと話があるから、案内してあげてくれる?」

「はぁい」

「ありがとう」


 よし、このまま離脱だ!

 花鹿ちゃんもいるし、私がいる必要ないでしょ。

 今回こそは、せめて妖怪退治から解放され


「小春さん」

「あぁ! ごめんなさい! なんか腹痛くて! 夏だから軽い食当たりかな!? 今から出掛けるんでしょ!? 悪いけど二人で行ってくれませんか!?」


 花恭さんが目敏く捕まえようとしてくるけど、そうはいくか!

 このまま腹痛作戦で逃げ切ってやる!


「大丈夫、心配しないで」


 おや?

 意外なリアクションじゃないの。


 もしかして、今日くらいはさすがに


「出発は夕方になるから、ゆっくりしな」


 ダメみたいですね。











 夏の昼間から夕方になるまでは結構時間がある。

 ていっても他の季節に比べたら長いくらいの話で。


 嫌だなぁ、こっそり逃げ出せないかなぁなんて思ってるうちに刻限。

 現場に着くとちょうど夕方くらいを見計らって、花橋屋敷を出発した。



「そろそろ遺体が発見された場所ですね」


 というわけで今、私は『足』として車を運転中。

 薄暗いなか、(ほっそ)(ほっそ)い田んぼの畦道を進んでいるんだけど


「ねぇ。もし田んぼに落ちたり変に引っ掛けたりしたら、修理費いくらになるかなぁ……?」

「分かりません。車詳しくないので」

「ま、当て推量でパッと言えない金額なのは確かだろうね」

「ヒエェ」


 後部座席から、捉えどころのない圧力が飛んでくる。


 花鹿ちゃんのパパから借りた、白のア◯トンマーティン ヴァンキッシュ。

 3,000万はくだらない高級車だとか。


 ハンドルを握る手が汗でびっしょり。

 妖怪なんかよりこっちの方が怖い。


 よくマンガで金持ちキャラと主人公が


『運転してみるかい?』

『いいんスか!?』


 みたいなやりとりしてるけど、超絶車オタクじゃなきゃ絶対楽しめない。


 一刻も早くこの苦役(くえき)から解放されたい。

 その一心でアクセルを踏んでいると、


「小春さーん、もっと速く。夕方なんて短いのに、間に合わないよ」

「無茶言わないで! 無茶を!!」

「声でっか。牛鬼のときよりビビってるじゃん」

「安心してください。次そこの道に入って、左へ少し進んだら到着です」

「ホントぉ!?」

「声でっか。烏天狗倒した人とは思えない」


 だからやってないんだって!

 あと怖さのジャンルが別モンでしょうが!


 でも指示された道は山裾に沿って敷かれた、畦道とは別のもの。

 結局田舎感満載、土の道路で1.5車線くらいだけど。

 1、いや、0.8か9車線くらいしかなさそうな今のルートに比べたら神よ。


 けど私は知っている。

 世の中、ゴール直前の油断が一番怖い。

 最後の隠し味に牛乳入れすぎたヤツが、シャバシャバのカレーを食べるハメになる。


 何事も百里を行く者は九十を半ばとす。

 自転車よりも遅い速度で進み、慎重に路肩へ。

 側溝トラップがないのを確認してから停車すると、


 花恭さんたちが車から降りて外へ。


「うふああー……」


 無事ミッションコンプリート。

 帰り? 人類は地球が家だよ?


 ていうか普通は男性が運転するものでしょ。

 これから戦うし消耗したくない?

 何をぉ。


 いったん全てを忘れるべく、私も車から降りると


「んっんー!」

「ふーん、ま、いい時間だな」


 二人は伸びをしたりしながら空を睨んでいる。


「うわ、すっごい夕焼け。オレンジっていうか赤ですね赤」

「いい眺めだ。運転してきた甲斐があったでしょ」

「ソレは絶対にない」


 ささやかな抗議の意思だけど、この男が拾ってくれたことがあるだろうか。

 花恭さんはこっちを見もせず、夕日に向かってポツリとつぶやく。


「さぁて、お出ましを待とうか。



『首吊り泥棒』の」

お読みくださり、誠にありがとうございます。

少しでも続きが気になったりクスッとでもしていただけたら、

☆評価、ブックマーク、『いいね』などを

よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ