花橋花札
美人さんだ。
カワイイ系の要素がある花鹿ちゃんとは違う、純度100パーの和風美人。
黒髪ギブソンタックの彼女に答えたのは、
「お姉ちゃん」
その花鹿ちゃん。
お姉ちゃん、とな?
視線で言いたいことを察したみたい。
『お姉ちゃん』がペコリと頭を下げる。
「初めまして。私、花鹿の姉の花猪と申します」
「あ、北上小春と申します」
「あら、あなたが噂の」
「あはは」
もう花の一族関係者全員が知ってるまであるね。
気まずい苦笑いをしたからかな。
「ゆっくりなさってくださいね」
花猪さんは会話を切り上げ、歩いていった。
花鹿ちゃんもまた舟を漕ぎ出す。
なんとなく背中を目で追って
セーラー服の花鹿ちゃんに、少し違和感を覚える。
「ねぇ、花鹿ちゃん」
「なんでしょう」
「花鹿ちゃんって、花橋家の跡目継ぎ、かなんかだよね?」
「そうですよ?」
「ご両親がノータッチだから、実質当主だ」
花恭さんが少しムスッとした様子で口を挟む。
なんとなくその気持ちも分かる。
だって
「でもお姉さんいるんでしょ? 時代錯誤かもしれないけど、どうして次女が」
それにこの子はまだ学生。
花猪さんが大人びているだけで、歳はそう変わらないのかもしれないけど。
やっぱりなんか、普通のことではないと思う。
「他人の家庭の事情だよ」
「いいんですよ」
花恭さんに睨まれたけど、花鹿ちゃんがフォローしてくれる。
でも確かに不躾けだったよね。
「姉は事業を継ぐので。役割分担です」
「へぇ」
確かに大きい家だもん。
普通はそういう収入源があるよね。
納得しているうちに、
「さ、着きましたよ」
舟は回廊の手すりが途切れた、縁側部分に寄せられた。
座敷に上がってしまうともう、そこが水上だなんて分からない。
教科書で『銀閣寺の書院造りがどうたら』と載ってた写真の部屋。
アレをグッと広くしたような畳の間は、地上みたいに足元がしっかりしている。
でもどこか涼やかなのは、水のおかげだろうか。
関係ないけど風鈴の音も心地いい。
ただし練り切りとセットの焙じ茶は熱い。
「む。コレおいしい。小春さん今度作ってよ」
「無茶言わないでください」
「ふふふ、お似合いですね」
「そうでしょ〜? 上下関係はもうバッチリさ」
「誰が!」
そのせいじゃないだろうけど。
結局古い時代の涼をとる知恵じゃ、今の時代には敵わない。
結局襖を閉めて、冷房をつけておしゃべりしていると、
タンタンタンタンと、
軽い足音が、でも回廊の方から、確実に聞こえてきた。
こっちに向かって、しかも走ってきている。
使用人の方々じゃない。
直感的に分かる。
音の重さもそうだけど
ああいう人たちは基本すり足移動するよう教育を受ける、って聞いたことがある。
ドスドス足音をさせてたら品がないから。
てなるとコレは、
脳が結論の半歩手前まで迫ったタイミングで
襖が大きく開いて、答え合わせが顔を覗かせる。
「花鹿お姉ちゃん! また変な噂が出てる!」
そこにいたのは、ピンクの短いワンピースにスパッツの、
小学生くらいの女の子。
襖を開けた勢いに合わせて、長い髪と短いツーサイドアップが軽く揺れている。
それより、今度は『花鹿お姉ちゃん』ってことは
「チョチョちゃん、お客さま」
「あ、ごめん」
マナー違反を咎められて、彼女は少し勢いが削がれる。
でもゆっくり中へ入ってきて、花鹿ちゃんの隣に座った。
いや、『あとにする』とかじゃないんかい。
「花鹿ちゃん、その子って」
「はい。
妹の花蝶です」
「花蝶です」
女の子は姉の腕にしがみ付きつつ、引き気味に言葉をリピートする。
私ちょっと警戒されてるね?
まぁそれは仕方ない。
立派な防犯意識ってことで。
それより、なるほどね。
こうして並ぶと、初めて聞いたときの『花鹿』も
女性にの名前に『花猪』も
違和感がなくなる。
花札の『猪鹿蝶』ってわけだ。
なるほどね。
……最初から3人産むの決めてかかったネーミングだね?
4人目産まれたらどうするつもりなんだろうね?
そもそも、やっぱり冷静に考えたら花猪花鹿はおかしいね?
ソレは私がとやかく言うことじゃないか。
くだんの花蝶ちゃんは、私だけじゃなく花恭さんもチラチラ見ている。
「なに? イジメてるんですか?」
「んなワケないでしょ。ほぼほぼ会ったことのない親戚だから、他人と変わらないんだろ」
「あー」
でも、だとしたら普通、やっぱり『あとで』ってなるんじゃない?
どうしても身内と離れたくない年齢ならともかく。
私もあのくらいの年齢だと、正月の集まりとか、叔父叔母がいる居間は避けてたし。
なのにどうしても居座るってことは、相当なお姉ちゃんっ子か、
「ねぇ、花蝶ちゃん。もしどうしてもお姉さんに話したいことがあるなら、先にいいよ。私たちのことは気にしないで」
「……ほんと?」
「ほんとほんと。花鹿ちゃんもいいよね?」
ビンゴ。
花鹿ちゃんに話を振ると、彼女も
「もう……。お気遣いありがとうございます」
苦笑いして頭を下げる。
「じゃ、そういうことだから、どうぞ」
「僕にも聞いてほしいな」
「大人でしょガマンして」
子どもの方が空気読めてるじゃないの。
花恭さんの口に私の分の練り切りも突っ込んで黙らせると、
花蝶ちゃんはようやく話を始める。
「あのねあのね? 学校で聞いたんだけどね?
『首吊り泥棒』っていうのが出るんだって!」
「首吊り?」
「泥棒?」
あまりにもチグハグなネーミングセンス。
花鹿ちゃんと私で、分断してリアクションしてしまう。
だって例えるなら『生クリームラーメン』くらい出会わない要素だ。
だけど花蝶ちゃんは真剣そのもの。
ギュッと握った拳を振って、丁寧に説明してくれる。
「最近山手の方で、首吊り死体がよく見つかるんだって!」
最近の小学生の話題ヤバい。
もっとアニメとかテレビの話しなよ。
あ、動画投稿サイトだったりする?
「でもね? 死体は首吊ってないの。地面に倒れてるの」
「ん? それおかしくない?」
思わず口を挟んでしまった。
けど花蝶ちゃんから不快な目までは飛んでこない。
「ケーサツが調べるとね。あとからカイボーすると『首吊りで死んじゃった』って分かるんだけどね?
現場には首吊りに使ったロープとか、そういうのが一切ないの」
「ふむ」
「ほーん」
花鹿ちゃんと、気付けば花弥子さんも真剣に話を聞いている。
私もだけど。
「だから、誰かがロープを持ってってないとおかしいの!
それで『首吊り泥棒』って呼ばれてるの!」
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