夕空を漂う
清少納言は『枕草子』にて
『秋は夕暮れ』
と記したそうだが。
『夕焼け』とした場合には、俳句界隈で夏の季語らしい。
というわけで今は夕焼けの季節であり、
その夕焼けのなか、山手の田んぼの畦道を、一人の男が歩いている。
「ふぅーっ、このごろは日ぃ暮れても涼しならんな」
中年の彼は半袖シャツだがネクタイは締め、黒いスーツのボトムス。肩掛けカバン。
クールビズとビジネスマナーの中間みたいな格好をしている。
「まぁでも暑いなか、京都まで出てきた甲斐はあったわ」
時間も、夏の夕暮れと考えたらなかなか遅い時間。
営業周りに適した時間帯とは言えない可能性もある。
それらが許されているのは、
母方の叔母から、『家を売りたい』と話があったから。
彼は不動産の仕事をしているのだった。
「昭和や昭和や言うけど、やっぱり3世帯が一番やで。家を支える馬力が違うわ。将来の介護も考えたらなぁ」
夫を亡くして以来、娘夫婦に同居を提案されているそうで。
急ぎではないが、段取りを立てているのだという。
それで来てみれば、田舎ではあるがなかなか広い土地。
ちょっと足を伸ばせば賑やかな界隈にも行けるということで、悪くない条件
「いや、掘り出しモンや」
営業としては大成功。
すでに頭の中では、買い取ったあとのセールスまで組み立てられつつある。
枚方の本社には直帰の許可ももらっているし、
「気分ええわ。どっかで飲んで帰ったろ。焼き鳥屋ぁ、もええけど……」
彼は上向く機嫌そのまま、空を見上げる。
田舎ののどかで、心にキュッと来る風景。
背の低い山はベタ塗りの影になって、真っ赤な夕焼け空にアクセントを加える。
「コンビニでビールとフライドチキンでも買うて、歩きながらもオツやなぁ」
この北大阪の都会では見られない日本の原風景。
普段の彼なら
『いや、普通に店で飲んだ方がうまいわ。なんやったら家飲みの方が落ち着くわ』
と一蹴しただろうが、
「田舎やけど、コンビニくらいあるやろ」
何度も言うように、今日の彼は機嫌がいい。
「♪オレは上機嫌の蒸気船〜 鼻息ポッポと波を割る〜」
作詞作曲マイセルフ作成時間2秒の歌を歌っていると、
「あん?」
その美しき夕焼けの空を、
何か細長い影が漂っている。
「なんやアレ。新手のUFOか」
と思ったが、どうやら違う。
あんなタイプの未確認飛行物体など知らない(未確認だから当然ではある)
というより、
動きが生物くさい。
蛇なんかによく似た、グネグネとした動き。
「アレは、まさか……」
男はポツリとつぶやいたあと、
「龍か!?」
グッとガッツポーズをとる。
「瑞獣や! 瑞兆や! コレは今回のでオレが大出世カマすお告げやな!? 出世して独立して、末は不動産王や! 大統領や!」
人が見たら変に思うだろう。
しかし問題ない。
夕暮れの田舎道など、誰もいやしないのだから。
彼は影に向かって、思い切り手を振る。
「おーい龍! ドラゴン! 頼むでぇ! 金持ちんなったら、オマエの社建てたるわ!」
もうすっかりその気になって、コレは祝杯をあげねばならぬと思っていると、
その思いに応えるかのように、
「ん?」
龍が、影が、だんだんと
「なんや、こっち来とる……?」
もし龍が彼を認識してきているのだとしたら。
コレはもう確実にキている。
世が世なら中華皇帝になるようなエピソードである。
「おおおーっ! 龍! おおきにやでーっ!」
男は両腕を広げ、受け入れ態勢。
単純に肉食動物として自分を捕食しに来ているなどとは微塵も考えない。
何せ機嫌がいいのだから。
しかし、
影が近付いてくるにつれて
その姿が見えるようになってくると
「ん? んん!? コイツ、
龍やない!?」
そりゃそうだ、と言ったらそうだが。
問題はそこではない。
急に加速した影は、逃げる間もなく
その細い体を男の首に巻き付けて
翌朝。
若い男と中年、二人の青い制服。
山手の田んぼの畦道で、地面へ視線を向けている。
彼らは服や帽子のデザインを見るに警察官であり、
後ろには通報者だろうか、自転車を手で支える学生服の少女が立ち尽くしている。
そして、視線の先には、
道端で倒れている、
半袖シャツにスーツの男。
そこから目を離さず、警察官二人は言葉を交わす。
顔色は、制服ほどではないが、青い。
「石田さん」
「死んでるな。本部の応援呼べ」
「それもそうですけど、コレって」
「あぁ、まただ。
また『首吊り泥棒』が出た」
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