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あるバレー部のケース

 日の長い夏でもそろそろ夕暮れになるころ。


「あぁー! しんどいー!」

「『池回り(池 ま)』あと何周!?」

「2周でーす!」

「あああああーっ!!」

「しゃべってると余計キツいよ!」


 ジャージ姿の女子高生たちが、不忍池(しのばずいけ)の周囲を走っている。


「もうさー! なんでさー! 私たちバレー部でさー! こんな陸上部みたいに走らなきゃならないわけー!?」

「陸上部はもっと走ってるでしょ」

「走るのが競技の人と一緒にしないでもらえますー!?」

「一緒にしたのはオマエじゃい」


 真っ赤なジャージがいかにも女子バレー、というのは昭和のイメージだろうか。


 人数は9名。

 練習終わりにランニングという、キツいシメを課されている彼女たちだが。


 ダラダラ走っているためか、言葉の内容以上に

 いや、言葉が出る程度には楽そうに見える。


「でもさー、バレー部なんだからさー。走ってないで、バレーの練習したいよねー」

「ですよねー」

「ごちゃごちゃ言わないの。これも体力作り、バレーの一環!」


 先頭を走る、長いポニーテールのキャプテンらしき子がたしなめると、


「ぶー! ストイックなこと言いやがって! 強豪校か!」

「ウチは万年3回戦進出したら黄金世代のエンジョイ勢だぞ!」

「副キャプテンが『カレシとデート♡』で練習休む意識低い系ですよ!」

「そもそも学校の部活ごとき遊びで、ガチらないと怒られるのおかしいだろ!」


「急に元気になるじゃん……」


 さっきの倍の出力でブーイング。

 これもまぁ女子高生の青春ってことで。


 ため息をつきたい衝動に駆られるキャプテンだが、息が乱れるので我慢する。


「じゃあせめて少しは楽にしようか。今日は菜那子(なーさん)からー」

「えー? またアレー?」

「他に何もないでしょ。ウチの伝統」


 アレ、とは。

 バレー部のランニング練習に伝わる秘技、『しりとり』である。


 全員でとにかく終わるまでしりとりをするという、なんの変哲もない行動。


 しかしこれが案外、みんな夢中になって苦しさを忘れ、

『り』攻めとかで別の苦しみを味わっているあいだに、気付けばノルマが終わる。


 先輩後輩もなく和気藹々とできる遊びでもある。

 新入生も打ち解けやすい、なかなか優れた伝統なのだが


「どうせ昨日とおんなじパターンになるって」

「昨日は一昨日と同じだったね」

「一昨日から1か月まえまで、ずっと一緒の展開ですよね」


 共同体ならではの欠陥もありはする。


「じゃあこのまま黙ってしんどく走る?」

「分かったよぉ! じゃあ『副キャプテン殺す』! 次芳枝(よしえ)ちゃん!」

「『す』、『す』、『カレシ持ち殺す』! いつき先輩!」

「『このみっち殺す』!」

「オマエらなぁ……」


 これにはキャプテンもドン引き。

 ある種練習に打ち込むエネルギーにはなっていそうだが、


「次あじゅ吉!」

「あじゅ吉言うな。『スリランカ』」

「BOOO!!」

「空気読めーっ!!」

「部長失格ー!!」

「士気が下がるぞー!!」

「うるさい! 最初から士気なんてないでしょ! 次、ひかりちゃん」


 ちょっと話の内容に品性がなさすぎる。

 近隣住民から苦情が来ても困る(部員は外でのランニングがなくなって喜ぶかもしれないが)。

 ということで、この流れを継がない点において信頼できる後輩にパス


 したのだが


「ひかりちゃん、次『か』」


「ひかりちゃん?」

「あれ〜? そんな難しいかな?」


 キャプテンの1歩後ろを走っている『いつき先輩』がのんびりした声を出す。

 が、


「ん?


 あれっ?」


 直後、困惑を示す音に変わった。


「いっちゃん、どしたの」

「あじゅ、ヤバい!」

「だからどうしたの?」


 キャプテンが振り返ると、彼女も後ろを振り返っている。


「あじゅ1回止まって!」


 いつき先輩は手でキャプテンを制しつつ、後方へと首を伸ばす。

 視線の先にいる他の部員も何かに気付いたらしく、ざわざわしている。

 キャプテンがUターンして隣に立つと同時、


「大変だ」


 彼女はポツリとつぶやく。



「ひかりちゃん、いない」






 それから


 途中で脱水にでもなって倒れたのか

 部員たちはそう考え、来たルートをぐるりと逆走。

 いなくなった部員を探したが、


 彼女はどこにも倒れておらず、近くの人に聞いても


『分からない』

『見掛けていない』

『救急車は来ていない』


 とのこと。

 忽然と姿を消してしまった。



 急いで顧問に伝えるべく学校へ戻ると、彼女のカバンはそのまま。

 勝手に帰ってしまったわけでもないらしい。


 とりあえず学校からご両親に連絡してもらい、今日は解散。

 彼女たちには直接伝えられなかったが、何人かが帰りぎわ


『このままご家庭から連絡がなかったら、警察にも連絡を』


 と、教師たちの不穏な言葉を聞いた。



 その後19時、20時、21時、22時。

 誰かが都度都度それとなくメッセージを送るも、既読は付かず











 部員たちの不安な夜が明けた翌朝6時13分。


「ほっ、ほっ、ほっ、ほっ」


 ある30代会社員の男性が、出勤まえの朝のランニング。

 奇しくも昨日の彼女たちと同じ、不忍池周りのルートを走っていると



「ん?」



 彼は最初、誰かが捨てたビニール袋が浮いているのだと思った。

 悪いことしやがる、なんて思っていた。


 だが


 よく目を凝らすとそれが、


「ん、あ?



 うわあああああ!!??」



 体操服のシャツを着た、人間の背中だと気付いたとき



 110番か119番か分からなくなってしまったという。






 これが『不忍池連続水死事件』の、()()()()()()()()()()()()

お読みくださり、誠にありがとうございます。

少しでも続きが気になったりドキドキしていただけたら、

☆評価、ブックマーク、『いいね』などを

よろしくお願いいたします。

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