花やし……もとい花瀬屋敷
「あんまり人の名前をとやかく言うつもりはないけど。
『はなじか』ってどういうこと? 『鹿』?」
あれから私たちは、ひとまず花瀬家の屋敷を目指して歩いている。
といってもすぐらしいけど。
花恭さんが
「それよりそろそろお昼にしようか」
と言い出したところ、セーラーちゃん
もとい花鹿ちゃんが
「妖怪料理ってどんなのですか? 見てみたいです」
すると花恭さんも
「ぺこちゃんに料理の腕見せてあげて」
と言い出したから、3人で向かっている。
「はい、鹿です。鹿人間の『鹿』です」
「ごめん鹿人間分からない」
「迂闊にせんべい渡すと『ナメてんのか』って噛み付いてくるよ」
「なんですかその情報」
「ガルルルル……!」
「怖いよ。鹿じゃないよ野犬だよ。ぺこちゃん感もないよ。ていうかなんで『ぺこちゃん』なの」
「『子鹿物語』って映画あるでしょ? 主演がグレゴリー・ペックだから、最初は『ぺっこ』でそのうち」
「ごめん、『あるでしょ?』って言われても知らない」
「『子鹿物語』を、知らない……?」
「そんな絶望顔することある?」
花鹿ちゃんもやっぱりちょっとオカシイと再認識したところで、
「ほら、
ここが花瀬の屋敷だよ」
品のいい茶屋とか料亭とか、『◯◯庵』って感じの門に到着した。
「おー」
「なんだ、反応薄いじゃないの」
「いや、もう大きなお屋敷見すぎて、逆に違い分かんないです」
「えー?」
いや、そこをエンタメにされても。
花恭さんが木戸を押して中へ。
花鹿ちゃんに背中を押されて私が2番手。
入ってすぐ正面は壁。
竹が植えられてて、その後ろに煤竹の壁。
右側も同じようになっていて、水草しか入ってない睡蓮鉢が置いてある。
強制的に左折させられるルート取り。
足元は砂利の中に敷石がある。
「なんか、お屋敷っていうより隠れ家和風カフェみたい」
狭い通路だからそう感じるんだろう。
豪邸っていったら、もっとスケールがデカ
「うわぁ! 広ぉい!!」
「うるさいなぁ」
通路を抜けた瞬間、そこには広大な日本庭園が!
芝生の庭。
よくある半球状に整えられたマリモみたいな植物。
流れる小川。
お白洲の浜。
松や柳の庭木。
奥に広がる池。
そこに迫り出した屋敷。
狭い通路から出てきたせいか、やたら壮大な空間が見える。
「これもう文化財でしょ! 個人所有していいヤツじゃない!」
「なんだい、もうデカいのだと驚かないみたいなこと言ってたじゃないか」
「外から見てたのとは別でしょ」
「ソレは『貧乳派だけどえっちは巨乳の方が気持ちよかった』ということですか?」
「この子は何を言っているの?」
確かに女子は下ネタエグいとこあるけどさ。
初対面でソレやられると反応に困るよ。
目を逸らして右を向くと、
「「「「「お帰りなさいませ、花恭さま」」」」」
「うわっ!?」
学校のひとクラス分くらいはいそうな、和服の老若男女がお出迎え。
いや、未成年っぽい人はいないけど。
「どしたの。小春さんは執事服派?」
「別に私、注文付けるほど使用人に思い入れないですけど」
「ソレはつまり、『SMで女王さまやるより虐げられる方が好き』ということですか?」
「花恭さん、この子なんとかして」
助けを求めると、花恭さんは『やれやれ』のジェスチャー。
「早く中入るよ。小春さんにお昼ごはん作ってもらうから」
会話を打ち切ってくれた。
信じたくはないけど、もしかしたら彼は一族の中で話が通じる方なのかもしれない。
信じたくはないけど。
花恭さんは使用人たちの真ん中にいる、女将っぽい女性にカバンを渡す。
そのまま人の壁を突き抜けると、その向こうに大きい和風建築。
「小春さんも荷物預けなよ」
「いいんですか?」
「いいよいいよ、お客さんだし。ただまぁ、客間があっちだから離れに運ぶね。寝起きもそっちでしてもらうことになるだろうし」
指差す先は川の向こう。
あっちは離れで、今上がろうとしているのが母屋みたい。
「さすがに『土間に釜戸』ってことはないよね。安心した」
『犬神家』とかで見るようなお屋敷に上がって。
でも見学する間もなく通されたのは台所。
設備や広さ、見た感じはテレビで見た料亭や旅館と一緒で普通な感じ。
いや、ご家庭にこんな広い厨房があるのは普通じゃないんだけども。
でも正直、さっきつぶやいたレベルの古さもあり得なくはないと思ってた。
それに比べたら普通っていうか、普段どおり料理できる範囲。
どころか、
「材料や器具が充実してて、ワクワクしてくるね」
なんでも自由に使っていいそうで。
アフィラーマジムンの羽むしり用にお湯を沸かしているあいだ、物色してみた。
さすがに葉ニンニクとかマニアックなものこそないけど。
でも野菜も調味料も、日常的に食卓にのぼるようなのはひと通りある。
大体の料理は作れそう。
しかも広い。
おじいちゃんのお店ながら、『はる』の狭いカウンターで細々やるより環境がいい。
なんでもできそうな気がしてくる一方で、
「小春さんのお料理の腕ってどうなんですか?」
「お店やってるしおいしいのは当然だけどね? ノンジャンルな小料理屋だけあって、バリエーションが多いんだよ。刺身と焼き鳥しか出ない居酒屋とかあるじゃん?」
「未成年なんで分かんないです」
わざわざ椅子を持ってきて座り、ギャラリーになっている二人。
今回は花恭さんだけじゃなくて、花鹿ちゃんにも料理を作る。
そのうえで彼女は妖怪料理を食べない。
まぁそれが普通。
となると、手っ取り早いのはそれぞれ別のものを作ることだけど、
「まぁ何作ってもおいしいってことさ」
「期待大!」
久しぶりの再会で楽しげに話す姿を見ると、
そこに花を添える、パーティー感あるメニューを作ってあげたい。
「食材はアフィラーマジムン、アヒルか。よし」
方針が決まればレシピも決まる。
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