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妖怪も旅する時代か

「いやぁ、人多すぎでしょ」


 新幹線の到着を待つ駅のホーム。

 花恭さんは腕組み。

 めずらしく不機嫌なサモエド。


「帰省ラッシュですし。仕方ありませんよ」


 小さいころ、お父さんの実家に行くときは本当に大変だったし。

 正直


『絶対将来実家から遠いところに住まない! 実家遠い人と結婚しない!』


 って思ったよね。


 で、結婚はしてないけど同棲はしてる、実家は遠い、

 かつ、哀れ帰省の拒否権がない花恭さんは


「あー、人類半分に減らないかな」

「ついに感性が妖怪側になったか」


 普段守っている側とは思えない発言をする。


 いや、アレは食料確保のためやってるにすぎないのかな?

 じゃあただの魔王じゃん。性格も悪いし。


 花の一族ってこんな人ばっかじゃないよね?


「なに」

「なんでも」


 恐怖の籠った視線を見咎められたそのとき、



「きゃーっ!!??」



 甲高い女性の悲鳴が響きわたる。


「な、なに!?」

「なんかあったみたいだね」


 誰か線路にでも落ちたの?


 なんて思っていると、


 少し離れた位置で人だかりがざわざわ。

 すぐにこの鮨詰めの中、わざわざ詰めて離れて、ぽっかり空いたスポットを作る。

 同時に、


「しっかりしてくださーい! 聞こえますかー!」

「そこのあなた、駅員さん呼んで!」

「誰かーっ! AEDの場所知ってる人ーっ!」


 なんていう、複数人の声が聞こえてくる。


「誰か倒れたみたいですね」

「ね」


 助けに行ってあげたいけど、遠くてこの人混みじゃたどり着けない。

 それに人数ばかりゴチャゴチャ増えても邪魔だろうし。

 対応している人もいるみたいだし、ここはグッと堪えて静観の構え。


 花恭さんの相槌が淡々としてたのも、冷たいんじゃなくて落ち着き。

 私たちにできるのは、誰かこっち来たときに道を開けることくらいだから。



 そうこうしているうちに、


「離れてくださーい。離れてくださーい」


 手当ての準備が整ったみたい。


「なんとかなりそうです」

「これだけ人がいたら、こういうこともあるだろうし。逆に動ける人もいる」

「あ、傍観者効果だ」


 まぁ普段から天下国家のために妖怪()()()()()らっしゃるんだもの。

 今日くらいいいでしょ。


「ん」

「どうかしました?」

「いや」


 と思ったら、花恭さんは周囲をキョロキョロ。

 トイレでも探してるのかな。


 でもこの人混みじゃ、抜けていくのは困難だと思う。

 新幹線に乗ってから車内トイレに行った方が早いかもしれない。


 早く到着しないかな



「うわああ!?」



「今度はなに!?」


 またもや別の方向で悲鳴が。

 さっきの繰り返しみたいに、ざわざわ空白地帯ができる。

 そしてお決まりの


「大丈夫か! しっかりしろ!」

「やだっ! またっ!?」

「AEDいるか!?」

「分からん! でもまだ向こうで使ってるだろ!?」


 焼き回しみたいな会話。


「ちょっと! どうなってるの! 長時間立ちんぼして、みんな貧血なの!?」

「さぁてねぇ」


 半分独り言なんだけど、花恭さんから気のない相槌が返ってくる。

 でもなんか、雑な返事っていうより


 相変わらずキョロキョロ。

 別の何かに集中している感じ。


 もしかして、



「きゃあああ!!」



 と思ったら今度は背後から。

 何ができるわけじゃないけど、落ち着いて考える暇もない。


 でも確かに一つ言える。



 こんなの明らかに異常だ!



「花恭さん!」



 答え合わせを求めたそのときだった。


「小春さん」


 花恭さんは急に、私の正面に向き合って立つ。


「はい?」


 そのまま、


 私の背中へ右腕を回すと



「おとなしく、しててね?」



 体を密着させ、

 股に、脚を差し込んできた。



「ちょっ! なっ!?」



 なにっ!? なんなの!?

 この状況で!?


 抗議の声が形にならないうちに


「しーっ」


 花恭さんは甘く耳元で囁く。


 ちょっと! 何が『しーっ』よ!

 いくらイケメンだからって、なんでも許されると思うなよ!?

 痴漢で駅員さんに突き出すぞ!


 そのまえに一発ビンタ! かましてやる!


 右腕を力いっぱい振りかぶったそのとき



「よっと」



 いやああああああ!!

 花恭さんが、脚に一際強い力が込めてくる!

 サイテー!!



『ゲギャッ』



「へっ?」


 そこへ水を差す(?)みたいに、なんか短い断末魔が聞こえた。


 沸騰してた頭は予想外の事態で一気にクールダウン。

 右手の降ろし方を見失ってるあいだに、


「さてさて」


 花恭さんは私から離れてしゃがみ込む。

 そして何かを拾うと、素早く懐の中に隠した。


「小春さん、時間は?」

「え、あ、まだちょっとあります」

「ふーん」


 彼は数秒考えると、


「ねぇ小春さん」

「なんですか」



「多目的トイレ、行こうか」



 うん。

 さっきの続きじゃないことだけは、私にだって分かる。






「何コレ!?」


 多目的トイレにて。

『万が一もあるし』と持たされていた保冷バッグに詰め込まれたのは、



 一本足のアヒル。



 踏み潰されて、血を吐いて死んでるけど。



「アフィラーマジムン」



「アフィ……?」


 アフィリエイト?

 モ◯キー・D?

 アフ◯ック?


 とにかく聞き馴染みのない名前。


 でも、こうして花恭さんが仕留めたってことは


「妖怪?」

「妖怪」


 彼は人差し指を立てる。


「沖縄に伝わる妖怪、マジムンの一種さ。股のあいだをくぐられると、魂を抜き取られると言われてる」

「生命保険の風上にも置けない」


 花恭さんは『はぁ?』って顔。

 だけどすぐに気を取りなおす。


「考えたんもんだよ。これだけ人がいれば、テキトーに走ってるだけで股のあいだを通るさ」

「なるほど、妖怪も考えたりするんですね」


 感心なことではあるけど、


「じゃあ倒れた人は」

「残念だけど」

「……そうですか」


 これからお盆ってときに、ひどい話だ。

 帰省を楽しみにしている人がいるのに。


 つい感傷に浸りかけたけど、


「あ! そろそろ新幹線!」

「そっか。急がないとね」


 ちょうどよく時間が私たちをせき立てる。



 急いでトイレを飛び出し、ホームの列に並ぶ。

 すると2分くらいで新幹線が到着した。


「ふーっ、危ない危ない。ギリセーフ! 間に合いましたね!」

「……」


 返事がないので、チラリと目を向けると、


 花恭さんは、やや俯いて口元に手を添えている。


「どうかしましたか」

「あ、いや」


 彼が振り返った先には、まだ処置を受けている被害者。


 救えなかったことを気にしているのかな、とも思ったけど、



『焦らずゆっくりご乗車ください』



「じゃ、行こうか」


 答えを出さないまま、花恭さんは新幹線へと乗り込んでいった。

お読みくださり、誠にありがとうございます。

少しでも続きが気になったりクスッとでもしていただけたら、

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