表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

43/106

マイナー食材の定番料理

 夜中までがんばった疲労。

 事件が解決した安心感。


 目が覚めれば13時。

 いつもならもうお店に行って、仕込みを始める時間だけど


「もー! 今日は、今日こそは妖怪にお店のキッチン使わないで済むと思ったのに!」

「残念!」


 のんびり朝昼兼用作ってる場合じゃない。

 慌てて花恭さん()を飛び出す羽目になった。






 というわけでお店のキッチン。

 私のご飯は、残ったお米に残ったもつ煮ぶっ掛けたので済ませて


 まずはお待ちかねじゃない楽しくない、妖怪クッキングのお時間です。


「首さえなければ、ただの犬ですね」

「だね」


 犬になった途端かわいそうに思えてくるのは人間のエゴか。

 だけどそれじゃ、毎日死んだ魚の目に見つめられる仕事はできない。


 気持ちを切り替えて包丁を手に取る


 んだけど


「犬の解体なんてやったことないよ。そんな大きい中華包丁も持ってないし」


 単純に、目の前のレア食材に戸惑う。


「そんな気負うことないんじゃない? 所詮妖怪だ。多少キレイにできなくても、()()()()()()ってこともないでしょ」


 そこに花恭さんの雑なコメントが来る。

 ドライだなぁ。

 彼がもつ煮でやってるビールはドライじゃないけど。


「まぁ、でも、そうですね。仕方ないか」


 考えてても始まらない。

 毛皮を上手に剥がすとか、骨周りをキレイにとかはいったん無視。

 とにかく内臓を避けて、雑に肉を切り出す。


(かった)いなぁ。筋肉質だ」

「そりゃあんだけ速いんだしね」

「そもそも食材として、犬肉は硬い部類ですしね」

「そうなんだ。評価が出てるんだ」


 花恭さんが目を丸くする。

 どうやら初耳だったみたい。


「東アジアや東南アジアじゃ犬食文化があるんですよ。だいぶ滅びかけですけど」

「ふーん。世界は広い」


 聞いたら即拒否反応を示す人も多いけど、彼はそうでもないらしい。

 だからいい悪いって話でもないけど。


 とりあえず言えることは、



「というわけで今回は、補身湯(ポシンタン)にしようと思います」



 犬肉料理もレシピには困らないってこと。


「えのころ(めし)以外にも食べ方があるんだね」

「さすがにアレは難易度高いです」


 えのころ飯っていうのは、江戸時代に今の鹿児島あたりで食べられてたらしい料理。

 ネットで薩摩隼人(さつまはやと)をネタにするときよく出てくるから、知ってる人も多いかも。


 まぁレシピとしては、内臓抜いた丸ごとの犬のお腹にお米詰めてっていう。

 丸鶏ローストのバターライス詰めみたいなもの。

 それを汁掛け飯にして食べるとか。


 さすがにウチには柴犬サイズが入るオーブンはないから無理。


「じゃ、始めましょうか」

「楽しみだね」


 補身湯とはいっても、速い話が犬鍋。


 韓国料理じゃ鍋は全部『チゲ』。


 というわけで今回は、犬肉のキムチチゲって感じでいこう。

 実際韓国でも辛い鍋で提供するお店が多いらしいし。



 まずお肉。

 さっきも言ったとおり犬肉は硬い。

 だから薄切りにスライスしておく。


 これをキムチと一緒に炒める。

 本場じゃ発酵が進んで酸っぱくなったのがいいっていうけど、急には用意できない。

 代わりに


「炒り粉?」

「変ですか?」

「いや、韓国でも煮干し食べるか知らないけど、和風なイメージじゃん」

「イノシン酸とキムチの成分が相性いいんですって」

「ふーん」

 

 あとはコチュジャン、ニンニク、ショウガも加える。

 日本人向けだからコチュジャンとニンニクはちょっと控えめに。

 どうしても野生の妖怪肉は臭みが気になるから、ショウガは気持ち多めに。


 私いっつも臭み取りにショウガ入れてるね。



 さて、軽く火が通ったら、ここに牛骨スープを加える。

 市販の顆粒で全然構わない。


 で、具ですよ。

 基本的なチゲは豆腐や白菜、もやしなんかが多いかな。


 でも今回は犬肉がたっぷり。

 だからボリュームを足す必要はないし、香味野菜を入れたい。


 てことで、ネギ、ニラ、そして


「なんだい、その葉っぱ」

「エゴマです。韓国じゃメジャーですよ」


 日本だと焼肉屋さんでサンチュの代わりに置いてあるくらいかな?

 独特の油っぽい匂いが日本人には好まれないんだよね。


 あとはお肉が柔らかくなるまでじっくり煮込んで、



「はい完成。『人面犬の補身湯(ポシンタン)』、お待ちどおさま」



「おぉー、(から)そう」


 真っ赤でグツグツいっているスープに、花恭さんは警戒気味。

 スプーンを握ってはいるけど、まずは匂いから。


「臭みは、ないね。辛味で埋もれてるのかな」

「犬肉自体はちょっと独特な匂いがあるっていう人もいますけど。丁寧にやれば大丈夫そうですね」

「でも辛いだけじゃないんだな。独特な匂いだ」


 香味野菜たっぷりだしね。

 ちょっとカオスな匂いにはなったと思う。


 でも『おいしそう』って感じてくれたみたい。


 花恭さんは真っ赤なスープにスプーンを入れ、


 お肉を一口。


「どうですか?」

「うん。よく煮えてて硬くはない。味は、思ったより淡白?」

「はい。味も好まれてるんでしょうけど、本場じゃ薬効食いっていうの? 高タンパクで『滋養強壮にいい』って食材らしいです。

 ()()湯も字のとおり、暑気払いに食べられる健康メニューなんですよ」


 エゴマが入るのも、体にいい成分がたっぷりだから。


「詳しいなぁ」


 花恭さんは相槌をくれつつも、スプーンを次々口に運ぶ。

 おいしくて止まらない、ていうよりは、辛くて止まってられない感じ。


 水を挟みハンカチで汗を拭き。

 見てる分には暑気払いどころか灼熱。

 まぁ生薬摂っていい汗流すのも、暑い季節に立ち向かう(すべ)だし?


 あ、花恭さんは普通の栄養吸収しないから関係ないのか。


「水飲むと余計辛くなりますよ」

「えへぇ〜」


 コチュジャンは控えめにしたけどキツかったみたい。

 自家製だから市販より辛いのを忘れてた。


「こっち飲むといいですよ」


 ということで合わせるのは、


「何コレ」



「カルーアミルク」



 知ってる人も多いだろうカクテル。

 甘ーいコーヒーリキュールをミルクで割ったもの。

 アルコール入り激甘コーヒー牛乳って感じのもの。


「辛いのは甘いので相殺! って?」

「いえ、ちょっと違います。


 唐辛子の辛味成分カプサイシンが、牛乳のカゼインと結び付くんです。

 これで舌への刺激がだいぶ軽減されるし、油分が膜を作って胃腸も守ってくれます」


「ふーん、そりゃいいね」

「ま、食べるまえに飲まないとあんま意味ないんですけどね」

「なんだったの今の話」


 とかいう話を挟みつつ。

 その後も花恭さんは止まることなくスプーンを動かし



「いやぁ、ごちそーさま。旨辛だったよ」

「お粗末さまです」


 見事完食。

 スッキリした顔で椅子の背もたれに体を預ける。


「冷房の温度少し下げて」

「はいはい」


 まぁこれはこれで、気持ち的には暑気払いになったと思う。

 本人が満足そうだし。


「妖怪も仕留めたし、精のつくものも食べたし! これで心置きなくお盆の里帰りできるよ」

「それはよかった」


 いいシメになったご様子。

 しばらくは花恭さんともお別れか。

 やっと平和な日々になるような、ぬらりひょんが怖いような。


「そういえば、小春さんは実家帰んの?」


 花恭さんがスマホを弄りながら、ちょうど世間話的に聞いてくる。


「うーん、ちょっとね」


 お店を継ぐまでは、実家暮らししてた。

 一人暮らしを始めてみると、大変さとありがたさが身に沁みる。


 でも、ぬらりひょんが襲ってくることを考えると、どうしても。


 やっぱ無理かな。

 両親を巻き込みたくない。


 なんて考えながら、仕込みに取り掛かろうとしたそのとき、


「あ」


 急にトーンが一段下がった声が聞こえる。

 視線を向けると、花恭さんが真顔でスマホを見ている。


「どうかしました?」

「本家から連絡来た」

「へぇー。『さっさと帰ってこい』って? 逆に『今年は親族で集まったりはしません』的な?」


 考えられるのはそのへんだよね。

 だけど彼は真顔のままこっちへ顔を向けると、


 予想だにしないことを口走る。



「今度の帰省、






 小春さんも連れてこい、って」






「……え?」











               進化する怪異 完

お読みくださり、誠にありがとうございます。

少しでも続きが気になったりクスッとでもしていただけたら、

☆評価、ブックマーク、『いいね』などを

よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ