ババアの居場所
「……」
「……」
あれから2度の夜を経て昼。
私も花恭さんも、家どころか布団からも出ないで沈黙している。
ぼちぼちお店行って仕込みしなきゃならないんだけど、
なんたってここ数日、深夜までの営業を終えてからドライブ
ジェットババアを探す日々が続いている。
そう、お察しのとおり。
続いてるってことは、ジェットババアには出会えなかったってこと。
東京港トンネルは通ってみた。
臨海トンネルや第二航路トンネルも行った。
なんか全体的にスケスケだけど、トンネルっちゃトンネルってことで
レインボーブリッジや東京ゲートブリッジにも訪れた。
怪異とはいえ走ってくるには遠い気がしたけど、この際近場とみなして
築地虎ノ門トンネルにも足を伸ばした。
白金トンネルや豊トンネルなんてのも調べた。
だけどジェットババアは現れなかった。
空振り続きで、手詰まり感と徒労によるイライラが蓄積する。
急がないと次の被害者が出るんじゃないかという思いもある。
それが逆に今日は、いわゆる『泥のような』睡眠を引き起こした。
「この『一族いち引きが強い』と言わしめた僕が……」
布団の中でスマホをいじりながら、花恭さんがつぶやく。
「そういう人って大抵そうでもないんですよね」
「引き弱い親戚に『オマエのせいだ!』てガチギレされたことあるよ」
「えぇ、怖……」
「そもそも、小春さんと出会えた時点でこのうえない証明だろ♡」
「ふざけてても状況変わりませんから」
「あーん、冷たい」
彼は無意味に寝返りをくり返す。
アザラシかよ。
でもこんなでも、何も考えてないわけじゃないみたい。
「『ここ』っていう指定がないタイプのジェットさんかもしれないなぁ」
「ジェットさんって」
「ここらだと、どういう噂になってるのやら」
スマホをいじっているのも、そのあたりを調べている様子。
「小っちゃいお子さんのいる常連さんに、聞いてきてもらいましょうかねぇ」
「そうだねぇ」
でもそれも、今日聞いて明日分かるものじゃなし。
もう何日かは足踏みになりそう。
そのあいだ、事故が起きないことを祈るしかない。
それから4日後、18時半を過ぎたころ。
いつものように『はる』を営業をしてはいるけど。
いつものカウンターの隅。
「ねぇ小春ちゃん」
「なんでしょう」
「花恭くん、今日機嫌悪い?」
アラフォーお姉さまの、目配せの先をチラッと見れば
花恭さんは黙ってハイボールを飲んでいる。
「さぁ、ねぇ」
あれからまた事故があった。
場所は有明ジャンクション。
私たちはまだジェットババアを見つけていない。
だから今回のだって、妖怪が関係しているとはかぎらない。
ただただドライバーの問題で起きたものかもしれない。
場所に事故りやすい要因があるのかもしれない。
だからって、何も思わないわけはない。
「小春ちゃんもちょっと調子悪い?」
「え? あ、あー。はは、ちょっと寝不足で」
「ダメよぉ、若いからって油断してちゃ。お肌はすぐにクるんだから」
どうしても少し、息の詰まった雰囲気を醸し出してしまっている。
そこに、
「小春ちゃーん、席空いてる?」
スーツ姿のアラフォー男性、常連の大西さんが現れた。
「いらっしゃいませ! お一人さまですか? そこのカウンター席空いてますよ」
「ありがとう」
「はいこれ、おしぼりと、お通しの『三つ葉のツナマヨサラダ』です」
「おぉ、うまそー」
大西さんは席に着いて手を拭くと、
「じゃあとりあえず生、中ジョッキで。あ、あと」
書類カバンをゴソゴソやり始める。
出てきたのは、クリアファイルに挟まったルーズリーフ。
花恭さんもチラリとこっちに横目を向ける。
「頼まれてたヤツ、持ってきたよ」
「ありがとうございます」
「頼まれてた? なんだその紙?」
隣の森本のおじいさんが反応すると、大西さんも首を傾げる。
「いやぁ、それがね? なんか小春ちゃんにこのまえ
『都市伝説って今どんなの流行ってるか知ってる?』
って聞かれて。
そんでオレ、娘に聞いてみたわけ。そしたら娘も学校でいろいろ聞いて、まとめた紙くれたの」
そう、この大西さんこそ、
私たちが情報収集を頼んだ相手。
とりあえず、もらった紙は注文メモを貼っておくコルクボードへ。
「どうしたの、急にそんなこと気にして」
「お盆に親戚の子に話すネタがいるんですよ」
「なぁるほどね」
今すぐにでも確認したい気持ちを抑えつつ。
今は店じまいまで仕事に集中しよう。
「小春さ〜ん! 伏見のお酒は入ってるかな!」
花恭さんもご機嫌になった見たい。
時刻も1時を過ぎて、本日の営業終了。
最後の客が出て行きざま
「花恭くんは帰らないの?」
「よっ、事実婚!」
とからかわれ、テーブルにあった食卓塩を撒いたりもしつつ
「じゃあ確認しますか」
「はい来た」
片付けすらあとにして、ルーズリーフを確認する。
ジェットババア単体指名も変な感じがしたから、大西さんには
『都市伝説』
と一括りに頼んだ。
だからか、関係のない都市伝説についてもたくさんまとめてある。
「えー、『人面犬』『窓ひょこひょこ女』『異世界へ行く方法』『きさらぎ駅』……」
いろんなのがあるなぁ。
私が知ってるも知らないのもいっぱい。
『口裂け女』みたいに、名前だけでビビらせるみたいなの減ったよね。
時代を感じる(20代)。
『人面犬』は古いけど。
でも今大事なのは、そこじゃない。
「あった! 『ターボババア』! これジェットババアのことでしょ!」
私もちょっと調べたけど、別名の枠に書いてあった。
「おー、いいね。頼んだ甲斐があった」
「はい! どれどれ?」
で、問題はコイツが『どこに出没するか』。
それが分かれば、だいぶやりやすいんだけど
「……うーん」
「どうしたの」
花恭さんは手広い情報収集か、他のルーズリーフにも目を通してる。
「いえ、
『夜道を車で走っている』しか書いてなくて」
「ふーん」
つまりコレ、場所の指定特にないヤツだ。
もちろんこの広くて狭い東京、交通事故は有明ジャンクション以外でもある。
その全部が、ジェットババアの仕業な可能性が出てきた。
エンカウントしようと思ったら、近辺の道路全部周らないといけない。
「うわああぁぁ……」
厳しい予感がする。
この際私が一晩中運転するハメになるのは仕方ないにしても。
楽でも苦労しても、とにかくヤツを討伐できないんじゃ意味がない。
希望がスルリと、ジェットババアのように高速で走り去るのを感じる。
思わず額に手を当てたそのとき、
「ほぉほぉ」
花恭さんが意味ありげなつぶやきを漏らす。
視線を向けると、彼はルーズリーフに目を向けたまま、
「コレは、娘さんさまさまかもしれないねぇ」
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