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タン塩と頬肉煮込み

「さて」


 居酒屋ではむしろ標準的な、カウンター席と一体となった厨房。

 小料理屋だけどね。

 違いはあんまり分からないけど。


 あまり広くないスペースの中で、私の目の前には



「……そんな目で見ないでよ」



 大きな寿司桶に収まった、大きな牛鬼の生首が居座っている。



 片付け中はできるだけ見ないようにしてたけど、今はもう存在感MAX。

 コレは牛鬼の一部をお店へ持っていくことになったとき、



『だったら首が運びやすいよ。角つかんで持ち運べるし』

『ブロック肉? 血まみれになるじゃん。さっきの返り血? はは』

『それに「討ち取ったり!」感あるでしょ?』



 と花恭さんの、途中までは合理的な判断があったから。

 彼が運ぶから文句は言えない。

 私が被ったら頭身がアンパンマンになりかねないサイズ。

 運べと言われても困るし。


 それは仕方ないんだけど、


「なんか、余計に祟りそうだなぁ」


 こんなの包丁立てたら、他の部位よりヤバそう。

 使った調理器具も二度と使えないんじゃ?

 ていうか下手したら、今にも再起動して噛み付いてきそうにすら思える。


 もし『討ち取ったり』メインで首をチョイスしていたら恨む。


「でも、クモか牛肉か分かんない胴体持ってこられても困るしなぁ」


 代理でも料理人としては、バケモノゲテモノでもおいしく適切に調理したい。

 できなきゃお店の運命が大きく変わる。


 そういう意味では、はっきり牛寄りの頭部はまだ取っ付きやすい。

 まぁ牛より獅子舞に似てるんだけど。


 花恭さんに聞いたら、どういうお肉か知ってるのかもしれない。

 でも彼は今


『シャワー浴びさせてもらうね』


 と、この場にはいない。

 見ず知らずの男の人にお風呂借すの、ヤバい?


「とは言うけど。牛の頭自体、調理のバリエーションが広い食材じゃない。魚を()()()()にするのとはワケが違う」


 しかも今回は他の食材を後頭部おじいさんに食べ尽くされたあと。

 使えるのは調味料くらい。

 条件はより(せば)まる。


「だからこそ料理人としての引き出しが問われる、ね」


 私は最初からイタリアンで修行したとかそういう『専門家』タイプじゃない。

 小料理屋の手伝いで、ノンジャンルの経験を積んでいる。


 独り言でも無言よりは脳が刺激される。

 何より、


「おじいちゃん、力を貸して」


 独立までにいろんなお店で修行してきたおじいちゃんの、伝家の宝刀『レシピ帳』がある。



「よし、このプランで行こう」



 まずは牛鬼頭の解体。

 必要な具材に切り分ける。


 包丁が通らない、なんてなったらお手上げだけど


「噛まないでよ、噛むなよ……」


 口を開けさせて包丁を入れると、すんなり豪快なタンが切り取れた。


「……なんか、触手みたい」


 我ながらどうかと思う例えはさておき。

 まずは湯をかけて、次にハーブソルトを揉み込む。


『獣』って概念は違うだろうけど、臭みがありそう。

 血抜きもされていないし。

 それをなんとか誤魔化しに掛かる。


 下拵えを終えて。

 せっかく大きいので贅沢に分厚いタンステーキといきたいところを


 グッと堪えて薄切りにして焼く。


 花恭さんはシャワー中とはいえ、お風呂上がりからそう待たせちゃいけない。

 ツマミはビールの炭酸が抜けるまえに出せてこそ小料理屋。


 というわけでこれは()()()()

 すぐ火が通る厚さにしておく。


 何より、他のメニューはちょっと掛かる。

 だからこれで繋いでいただく、てこともある。



 次に手を付けるのは頬肉。

 スーパーの肉コーナーじゃまず見掛けないけど。

 高級料理『赤ワイン煮』の存在を聞いたことがある人は多いはず。


 これは豪快に塊のまま鍋に入れて、


「ぬらりひょんめ、お酒しか飲まないのが幸いかな」



 割材用だったので見逃されたジンジャーエール。

 これでまず煮込む。



 炭酸は肉を柔らかくする効果がある。

 加えてジンジャーエールはショウガのドリンク。

 これまた下味と臭み取りになる。

 ローリエも入れよう。



 さて。下茹でが終わったら、鍋に残っている汁は捨ててしまう。

 なぜなら、これは割材用の甘いタイプ。


「赤ワインは飲まれちゃったから」


 鍋に缶のデミグラスソースを投入し、追加で煮込む。

 ジンジャーエールを残していると、さすがに甘くどいソースになってしまう。


 あとはソースの染み具合を見つつ待つのみ、というところで



「おや、いい匂いしてるなぁ」



 花恭さんがタオルで頭を拭きながら現れる。

 返り血着いた着流し着てたら、全部台なしな気はするけど。


「もう食べれるけど、どうします?」

「食べる食べる。お腹空いた♡」


 彼はウキウキでカウンター席に着く。

 まさか営業再開まえに、二人目のお客さんを迎えるとは。

 しかも特別に呼んだ身内とかでもなく。


 でも席に座ったからにはお客さん。

 ちゃんと料理を出すし、



「まずは()()()()から。『牛鬼のタン塩』です」



 絶対おいしく召し上がっていただく。

 ここで仕上げにレモン風味の塩をパラリ。

 ハーブソルトで揉んでいるので控えめに。


「薄黄色でキレイだね」

「味もね」

「いただきます」


 花恭さんは刺身のように並んだタンを一枚口へ運び


「うん、うん」


 目を閉じ、小さく頷く。


「おいしい。爽やかで、とても妖怪の肉とは思えないね」

「食材が食材だし、褒め言葉も独特になるなぁ」

「麦焼酎のロックが欲しくなるなぁ」


 お酒が飲める年齢らしい。

 同い年か、少し年上くらいに見えるもんね。

 いや、妖怪食べる人の見た目なんてアテにならないか。


「分厚いタンの方が贅沢に思えるけど、これは薄めでちょうどいい歯応えだ」

「やっぱり妖怪肉って硬いんですかね」


 タンをしっかり噛み締めてもらっているうちに、煮込みがいい具合に。



「はい、お次は『牛鬼頬肉のデミグラスソース煮込み』」

「お、いい匂いの正体はコレだな?」



 さすがにホロホロにしている時間はなかったから、ナイフとフォークを渡す。

 でも、


「柔らかい。いつも生で食い千切ってるのとは大違いだ」

「それは基準がおかしい」


 箸でも、とは言わないけど、あまり抵抗なくナイフが入っていく。

 ジンジャーエールの下茹でが効いたみたい。


「なんだろうな、この、お上品なような、親しみやすいような」

「デミグラスがハンバーグやオムライスにもおいしい、子どもも好きな味ですから」

「もちろん大人も好き。赤ワインも好き」

「ないよ」

「ぬらりひょん許すまじ」


 それは私も完全に同意。


「そうですね。花恭さん、やっちゃってくださいよ」


 軽いノリで、小物の腰巾着みたいな相槌を入れたそのとき



「そっか。目標も一緒か」



 彼はポツリとつぶやいた。


「えっ」

「僕もねぇ、ぬらりひょん狙ってるんだ」

「あ、そうなんですか」


 花恭さんは水を一口、一呼吸入れる。


「うん。僕が妖怪ボコしてるのは、仕事だし食材確保のためでもあるんだけど」

「あ、職業なんだ」



「ヤツにたどり着くためでもある」



 意外に真剣な目。

 彼のこういう表情を、初めて見たかもしれない。


「だから小春さんとは目標が同じだ。君も僕もヤツを仕留めたい」

「な、なるほど」

「そんで利害も一致だ。僕は妖怪を狩り、食べるために持ってくる。小春さんはおいしい料理にすることで、僕からの借金をチャラにする」


 かと思えば、彼は急に笑顔に戻る。


「料理、おいしかったよ。



 僕らのギブアンドテイクは成立だ」



「わ、わぁ!」


 やった!

 私の料理が認められた!


「これからよろしくね」

「やったあああ!!」


 これでお店も潰れなくて済む!

 妖怪料理人なんてあとで絶対後悔するけど、とりあえず目先の危機は去った!

 とりあえず今は勢いに任せてガッツポーズをしておこう。


 と、テンションが上がったところで


「そんな暴れたら危ないよ。包丁とか」

「あぁ、包丁ね」


 たしなめられ、タンをスライスした包丁が視界に入る。

 おじいちゃん愛用の一振り


 だったんだけど、


「あの、そういえば」

「なんだい」

「普通の人が妖怪食べたら、どうなるんでしょうね?」

「さぁてねぇ」


 花恭さんは少しだけ間を置いて、


「ま、知らない方がいいんじゃない?」


 意味深に笑う。

 つまり、



「もしかして、この鍋もまな板も全部、もうお店じゃ使えない……?」



 穢れとかなんとか、洗剤で擦ればなんとかなるとは思えない。

 早くも後悔が頭をよぎった。











            食い逃げ犯と大正ロマン 完

お読みくださり、誠にありがとうございます。

少しでも続きが気になったりクスッとでもしていただけたら、

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