都市伝説勉強会
「花恭さん花恭さん」
「なぁに〜、も〜」
思わず起こすと、寝起きの血圧が低い声。
ちょっとカワイイかも。
「ジェットババアですって、ジェットババア」
「あぁ……僕はレシプロ派なんだ……逆ガル翼いいよね……」
「いや分からん」
頭回ってないのか、意味不明な返答。
まぁ寝てるとこ邪魔した私が100悪いんだけどさ。
考えているうちに花恭さんは、シームレスに二度寝へ。
私も反省して起こさず、スクショだけ撮ってキッチンへ。
パンケーキでも作って、あとで食べながら話そう。
「というわけで、ニュースでやってた首都高の事故!」
「多発してるらしい、何かが飛び出してくるってヤツね」
「で、私、ジェットババアについて調べたんですよ」
「ふーん」
何その興味なさそうな返事は。
相棒として協力してあげてるのに。
花恭さんは3段のパンケーキを生クリームでコーティング。
輪切りのバナナを2本分乗せてチョコレートソースを格子にかける。
11時、朝昼兼用だからってやりすぎ。
まぁいいや。
勝手に協力して感謝を求めるのも違う。
向こうもまだ頭が起きていない顔してるし。
じゃあそのパンケーキ重いでしょ。
「でですね。ジェットババアっていうのは深夜、高速道路やトンネルで追い掛けてきて、
追い抜かれると事故を起こす、って存在らしいんですよ」
「ふーん」
「ほら! 証言と一致してるでしょ!?」
「ふぅん」
ふーんしか言わないぞコイツ。
一応返事のニュアンスにバリエーションはつけてくるけど。
「もうコイツでしょ。コイツしかいないでしょ」
「はぁん」
ソレはもう、どういう意味の返事なの。
すると、花恭さんはフォークをこっちへ向け(お行儀!)、上下に振る。
「でもソレ、都市伝説だしなぁ」
「え?」
なんだって?
「……何言ってんの?」
「都市伝説って言ったの」
「そうじゃなくて!
妖怪とか信じてる、てか実際に対応してる人が、なぜにその反応!?」
都市伝説だよ!?
もう同じモンでしょ!?
ハッシュドビーフとハヤシライスでしょ!?
本人は平然とパンケーキ食べてるけど、私には分からん!
「なんです? 『都市伝説には伝統と歴史がないので認めませ〜ん』って? 権威主義なの!? 洛中に住んでるヤツが偉いの!?」
「小春さんが京都の人間をどう思ってるかはよく分かったよ。だけどまぁ」
今のは半分ジョークではある。
私もそんなことが理由じゃないでしょ、と思ってたけど
「ある意味そうではあるね」
「ホントに?」
まさかの、そうらしい。
「僕の京都時代の師匠にね、自称陰陽師がいるんだけどね」
「花恭さんじゃないですか」
「一緒にしないでよ。あんな酒ばっか飲んでるロクでもない女」
「女版花恭」
「齧るよ」
何その脅し。
中途半端に痛そうだから、ぜひやめていただきたい。
「彼女が言うには、日本には古来より
『呪』
という概念があると」
「ほうほう」
正直めっちゃ興味ない話だけど、頷くだけ頷いておく。
酔っ払いのしょうもない話に付き合わされる小料理屋店主には必須のスキル。
「では『呪』とはなんなのか。師匠曰く、
『そう』思えば『そう』なる」
「……『も◯もボックス』?」
「みんながよく知ってるので言うと、『言霊』とかかな」
「あー」
「あの女が言った例えでは、
『ただの木に注連縄を張り、御神木として扱い、みんながそう信じる』
『するとその木が力を宿し、本当に御神木となる』
実存主義みたいな話さ」
最後の補足はよく分からないけど、大体は分かった。
「あの憎っくきぬらりひょんもそう。元はただの無銭飲食ジジイだったのを、どっかの誰かが
『百鬼夜行の総大将』
とか言いはじめた。
ソレを多くの人が受け入れた結果、アイツは本物の大妖怪に進化した」
「そうだったんですか」
「どっかのアホがいなけりゃな」
急に花恭さんのトーンが下がる。
きっと両親のことを思ったんだろう。
そんなこと言い出すヤツがいなければ、ご両親は。
いや、よくない空気だ。
流れを変えてしまおう。
「でも、おいそれとは信じられません。ソレだったら世の中エラいことになりますよ? 死んだ人間生き返りまくりです」
「そうとも」
彼はあっさり頷く。
「だから『人の思いが現実を改変できる』と言っても。そう簡単には起こらない。
『お経なんていう文字の羅列に、霊を成仏させる効果がある』
ってみんなが信じてる
くらいにはならないと」
スピリチュアル側の都合のいい言い訳にも聞こえるけど。
私も何度も妖怪見てるから、そこにツッコむ気はない。
何より、話題転換がうまくいったから文句なし。
ただ、
「ソレが都市伝説や権威主義と、どう関係あると?」
「そうだなぁ」
花恭さんはパンケーキを食べる手を止める。
「ときに小春さん、『都市伝説の定義』って知ってる?」
「はい?」
かと思えばまた、意味の分からない話に。
でも適当に流すのもなんだし、一応乗ってみる。
「『都市』っていうくらいですし、都会で起きた怪談、みたいな?」
「うんうんうんうん」
花恭さんはゆっくり頷くと、
「ちょっと違う」
「違うんかい」
肩透かし。
「小春さん自身が言ったとおりだよ」
「私が?」
首を傾げる私に合わせて、花恭さんの首もしなだれる。
ちょっとあざとい。
「言ったじゃないか、
『都市伝説には伝統と歴史がない』
って。
まさにそうなんだ。定義には
『現代で作られた話』
『出典がない』
ってのがある」
「へぇー。『出典がない』というのは?」
「都市伝説は必ず『噂』のかたちなんだ。『◯◯寺の縁起書に記されている』とかいう始まり方のものは含まれない」
「なるほど」
確かに口裂け女とかそうだ。
そもそも内容的に妖怪じゃないから、古来からいるわけはないんだけど。
で、話をまとめるとこういうことか。
「じゃあ都市伝説には古来からの妖怪ほど、
『呪』として成り立つほど、
現実になっちゃうほどの歴史や重みがないってことですか?」
「あくまで『その可能性が高い』ってことだけどね。口裂け女、赤マント、テケテケ。どメジャーで全国の小学生を震え上がらせたレベルなら、なっててもおかしくはないし」
花恭さんは残りのパンケーキへ取り掛かる。
『証明終了』って感じ。
なるほど、スピリチュアルだから信じてないんじゃなくて、
専門家から見てスピリチュアルとして完成してないから信じてないんだ。
『権威主義だから前衛芸術は認めない』
じゃなくて、
『贋作が多い画家の絵だから期待してない』
なんだ。
でもソレだったら、
「じゃあジェットババアはいると思いますよ? 調べたら日本全国でバリエーションがいっぱいありました。めっちゃ広まってる、どメジャーです」
「知名度はね」
反応は淡白。
最後の一口が口元へ運ばれる。
「こういうのは大抵、子どものあいだで流行るもんだ」
「そりゃ大人が信じてたらイタいですし」
私は妖怪を見てしまったけど。
調理してるけど。
「でもこの話のターゲットは大人だ。
『深夜に』
『車を運転している』
どっちも子どもには縁のない世界。
『学校の帰り道に現れる』
『子どもでは逃げきれないスピードで追い掛けてくる』
口裂け女とは、会話の中で動く感情、生々しさが違う」
「『呪』的にいうと、『思いの力が弱い』?」
ボソッとつぶやくと、
花恭さんは小指で口元の生クリームを拭いながら、
「よく分かってきたじゃないの」
艶かしく微笑んだ。
それから皿を流しに持っていくと、振り返って腰に手を当てる。
「さて小春さん!
そういうわけで、今夜はドライブデートだね!」
「はぁ!?」
どうしてそうなる!?
「信じてないんじゃないんですか、ジェットババア!」
「何言ってるの」
花恭さんは鼻からため息。
「いない『かもしれない』けど、いる『かもしれない』。みんなが妖怪に思ってることだ」
「それはそう」
「ソレを生業にしてる僕らが、いない『かもしれない』で動かなかったら、
本家に怒られるじゃん」
「そこかい!」
『被害が出ているのだから、人々を守るためにわずかな可能性でも』
みたいなこと言ってよ!
てか、どんだけ本家怖いの。
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