電子の海に釣り糸を垂れる
そういえば最近、悩んでることがあって。
「どうしたの?」
「考えごとです」
「新メニュー『スマホの天ぷら』?」
会話だけ聞けば、花恭さんがいつもどおり頭おかしいだけに聞こえる。
でも実際、今だけはそう言われてもおかしくなかったりする。
なぜなら、
店に着いて、『仕込みを始める』と言ったきり
私はまな板も鍋も出さず
厨房側の、カウンター席より一段高いカウンターの上にスマホを置いて
腕組みうんうん唸っているから。
いや、それでもスマホの天ぷらはおかしい。
「なんだい。赤字で借金ばっかりしてるから、この仕事向いてないって思ったのかい」
花恭さんは私が何も出さないからジントニックだけやってる。勝手に。
炭酸の微かなシャーって音、氷のカランと響く音。
真夏には最高のBGMだね。
「赤字は妖怪のせいです。あといつの間にお酒出したんですか。少しは遠慮してください」
「小春さんこそ控えおれぇ。僕が出資者であるぞ」
「暴君オーナーめ。内臓壊れろ」
「特殊体質だから〜」
栄養云々の話はもう聞いたけど。
アルコールは単純に刺激物だから違うんじゃない?
私の心配をよそに、花恭さんは炎天下で渇いた喉にお酒を流し込み
「で、スマホがどうしたの」
カウンターに片肘をつく。
「いや、私SNSとかほぼフォロー専で、投稿とかすごく稀なタイプなんですけど」
「人に語るような人生送ってないってこと?」
「始めるまえから誹謗中傷されるとは。頭に来ました、今日のつまみはしょうゆプリンです」
「殺生石頭!」
『そんな殺生な!』に絡めた妖怪狩りジョークなんだろうけど、石頭の亜種に聞こえる。
「私の人生じゃなくて。で、よくあるじゃないですか。
SNSの、お店公式アカウント」
「あー、宣伝したりクソ客罵倒して炎上したりするヤツね」
「認知が歪んでいる……」
花恭さんは氷だけのグラスをカラリと鳴らす。
「で、『をとこもすなる宣伝アカといふものを、小春もしてみむとて、すなるなり』と」
「古文嫌いだったなー」
「僕も」
「いや、花恭さんは好きであってくださいよ」
「で、始めて具体的に何するの。SNSも古文も、野放図に触ったって価値ないよ」
「うーん」
SNSに価値が必要かは置いといて。
いや、宣伝アカなら効果がないと。
で、そこなんだよねぇ。
何するって言われても、チェーンみたいに『蟹フェア開始!』とかはないし。
電子の海でチラシ配りするでもなきゃ、それこそお客さんの愚痴だけになりかねない。
「そういえば、花恭さんはSNSやってるんですよね?」
いつだったか、チラッと聞いた気がする。
「うん」
「ちょっと個人店の宣伝アカってどういうことしてるか見れません?」
「いいけど」
花恭さんは懐からスマホを取り出す。
もうちょっと別の持ち運び方法考えた方がいいと思う。
「で、エ⚪︎クスとイ◯スタどっちがいいの」
「え? 普段エ⚪︎クスなので、そっちで始めようかと思ってるんですけど。でもイ◯スタ派って言ってませんでした?」
「アカウント自体は持ってる」
「へぇー」
花恭さんは素早く検索ウィンドウに『居酒屋』と打ち込む。
和風の人って機械オンチみたいなキャラが多いけど、さすが若者。
感心しているあいだに、ズラッと画面に『居酒屋◯◯』みたいなアカウント名が。
「さっきから伏せ字多いよ」
「なんの話ですか」
いくつか投稿内容を見てみると、
BOTみたいにほぼ定型の宣伝を繰り返すタイプ
店長のブログと化してるタイプ
エゴサーチをしまくってお客さんの投稿に『いいね』しまくるタイプ
もはやバイトのTikT⚪︎kにされてるタイプ
さまざま。
ウチもバイトほしいなぁ。お金ないけど。
「どう? 参考になった?」
「うーん、バイト募集でもしようかな」
「店の前に張り紙しな」
「参考になりました。ありがとうございます」
SNS運用一つとっても、1回見たぐらいじゃつかめない。
おいおい研究していこう。
とか言ってたらやらないんだろうな。
まぁいいや、仕込みでも始めよう。
花恭さんはというと、私の要件が終わってもスマホを見ている。
どうやらタイムラインを眺めているらしい。
「そういえば、花恭さんはどういう投稿してるんですか? 『おいしいお酒見つけた』とか?」
「なんにもしないよ。見るだけ」
「あー、私と一緒」
まぁ下手なこと書いて炎上するくらいなら、それが一番健全だよね。
あんまりイメージにも合わないし。
とか思っていると、
「違う違う」
花恭さんは画面をこっちへ向けてくる。
そこには
『今小っちゃいおっさんがテレビの陰から観葉植物の方に走ってった。
慌てて確認したけどいない。』
『やべぇwww 高尾山で撮った写真、めっちゃオーブ映ってるwwwww』
『最近夜中に裏山の方から、聞いたことない鳥? の鳴き声がする……』
『ヤバいヤバいヤバい! テニスの森公園で人面犬に話し掛けられた!』
「コレって」
「情報収集」
彼はむふーっとしている。
そんなドヤれること?
「今どき変なモノ見た人は、SNSにあげることが多いからね。なんだったら僕ら花の一族は、本家からSNSを見るよう命令されてる」
「SNS強制って、企業の広報以外で初めて聞きました」
「上の世代はネット掲示板だったらしいよ」
「妖怪狩りのイメージじゃないなぁ」
でも本人たちは大真面目なんだろう。
「まぁ足で探すっていっても限度がありますしね」
「そうそう」
私が見てきた花恭さんも、ニュース見ては現地に突っ込むスタイルだし。
その当の本人はスマホをいじりながらケラケラ笑う。
「だからSNSやってる知り合いたくさんいるしさ。
小春さんがお店のアカウント作ったら、布教しとくよ」
「そりゃどうも」
なんてやり取りがあったのが数日まえ。
結局アカウントを作った私は、すっかりリアクションが気になるSNS中毒に。
その日も朝10時に目覚めて、エ⚪︎クスを眺めていた。
世間一般じゃ遅いだろうけど、仕事柄11時起床が基本になってる。
夏休み終わったら大丈夫かな……。
花恭さんは対角線上の角で布団敷いて寝てる。
店のアカウントは即たくさんのフォロワーがついた。
もちろん常連さんもいるけど、
『花ちゃん』
『hana - hana』
『**Flower **』
『花鳥風月』
『花男児』
などなど。
「サクラじゃん。花だけに」
なんか共通した特徴のあるフォロワーが多い。
どんだけいるのよ花の一族。
まさか日本全国名字に『花』が入る家全部じゃないよね。
ちなみにマメに『いいね』してくれるほど上質な工作員じゃない。
フォロワーの数ほど伸びない投稿に寂しさを覚えつつ、
それを紛らわせるべくタイムラインを眺めているときだった。
「あれ?」
ある投稿が引っ掛かる。
『最近交通事故多いよね』
というのに付いたツリー。
『老人の免許がどうだ』
『外国人の免許制度がどうだ』
『上級国民』
みたいなリプライが続く中にソレはあった。
『これもう、
ジェットババアの仕業だろ』
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